sansansansan
  • DIGITALIST
  • Articles
  • 【若田光一が対談、宇宙利活用の旅】きぼう利用とコホート研究がもたらす人生100年健康長寿時代(後編)
Pocket HatenaBlog facebook Twitter Close
Business 公開日: 2019.03.20

【若田光一が対談、宇宙利活用の旅】きぼう利用とコホート研究がもたらす人生100年健康長寿時代(後編)

お気に入り

東北大学 東北メディカル・メガバンク機構 機構長山本雅之氏と対談。宇宙における加齢研究の取り組みときぼう利用の有効性とは?

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)理事・有人宇宙技術部門長で、宇宙飛行士の若田光一氏による、外部識者たちとの対談企画。第3弾の対談相手は、東北大学 東北メディカル・メガバンク機構(ToMMo)の山本雅之・機構長である。

 後編は、前編に続き、山本氏と宇宙を活用した加齢研究の最前線について議論する。


前編からのつづき)


山本 近い未来、どんどん人が宇宙旅行をする時代になると思いますが、その頃には普通の人が安全に宇宙に行けなければなりません。優秀な科学者でも、宇宙に行くために体を鍛えている人は少ないでしょう。そういう人たちにとっても、宇宙が身近なものになればいいなと思っています。

若田 宇宙では、やはり健康維持が一番大切です。私たち宇宙飛行士も、宇宙空間では骨粗鬆症を防ぐために1日2時間くらいの有酸素運動などで骨の密度を維持しています。宇宙での健康維持も大切ですが、このような経験は同時に地上でも、リハビリなど超高齢社会に対応する技術につながっていくのではないかと思っています。

 宇宙で、脳内圧が上昇すると視力が変化するという症状があります。その理由はまだわかっていませんが、このような分野でもマウス飼育ミッションの研究が役に立ちます。私たちも日米協力の枠組「日米オープン・プラットフォーム・パートナーシップ・プログラム(JP-US OP3)」において、得られた実験サンプルの相互提供を行いながら研究を進めています。

山本 東北大学の3回目の実験を含め、JAXAではこれまでに36匹のマウスを宇宙に送り込みましたが、全て無事に帰還しています。これは素晴らしい成果です。宇宙から帰ってきたマウスの他に、地上で同じ飼育観察をしていたマウスを合わせると72匹。さらに4回目の実験が行われれば、24匹増えて96匹になります。このようなマウスのデータベースを作り、そのデータベースを全世界に向かって公開できればと考えています。コホート研究においても、健康調査および全ゲノム配列情報を含む生体試料の解析情報を統合したデータベース「dbTMM」を構築しています。

 そこで、ToMMoとJAXAによる「dbJAXA-TMM」のようなデータベースを構築し、それを世界に公開してJAXAのプレゼンスを上げる活動などに役立てていただきたいと思っています。私たちが持っている統合データベースを作る技術を、すべてJAXAに提供したいと思います。

若田 貴重なご提案ありがとうございます。そもそもJAXAとしても、多くの方々にいろいろな形でデータを活用していただくことが目的の一つになっています。例えば、月周回衛星「かぐや」が撮影した画像データなども公開しています。当然、知財やプライバシーの観点からどこまでデータを公開するのか精査する必要がありますが、公開したデータを世界中の研究者に役立ててもらうことも、日本が科学技術創造立国として果たす役割の一部だと思います。

 研究者や産業界を含めた知財的な観点、それと日本が科学技術創造立国として果たすべき役割、そういったものを総合的に鑑みた上で、日本が存在感を示せるデータを開示できればいいと思います。

山本 MHU-3で宇宙旅行してきた12匹のマウスとは着陸地点のサンディエゴで再会したのですが、その様子を撮影するために四角い台の上にマウスを乗せました。すると、マウスたちが台から転げ落ちるんです。宇宙飛行士の方々も地球に戻ってきた直後は両脇を抱えられていたので、恐らくマウスも宇宙に行って平衡感覚が鈍っていたのだと思いました。

