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Business 公開日: 2018.06.25

Instagramが「IGTV」で仕掛けたモバイル動画戦争

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ネット動画の覇者YouTubeに、これから対抗しようという若者が現れた。勝算は?

※ 上記写真は、IGTVを発表するInstagram 共同創業者 兼 CEOのケビン・シストロム(出所:Instagram)
via instagram-press.com
 Instagramは6月20日(米国時間)、動画専用の新アプリ「IGTV」をリリースした。Instagramの動画は60秒の時間制限が設けられていたが、IGTVでは10分もしくは1時間までのビデオを投稿できるようになる。スマートフォンでの視聴を前提にしているため、縦長の動画を標準としている点が特徴だ。

 ビデオの世界的なプラットホームの代表格には、デスクトップWebでもモバイルWebでもGoogle傘下のYouTubeが挙げられる。「YouTuber」という言葉が誕生して数年がたった今、動画投稿で生計を立てる人々が日本の小学生から憧れられるようにもなった。

 YouTubeはオンラインビデオの「カルチャー」と「ビジネスモデル」の両方を作り出したサービスだ。そんな動画の世界で、InstagramはどうやってYouTubeに対抗していくのか。また、IGTVに勝算はあるのだろうか。

インスタのソーシャルグラフを最大限に生かす

 前述したとおり、IGTVはInstagramとは別のアプリとして提供されている。しかし、ダウンロードして初めてアプリを開くと、既存のInstagramアカウントと連携するよう促されるため、面倒な登録作業をすることなく使い始めることができる。

 アプリを開くと、すぐにビデオの再生が始まる。というのも、自分がInstagramでフォローしている人たちが投稿した動画が、次々に再生されていくからだ。Instagramで既にできあがっているコミュニケーションとソーシャルグラフを十分に生かしており、ユーザーはすぐにアプリの魅力を存分に体験できることになる。

 動画を投稿する場合は、IGTVでチャンネル開設の手順を踏めばいい。ただし、今のところIGTVには広告の仕組みは用意されていない。実際、Instagramをマーケティングに活用してきた企業は手持ちのビデオを投稿しており、企業アカウントを多くフォローしているユーザーは以前観た動画をもう一度視聴しているというケースも多いだろう。

 Instagarmは「クリエイターは収益を得るべきだ」と考えているため、同社はIGTVのビジネスモデルとクリエイターの収益化を一体化した取り組みを今後発表することになるはずだ。

InstagramとIGTVが別々に提供される背景

 実は、IGTVに投稿された動画はInstagramからも視聴できる。それでも両者を分けたのは、いったいなぜなのだろうか?

 理由の一つは、Instagramというプラットホームに新たな役割を持つユーザーが現れ始めていることだ。

 現在のInstagramのユーザーは、シンプルに分けると「一般ユーザー」と「広告主になり得るビジネスユーザー」の2種類しかいない。他方のIGTVではクリエイターの収益化を支援する取り組みが示唆されている。これらを合わせて考えると、Instagramに新たな役割として「クリエイター」が追加されるということがわかるだろう。

 Instagramは画像のソーシャルメディアとしてシンプルに進化させ、ビデオクリエイターの管理を避けるのであれば、新たな役割を持つアプリの開発に至るのは妥当だ。

 IGTVのビジネスモデルの種類にもよるが、後述する理由から筆者は、「InstagramはIGTVを、クリエイターと広告主をマッチングさせる場を持たせる場にしようとしている」と考えている。つまり、ビデオを制作してほしい既存のInstagramの広告主と、ビデオクリエイターをIGTV上でマッチングさせて、手数料を得ていこうというアイディアだ。

 もう一つ、IGTVを別アプリとして立ち上げた背景にあるのは、2018年のシリコンバレーのトレンド「スマホ中毒の防止」に関係しているのではないだろうか。

 GoogleとAppleは相次いでスマートフォンの使用時間、とりわけ中毒性が高くて長い時間を過ごすアプリに制限をかける機能を導入しようとしている。Appleに至っては、6月に開催した開発者会議「WWDC 2018」の基調講演で、Instagramに1日1時間の制限をかけるデモを見せ、制限時間に到達してブロックされている画面までも紹介したのだ。

 ただでさえ使用時間が長いInstagramに動画視聴機能まで盛り込んだら、アプリ使用時間がこれまで以上に延びるようになる。そうすると、Instagramがスマホ中毒を助長しているという批判も高まりやすくなる。

 ユーザーが自主的に特定アプリの使用時間を制限した場合、Instagram内でビデオ視聴に時間を取られ過ぎれば、Instagramの既存広告主の不利益につながることもあり得る。そうした広告ビジネスの側面から見ても、IGTVの別アプリ化は賢明だったといえよう。

