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Business 公開日: 2021.12.27

電力の民主化をもたらす「みんな電力」、事業を切り拓いた異分野でのブロックチェーン活用法とは

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 「顔の見える電力™」をコンセプトに、2011年に設立された株式会社UPDATER。太陽光発電や風力発電のような再生可能エネルギー(再エネ)で起こした電気を購入者(一般消費者、企業)に供給する「電力小売り」のサービスをメインに手掛けている。その仕組みはブロックチェーンを活用して構築された。2021年10月1日付で商号をみんな電力株式会社から「株式会社UPDATER」(アップデーター)に変更し、その活躍の場は電力以外のビジネスにも広がろうとしている。

 電力自由化が本格的に始まった2016年、大手電力会社の技術職からUPDATERに移籍した専務取締役の三宅成也氏に、ブロックチェーン活用の有用性とUPDATERの将来構想について聞いた。

トレーサビリティーシステム「ENECTION2.0」の特徴

 UPDATERの「電力小売り」事業であるみんな電力は、再エネを中心とする電力の生産者と購入者(一般消費者、企業)の間に立ち、電力の流通・供給を担う役割を果たしている。購入者がみんな電力に「この生産者の電力をこの時間帯にこれだけ買いたい」と指定すると、電力は既存の送電線を通じて購入者に届けられ、代金の決済が行われる。それは、大手電力会社と契約し、もっぱらそこから電力の供給を受けて請求される通りに電気代を支払うという、昔ながらの仕組みとは全く異なっている。

 大手電力会社から供給される電力の電源構成は水力も火力も原子力も太陽光も風力もごちゃ混ぜだが、みんな電力の場合は「電源は再エネ100%で」「電力の生産者は○○で」と、自分の好きなメニューの電力を買えるよう指定できる。その電力の価格は、電源によって、生産者によって、時間帯によって複雑に変化する。夜間の太陽光発電のように、買いたくても供給されない時間帯もある。

 こんなビジネスモデルは、非常に煩雑な情報の処理を必要とする。昔ながらの大手電力会社のやり方は原則「電力の量り売り」で、月一回、電力メーターで使用量を検針して電気料金を請求するという単純な情報処理が行われているが、みんな電力の場合は、例えるなら「電力の注文販売」。インターネット通販サイトで個別の商品を選んで注文し、決済し、配送されて受け取るように、購入者は電力を小口で買える。それに際して必要な情報の量(トラフィック)は、「量り売り」に比べれば格段に大きくなる。

 その膨大な情報の処理を可能にしてくれるのが「DX」のテクノロジーである。言い換えれば、みんな電力の電力小売りのビジネスモデルは、DXなくしては成り立たなかったと言っても過言ではない。「ブロックチェーンのメリットは何かと言うと、きわめてたくさんの小口取引ができることです」と三宅氏は言う。

 みんな電力はそれを実現するために「ENECTION」という電力流通システムを構築した。これは「クラウドベースの電力小売りソリューション」で、生産者と購入者が1対1で小口売買できる「P2P(Peer to Peer)型」の電力取引を可能にした。例えば、証券取引所のシステムの内部では毎日、おびただしい数の株式や債券の売り注文、買い注文を突き合わせて超高速で処理しているが、それと同じようなことが電力の注文の処理でもできるようになっている。それは、今までにない電力小売りの新しい形だった。

 みんな電力はこのENECTIONを2018年9月に導入し、2019年4月から本格運用を始めたが、技術陣は逐次バージョンアップし、現行の「ENECTION2.0」では電力の生産・流通の記録を追跡できる「トレーサビリティー」の機能を強化している。スーパーの食品売場でスマホでQRコードを読み取れば野菜の生産農家や収穫日が分かるように、電力の生産者がどこの誰で、どんな方式で発電したかがそれで分かる。だから購入者はたとえば「復興支援で福島の被災地の生産者が8月1日の9~17時に太陽光発電で起こした電力を買いたい」などと予約して、「指名買い」をすることも十分可能だ。まさにそれは「電力の産直」であり、「生産者の顔が見える電力」である。購入者だけでなく生産者もシステムにアクセスするアカウントを持てるので、生産者と購入者の間で直接的なコミュニケーションが可能になっている。

金融分野の技術のブロックチェーンを電力の分野に応用 

 ただし、スーパーの商品と違って目には見えない電気には包装も値札もないので、「福島の生産者が8月1日の9~17時に太陽光発電で起こした電力」であることを証明するトレーサビリティーの方法が別途、必要になる。それを可能にするのが「ブロックチェーン」の技術だ。ブロックチェーンはもともと「ビットコイン」のような暗号資産(仮想通貨)に、一般の通貨に対する国家の信用のような後ろ盾の存在を証明する方法として考案されたが、みんな電力のENECTION2.0では暗号資産「Stellar(ステラ)」のパブリックドメインチェーン(ブロックチェーン)を 利用して高速化を可能にした独自のトレーサビリティーシステムを搭載している。

