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Business 公開日: 2023.09.04

天ぷら ✕ Web3 ✕ AI DXによる新しい顧客価値の創出と業務改革

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 新型コロナウイルス感染症の拡大をきっかけに、飲食業の多くが変化を余儀なくされたことは、記憶に新しい。次のステップを模索する飲食業界において、AIやWeb3を活用した新たなる挑戦事例を紹介したい。

【画像】2023年4月にオープンした実験型店舗『TEN Labo』。
 レストラン「ロイヤルホスト」や天丼・天ぷら専門店「天丼てんや」を展開するロイヤルホールディングス株式会社(以下、ロイヤルHD)は2023年4月、「天ぷら ✕ Web3 ✕ AI」 をコンセプトにした天ぷら専門店『TEN Labo』を東京・錦糸町にオープンした。

 味の好みや来店日時といった、顧客一人ひとりにひも付いた情報を取得するためNFT(Non Fungible Token:代替不可能なトークン)を会員証に利用する一方で、Web3活用によって生産者や従業員も巻き込んだコミュニティー醸成にも取り組むなど、DXを推し進める実験的な店舗だ。
【画像】ロイヤルHD 大坂賢治氏(左)と大澤弘明氏(右)
 このたび、同社執行役員でDXプロジェクト・システム・人事企画担当の大坂賢治氏と、システム部長の大澤弘明氏に、TEN Laboをオープンしたきっかけや狙い、DXによる変革がもたらす飲食業の未来などを伺った。

NFTの活用で包括的なコミュニティー醸成を目指す

 「TEN Laboに取り組み始めたきっかけは、新型コロナウイルス感染症の影響で相当のダメージを負った経験からでした」

 そう話すのは、DXプロジェクトの企画推進を担う大坂氏だ。

 大坂氏「売上の低下や労働力不足などの問題が重なり、持続的に成長していける飲食店を作っていくのが難しい環境になりました。そこで、デジタル技術を活用してどんなお店を実現できるか、チャレンジを始めました」

 プロジェクトが始動したのは2020年の終わり頃。天ぷらでチャレンジを始めた理由は、既存事業に「天丼てんや」があることや、難易度の高い天ぷら調理を、誰でも一定レベルに再現できるようにすることで、海外店舗への応用や、とんかつなど他の商品への展開にもつなげやすいからなのだとか。そこになぜ、NFTやWeb3、AIを組み合わせたのだろうか?

 大坂氏「NFTを活用することにした最大の狙いは、コミュニティーの醸成です。つまり常連のお客様、従業員、生産者まで含めて、私たちのお店に関わる人々に、ファンになってもらうことを目指しています。

 TEN Laboで発行されるNFTには、常連のお客様向けの会員証として機能するものと、従業員や生産者向けに特典ポイントのように機能するトークンの2種類があります。それらを活用していく中でファン・コミュニティーが形成されていくことを想定しています」

サービスのシステム開発を担った大澤氏は、コミュニティーによってファン同士がつながるメリットを次のように強調する。
【画像】ロイヤルホールディングス大澤氏
 大澤氏「ファン・コミュニティーによって、これまでになかったようなサービスが生まれる可能性があります。例えば、これまで天ぷらに使ったことがなかったような美味しい食材のご要望や新店舗の開店を希望する声など、お客様のご意見をダイレクトに集められます。加えて、会員証を持つお客様への特別メニューのご提供や特典を考えています。

 また、良いサービスを提供した従業員に向けてお客様から「いいね」を送っていただくことができます。個人に対してのフィードバックは働くモチベーションのアップになりますし、「いいね」の数がポイントとして積み重なれば、従業員へのインセンティブに反映されるような仕組みも考えています。

 そのほか、普段はあまり市場に回らないような希少な野菜や魚などの食材を生産者から提案してもらい、それがお客様に受け入れられれば、生産者は新しい販路を開拓できます。

 お店で販売する商品の生産者が分かるようにして、お客様から「いいね」をいただければ、それもポイントになる。モチベーションアップにつながり、コミュニティー参加への原動力となります」

 常連客と従業員、生産者を招くコミュニティーイベントの開催も検討しているという。生産者が会場で直販したり、珍しい野菜や魚介などの食材をその場で天ぷらにしたりして、ファン同士が交流を楽しむような仕組みを考えているとのこと。

 コミュニティーが発展した先は、DAOをイメージしているそうだ。DAOとは「Decentralized Autonomous Organization:自立分散型組織」の略で、同じ考えに賛同する人が集まるコミュニティーを形成し、まるで株式会社の株式の一部を持つようにトークンを持つことで、コミュニティーの発展への貢献によって参加者にメリットがもたらされる仕組みとなっている。

 大澤氏「お客様とつながる仕組みを作るために、多方向にやり取りができ、セキュリティーリスクも低いWeb3 を使ったシステムを導入しました。TEN Laboは店名のとおり、研究の意味合いが強いためコストはある程度許容していて、KPI(重要業績評価指標)などはまだ設定していません。

 今後はDAOの考え方で進化していくことを考えています。お客様にも経営者になっていただくコンセプトで盛り上げていきたいですね」

 コミュニティー運営はすでにオンラインでサービスを開始していて、スマートフォンから簡単にアクセス可能。今後は、イベントの告知など、次々と施策を展開する予定だという。

 大澤氏「ご新規のお客様の会員数だけでなく、リピートしてくださるお客様がどれだけ増えるか、といった指標を作って運営していきたいと思います」

データ活用で食品ロス低減やSDGsに貢献

 オープンから約3カ月(取材時点)が経過したが、ここまで話してもらった内容がすべて実装されているわけではなく、まだまだ道半ばで「構想の10%程度の達成度(大坂氏)」とのこと。店舗でのフィードバックを確認しながら、ひとつずつ改良を加えているそうだ。