 また、通常ならばマウスは筋力があるので、台から落ちません。やはり、宇宙から帰ってきたマウスは筋力が低下していたと思います。

若田 宇宙飛行士は微小重力状態でも使える運動装置があり毎日運動しているので、筋力と骨密度は維持できています。ただ、三半規管の平衡感覚は鍛えられないため長期間の微小重力環境下から地球の1Gに戻る時には個人差はありますが、適応に時間を要する場合があります。結局筋力はあっても、重力信号を正しく認識するまでは平衡感覚を要する運動が困難になるのだと思います。

 一方で興味深いのは、私たちは微小重力状態で必要性を感じて運動をするのですが、マウスたちにはその感覚がありません。したがって、自分の意志で体を動かせない寝たきりの状態だとか、運動する意志がない状態で、いかに運動の効果を得るかといった研究が必要になりそうです。

山本 マウスには、動くものがあると飛び乗るという習性があります。そこで、丸いトレッドミル(屋内用ランニング装置)を置いておけば、おもしろい実験ができるかもしれません。

若田 寝たきりのまま運動ができるような装置とか、それを模擬するマウスの装置などですね。実際にどういった装置であれば、どのような効果が現れるのかなどを考えないといけませんが、そういった新しい提案は積極的に検討したいと思います。

サイエンスに関わる人材をどう確保していくのか

若田 山本先生は日本の宇宙開発について、どのように見ていますか。

山本 日本は他の国よりも10年くらい高齢化を先取りしています。これをポジティブに捉え、高齢化の先進国であるからこそ、介護などの社会制度や健康寿命を延ばすような取り組みをしっかり整えていくべきだと思います。

 このような点から、宇宙開発についても、超高齢社会に適応するための製品開発や制度開発と結びつけていくべきだと思います。
若田 超高齢社会を迎えるにあたっては、サイエンスに関わる人材をいかに確保し維持していくかも重要な課題です。先日、来日中のメルケル首相と話す機会があったのですが、ドイツでも同じように、いかにサイエンス人材を確保していくかが課題になっていると話されていたことが印象的でした。

 サイエンス人材を維持していくには、今自分たちが優位性を持っていることや、波及性が高い分野や技術を伸ばしていくことが重要です。すなわち、世界ナンバー1を目指していくことがとても重要なのです。それによって次の世代も育っていきますし、産業界も後に続いてきます。

 そういった分野を一つでも多く維持していくという観点から、宇宙開発とコホート研究をつないで世界をリードすることが、私たちのテーマなのかなと思います。

山本 最近では、大学院にまで進んで研究を進めようと考える学生が少なくなっています。景気が良好で企業からの採用が多いことが背景にありますが、もう一つ、大学の研究があまりおもしろくないという理由があるのではないかと私は考えています。

 知的好奇心を持っている学生は必ずいるので、宇宙にマウスを送ろうとか15万人分のビッグデータを解析しようとか、みんなが興味を持ちそうな研究テーマがもっと大学にあふれてくればいいと思うのです。大学側が、学生が興味を持つようなチャレンジングなテーマを次々と提案していくことが大切です。

 宇宙の研究はどこに行っても大人気で、それだけ若者は宇宙に興味を持っています。私たちが行っている遺伝子ゲノムの研究に関しても、若者は非常に興味を持ちます。

 今回JAXAと一緒に研究できることで、東北大学の学生に、こんなにおもしろい学問があるんだよということを伝えられたらいいなと思っています。

夢を抱くことが科学技術創造立国に貢献する

若田 ToMMoの15万人のデータベースも「きぼう」という宇宙実験棟も、すべて日本の技術の宝として世界に誇れるものだと思っています。

山本 とはいえ、世の中にはいろいろな意見がありますね。例えば、宇宙研究のために衛星を1つ打ち上げるとどのくらいの予算が必要になって、それが何の役に立つのかなどです。ビッグデータサイエンスに対しても、なかなか支持が得られないのが寂しいところです。