 「私どもはそれを競合他社に先駆けてやって、実績を築いてきました。再エネの電力の販売ではかなり差別化できていると思います」

 こう話す事業責任者の三宅専務は、以前大手電力会社に在籍していた経験もある電力システムのエキスパートである。

 「三年間サービスを提供してきて、今は再エネの電力を使いたいというムーブメントが相当大きくなってきました。お客様に発電所を直接選んでいただき電気を買っていただくサービスを提供していますが、企業からは企業価値向上のために再エネの電力を使いたいというニーズが相当高まってきています」

 世界各国の二酸化炭素排出削減の目標が定められた2015年のパリ協定以来、企業社会でも「脱炭素」の取り組みが進み、事業用の電力を100%再生可能エネルギーでまかなうミッションを掲げる「RE100(Renewable Energy 100%)」という企業連合が生まれている。それに加わることで企業は「ESGの一角の環境経営に真剣に取り組んでいる」と評価され、企業価値が向上する。ESGは国連が提唱するSDGsの一部もなしている。ただし、RE100では電力取引の履歴で「調達する電力は再エネ100%」を証明する必要がある。そこでみんな電力のENECTION2.0の、ブロックチェーンを活用した世界初の「電力トレーサビリティー・システム」が改めて企業から熱い視線を注がれている、というわけである。

 「RE100は日本ではリコーさんを皮切りに約60社ぐらい参加していますが、私どもにとって大きかったのは丸井さんでした。一番にトライしていただき、企業としての電力調達以外に、PRやエポスカード会員への働きかけを通じて個人のお客様の獲得にもご協力をいただきました」

 丸井はUPDATERへの出資も行っている。いま、企業の脱炭素に向かう流れは強まるばかり。ブロックチェーンを活用して技術的に先行したUPDATERにとっては、それは大きなビジネスチャンスが到来することを意味する。

「電力の民主化」とはどういうことか?

 金融取引、暗号資産で使われていたブロックチェーンを電力の取引に活用する。それは当時、突飛な発想とは言わないまでも、かけ離れたものだった。三宅専務は「2017年ごろ、創業者の大石とお酒を飲みながら話していて思いついた」と笑いながら、こう語る。

 「意味」のあるものには価値がある。一方、安くて便利な電気は「役に立つ」が差別化しにくい、競争しにくいものですが、それを「意味」のあるものに変えることができたら面白い、価値化できるのではないかと、創業者も私も考えました。再エネにはニーズがあります。暗号資産はお金ですから色がついていませんが、電気も色がついていない。同じじゃないか。履歴の証明としてブロックチェーンを使えるんじゃないか、という発想でした」

 暗号資産には国家や銀行のような中央集権のシステムがない。それなら電力も大手電力会社という中央集権のシステムを持たない仕組みを構築できるのではないか。そう考えてブロックチェーンを活用できないか徹底的に研究したという。デジタルで証明したらどうなるか、今のサービスはどのように置き換わっていくのか、それを想像するだけでも楽しかったが、当たり前のものだと思っていた電力供給システムの窮屈さ、大手電力会社の「利益集中の構造」もはっきり見えてきたという。そこから「電力の民主化」というキーワードが出てきた。システムの分散化とはつまり、利益の分散化でもある。
 
 自由化以前の電力業界は、地域独占の大手電力会社が発電、送電、配電(小売り)の全てを握っていた。電力自由化で「電力小売り」にさまざまな企業が参入したが、実際は「発電の余りものを売らせていただく」ような弱い立場で、冬場の需給ひっ迫で電力の「仕入れ値」が高騰して経営に苦しんだことは記憶に新しい。

 状況はまだ大きく変わらないが、三宅専務によると、みんな電力は「その次のイノベーションを担う存在」になれるという。

 「これから発電分野で再エネの生産者がどんどん増えていきます。数が増えればコストも下がり、お客様が直接買いたがるようになります。つまりP2Pです。そのように既存の電力供給システムはだんだん分散化し、壊れていきます。それが電力の民主化だと、私どもは捉えています。大手電力会社と直接ケンカするのではなく、再エネとシステムで彼らとの競争に勝つ。それが理想です」

 ネットワークを握った者は強い。日本の電源構成で再エネが大きなウエートを占める時、電力の購入者と生産者を直接結びつけるみんな電力の存在は大きくクローズアップされる可能性がある。