 錦糸町は業種・世代を問わず幅広い年齢の客層が見込めるうえ、浅草など近隣の観光地を訪れる外国人客も多く、偏りの少ない良質なサンプリングデータが取れるという。そうして取得したデータは、TEN Laboだけではなくグループ内の他店舗でも活用する予定だ。

 大澤氏「お客様の来店時間、召し上がった食材を分析することで、時間帯ごとの人員配置の最適化や、人気のある食材が定量的に分かります。こうした取得データは今後、当グループのサービス展開に生かせると考えています」

 大坂氏「AIによる売上予測や来店予測の自動化、食材の在庫量と減少度合い、天気・季節に応じた自動発注、あるいは、需給バランスによって自由に価格を変動させるダイナミックプライシングを盛り込むことも考えています。

 こうした取り組みは食品ロスの低減や、賞味期限が近い食材の安価提供など、いわゆるSDGs(持続可能な開発目標)に関わるため重要視しています。まずはデータを取得している段階ですが、頃合いを見てTEN Laboでの試験運用につなげていきたいです」

ロボットによる自動調理やコストを抑えた海外展開まで見据えたDX戦略

 ロイヤルHDが掲げているのはコミュニティー戦略だけではない。
数ある施策のなかでも、Web3よりも早く実店舗へ実装されそうな試みが「AI調理」だ。

 大坂氏「特殊なカメラを用いて、天ぷらを揚げる様子を撮影します。その動画をAIで解析し、最適な天ぷらの揚げ具合やタイミングをAIに判別させるのがAI調理です。

 天ぷらを美味しく揚げるのはかなりの技術力が必要で、職人を育成するのに時間がかかります。国内のてんやではオートフライヤーという、一定の時間で自動的に揚がる機械が導入されていますが、海外の店舗では国によって規制があり、導入できない場合があるのです。

 AI調理で導き出した最適なタイミングを音声や動画で伝えられれば、海外のスタッフでも容易に美味しい天ぷらを揚げられるようになる。そんな未来を目指して取り組んでいます。
AI調理の技術発展の先には、ミディアムレアの天ぷらを作ったり、冷凍食材から天ぷらを揚げるような応用も可能性として見えているので、近い将来、お客様一人ひとりのお好みに合うオーダーメイド天ぷらをご提供できるようになるかもしれません」

 天ぷらで成功すれば、唐揚げやとんかつなど他の揚げ物料理に横展開ができるという。さらにその先には、AIとロボットの調理による完全自動化も見据えている。

DX推進に立ちはだかる人件費とのコストバランス

 配膳ロボットやタブレット利用の増加など、飲食業の中でもDXの取り組みはさまざまな業態で見られる。
その一方で、DXを推進するほど、開発コストや機材にかかる費用が上昇していくのは悩みの種だ。
【画像】ロイヤルホールディングス大坂氏
 大坂氏「どれくらいの規模の店舗数に展開するのかによって、システム開発にかけられる投資額がかなり変わってくるため、肌感覚を持って投資判断することはなかなか難しいと感じています。

 日本の平均賃金は、世界の主要国と比較して高いとはいえず、労働力を補うためのロボットを導入しても採算が取れにくいという側面があります」

 短期的に見れば、日本ではDXを推進するよりも、人海戦術で当たるほうがコストパフォーマンスが良いというのが現状である。それに対するカウンターとして、ロイヤルHDは『駒込天丼』というトライアル店舗も展開している。わずか8坪の小規模店に、席はカウンター8席のみ。スタッフ1名だけでオペレーションが可能な間取りになっており、提供するメニューは天丼2品に絞っている 。

 大坂氏「いちばん有効な繁忙時間だけ、効率的に営業しています。売り切れ次第でその日の営業は終了です。飲食店は高額の設備投資と人材が必要ですが、それでも儲からずに閉店していく状況がある中で、解決策を模索し展開しているのがこの駒込天丼です」

 大澤氏「店舗にはカメラが備え付けてあり、遠隔からモニターできるようになっています。スタッフがちゃんと勤務できているか、体調不良など不具合が発生していないかを確認できます。TEN Laboは最新技術を用いた実験店舗ですが、駒込天丼は従来の人的資源で効果を最大化していくという、ある意味逆転の発想のDXです」

 ロボットやITを導入する最先端のDXと、極力、人ひとりで営業できることを目指す逆DX。「TEN Labo」のコンセプトとは真逆のように思えるが、その実、根本にある理念は共通のように感じる。両方の可能性を探っていくことこそが、ロイヤルHDが考える飲食業のDXなのだ。

効率化を進めながらも、優先するのは顧客満足と提供価値の向上

 さまざまなDXの可能性を模索しているロイヤルHDだが、その目的は常に顧客満足の向上にある。

 大坂氏「効率化よりも、より質の高いサービスのご提供を目指し、体験価値を高めていくことを重視しています。

 TEN Laboは、常連のお客様に定着していただきコミュニティーをつくることを当面の最大のゴールとしています。コミュニティーイベントの中で、常連のお客様と従業員、生産者さんが意見を伝え合うことで、新しいアイデアが見つかり、その後の発展形も描けるでしょう。実験的な要素の中で、何か価値のあるものを1つでも生み出せればと期待して います。

 まずはチャレンジをする。そして日々改善を重ねていくことが大事です」

 さまざまな制約と社会的な要請の中で、新しいDXの形を模索し、挑戦するロイヤルHD。飲食業界全体が変化していく、新しい潮目に差し掛かっている。

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