 でも、アメリカでは当時のケネディ大統領が月に人類を送ると発表することで、若い研究者たちが努力してさまざまな科学的進歩を生み出しました。私たちはサイエンスの中での尽きない疑問や、成し遂げたい夢などに向かって進んでいくべきなのです。産業の競争力を高めるために、馬車馬のように働けというのは20世紀のモデルです。21世紀は、夢に向かって科学技術を磨いていく社会になるべきです。その意味で、JAXAには日本の科学技術を誇りに思えるような存在になってほしいですね。

若田 私たちにとっては、「きぼう」の成果の最大化も課題です。利用者や市場のニーズをとらえ、「きぼう」の強みを生かせる利用サービス“プラットフォーム”を整備し、その活用を通じて産業活動や科学研究の発展に貢献していくことです。そして、それらの活動の先に、地球低軌道を将来的に経済活動の場にするという目標を掲げています。

 その目標に向け、「きぼう」も2024年以降の官民協働化に向け、プラットフォームを用いた利用サービスの一部を民間と協働して運用していくなどを通じて自立化し、その割合を徐々に拡大させていこうとしています。そのためには、JAXAが培ってきたノウハウを民間企業にきちんと伝える必要があると思っています。

 マウス研究に関わる方々は、20年前にはなかった「きぼう」という実験設備を見て、こういうふうに宇宙でも実験ができるのかと思われたでしょう。宇宙での研究が日本の超高齢社会のために役立つというテーマを掲げ、さらに研究者や利用者を広げていきたいと思っています。

山本 「きぼう」には、もっと活躍していただきたいですね。

利用者の声にも応えていくこともJAXAの役割

山本 もう一つ、JAXAにお願いがあります。2018年に「こうのとり」でISSに運んだ小型カプセルを小笠原諸島で回収されましたが、このカプセルに改良を加えて宇宙実験を行ったマウスを日本近海に戻してもらうことはできないでしょうか。

若田 その方法ならば、スペースXでカリフォルニアに下ろすよりも早く、宇宙からの荷物を日本に届けられますね。

 JAXAにはまず、宇宙を利用するための技術開発が必要ですし、将来に向けて守っていくべき技術、そして高めていくべき技術があります。そのうちの一つが、誘導制御で宇宙からペイロード(物資)を地上に戻す技術です。

 将来的には有人飛行の技術を高めていくことが目標の一つなのですが、ペイロードを回収することが利用者の皆様からのご希望であるならば、その意見を尊重したいですね。費用対効果の観点から精査しないといけませんが、検討したいと思います。

山本 ありがとうございます。

 科学技術創造立国になる条件は、次から次へと工場を作っていくことではありません。どうやったら若者の興味を、サイエンスに結びつけられるのか考えなければならないのです。日本人は勤勉で、科学に対して非常に熱意を持っています。鎖国していた江戸時代でさえも、高等数学をやっていた人がいるくらい科学好きの国民がいて、科学の価値を認識できる社会が形成されています。

 「このままだと、もう日本からノーベル賞がとれる人は出てこない」と言っている人に、「いやそれはちがう、日本人は科学が好きな国民なんだから」と伝えていく必要があると思っています。

若田 今回のJAXAとToMMoの連携は、異分野が結びついて新しいブレークスルーを生み出す一つの例にしていきたいと思います。産学官の協働により、日本が世界に誇れるサイエンスコミュニティや技術力を結集して、次々に新しい科学技術を生み出す――。そんな展開を期待しています。


元田光一=テクニカルライター
(撮影:阿部勝弥)


本記事は、日経BP総研とSansan株式会社が共同で企画・制作した記事です。
© 2019 Nikkei Business Publications, Inc. / Sansan, Inc.

関連記事

DIGITALIST会員が
できること

  • 会員限定記事が全て読める
  • 厳選情報をメルマガで確認
  • 同業他社のニュースを閲覧
    ※本機能は、一部ご利用いただけない会員様がいます。

公開終了のお知らせ

2024年1月24日以降に
ウェブサイトの公開を終了いたします