お客様にブロックチェーンを説明する必要はなかった

 ブロックチェーンを活用してDXを推進することで、競合他社と差別化できる技術基盤とビジネスモデルを獲得できたUPDATERだが、三宅専務は「お客様にブロックチェーンを説明する必要はなかった」と振り返る。力を入れて説明したのは「技術の優秀性」ではなく、好きな発電方式、好きな生産者を選んで電力を買える、生産者とつながれるというサービスの特色だった。

 「マーケティング上、ブロックチェーンについてあえて説明する必要がないのは、暗号資産もそうでしょう。使う人は決済がスムーズにできればいいので、ブロックチェーンについて詳しく知る必要はありません。電力であっても生産者を選べる、供給を十分確保できるメリットの方が大事です。私どもにとってブロックチェーンは目的ではなく手段です。もし、ブロックチェーンを何のために使うのかと聞かれたら、正しいトレーサビリティーをブロックチェーンが保証する仕組みがあるから、こんなサービスが提供できますとご説明します」

 三宅氏は、ENECTION2.0はブロックチェーンを活用したプラットフォームを使うことで電力の生産者と需要家が集まって相乗効果が生まれることが一番の価値創造なのだと話す。それは電力に限らず、他の商材への多角化にも応用できるプラットフォームだという。

 とはいえ、再エネも電力供給システムもブロックチェーンも、電力の購入者の大部分を占める一般の消費者にとってはなじみが薄く、分かりにくい。ただ、UPDATERの場合、作家やクリエイターとして活躍するいとうせいこう氏と協働で事業を進めることで、難しいテクノロジーを一般向けに分かりやすくアピールすることへつなげた。

 「大事なのは無関心な方にどう刺さるかです。電気という当たり前のようにある便利な物を湯水のように使う人は、基本的にそれに無関心で、急に「違う電気です」と言っても理解されません。ではどうするかというと、その人たちの属性に何か関係があるものを引っかける。それはアーティストだったり、地域だったり、自分が好きな何かだったりします。著名人であるいとうせいこうさんが事業に共感して一緒に推し進めてくれていることで、結果的に消費者からの関心を集めているという側面もあります。別に再エネに興味がなくても、彼が電気を作るよと言えば関心を呼びます。そうせず、ただ単に技術がすごい、自分たちがやることは正しいと言っても、誰も振り向いてはくれません」

 つまり、戦国時代の宣教師が日本人からキリスト教への関心を引き出したように、いとうせいこう氏は無関心な人たちから興味と関心を引き出す“伝道師”の役割を果たしている。「アーティストのような異なる領域の方とつながれるのは、私どものカルチャーの強み」だと三宅専務は言う。

UPDATERの、電力以外の分野への多角化が狙っているもの

 UPDATERは、ブロックチェーンを活用するプラットフォーム「ENECTION2.0」を駆使し、電力以外の分野への多角化にもすでに着手している。先行しているのは空気の「みんなエアー」で、バッテリー、土、 住居、広告、デジタルコンテンツなどさまざまな商材で「顔の見える○○」 を展開しようとしている。「顔が見える」とは、生産・流通を「トレースできる(トレーサビリティー)」ということで、その証明にブロックチェーンを活用する。

 「みんなエアーではその場の空気について、それがどんなものかを見える化することで価値化しています。たとえばレストランで、空気のCO2濃度が高いと換気が良くないが、濃度が低ければちゃんと換気ができている、感染症対策ができていると可視化されます。そのためのセンサーを提供し、空気のデータを公表して、安全の判断材料を提供します」

 その場所の空気が安全だという認証を第三者が公表する。そこに「みんなエアー」の価値がある。もともとは紫外線照射装置で部屋の空気中の菌が減少するのをトレースすることから始まったが、新型コロナウイルス感染症の拡大によって飲食店や公共スペースなどで、改めて注目されるビジネスだ。

 それに続いて構想中なのが「みんなバッテリー」だ。スマホのリチウムイオン電池に入っている希少金属コバルトが、途上国で児童労働や違法労働で生産されていないかNGO団体と協力してトレースするという「フェアトレードのバッテリー版」である。

 UPDATERは電力の業界で、生産者とユーザーをつなげるブロックチェーンを活用したトレーサビリティーの仕組みを築き上げてきた。それをさまざまな分野へ広げ、ライフスタイルをアップデートさせていく「『ライフスタイル・カンパニー』になる。『ソーシャル・アップデート・カンパニー』になる」というのが、UPDATERのビジネスの根底にある考え方である。

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