YouTube越えのためのチャレンジ

 さて、モバイルとデスクトップの別を問わず、世界で最も注目され、視聴されているオンライン動画プラットホームはYouTubeだ。月間アクティブユーザー数は19億人で、Instagram全体のほぼ2倍を誇っている。そんな巨大プラットホームへの対抗が、今回のIGTVの主目的であることは容易に想像できるだろう。

 IGTVの発表会見で、Instagram共同創業者 兼 CEOのケビン・シストロムは、スマートフォンという新しいデバイスの上で、ユーザーはいまだに古い(横長)のビデオを消費している点を指摘していた。裏返せば、若いスマートフォン世代にとっての標準的なビデオアプリの座を獲得しようという野心の表明であろう。
 ただし、YouTube対抗を目指すIGTVには、土俵に上がる前に乗り越えなければならないチャレンジがいくつもある。

 まず、「縦長のビデオを標準」とすること自体が、まず大きなチャレンジである。世界のほとんどのカメラやディスプレイは横長の画面を前提としている。縦長の映像を制作するには、映像を縦長で切り出すか、スマートフォンで縦長のビデオを撮影するしかない。

 また、横長の映像から切り出しても、縦長にとって良い映像になるとは限らない。例えばポートレートや全身を写し出したい場合は、画面いっぱいを使って人物を表現できる。しかし、縦長の画角で空間の広さを表現するのは難しいだろう。

 こうしたメディアの形式/型式の違いは、クリエイターだけでなく、視聴者側にも変化を求めるようになるはずだ。当初は読者の中に「縦長のビデオを1時間見たことがある」という人はほとんどいない。スマートフォンを手に持って長時間の動画を閲覧し続けられるものだろうか。IGTVには、そうしたメディア消費の面でもチャレンジがあるのだ。

YouTubeが生み出したカルチャーに抗う

 それでもIGTVは、本気でYouTubeに対抗しようと考えている。おそらくInstagramは、現在YouTubeが支配しているオンラインビデオの世界を快く思っていないのだろう。

 もっと率直に言うのなら、「ダサい」と思っているのではないか。チャンネル登録者数と視聴回数によって収益を上げるYouTuberは、映像の良し悪しやコミュニケーション以上に、収益を最大化することに心血を注ぐ。とにかくテンポ早くカッティングし、大きな字幕を次々に切り替え、YouTubeが用意しているコミカルな効果音を多用し、チャンネル登録と「いいね」を煽っていく。

 IGTVが目指したいのは、YouTubeが生み出したカルチャーではない。Instagramはリアルなライフスタイルの中にある美しいもの、クールなものを大切にしてきたプラットホームで、そうしたものを発見できる場だったからだ。乱暴に例えれば、スポーツ新聞ではなく、ファッション誌のようなビデオプラットホームを構想しているのではないだろうか。

問われるモバイルのセンス、勝算はあるか?

 筆者は、IGTVの意欲的な取り組みはYouTubeを失墜させることこそないが、YouTubeに次ぐ規模の動画サービスへと急速に発展していく、つまり一定の成果を挙げると考えている。

 IGTVの価値の源泉は3つ考えられる。それは「Instagramが持つモバイルのセンス」「親会社Facebookが持つ人工知能を駆使したアドテクノロジー」、そして「競合を恥ずかしげもなく徹底的にマネした上で最善の一手を指す海賊魂」だ。

 特に最後の海賊魂を想起してほしい。InstagramはSnapchatを徹底的にマネし、結果として叩き潰したのだ。いまやInstagramでもFacebookでも大人気の機能「ストーリーズ」は、もともとは同じ名前でSnapchatが始めた機能だ。Snapchatの普及が進んでいなかった日本では、Instagramがオリジナルの機能だと思っている人も多い。

 そして今回の競合は巨艦YouTubeである。YouTubeが提供しているコンテンツのレコメンド機能、ファン獲得の手法、音声素材、分析ツール、クリエイターの活動支援などは、今後Instagramが学び、取り入れていくべき要素でもある。現在のIGTVには、動画投稿時の編集機能がまったくないからだ。

 また、YouTubeの動画はWebサイトやソーシャルメディアなどを通じて広く共有され、あるいはページの中に埋め込まれて視聴されている。IGTVには現時点でアプリ外で視聴できる機能はなく、こうした「アプリ外での視聴機会の拡大」も取り組むべきポイントになるだろう。

 そして最後にビジネスモデルだ。IGTVは流しっぱなしで様々なコンテンツが楽しめるため、Instagramのストーリーズ的なザッピング感覚がある。もし広告コンテンツを挟み込むのであれば、既存のストーリーズのように、興味がなければ簡単にザッピングされてしまうだろう。

 YouTubeのように一定時間は切り替えられないようにロックするのか、あるいは現在注目されている6秒以内の動画広告を1つの単位とするのか、収益化に対する問題解決については、クリエイターの収益化の方法と含めて、早急に示す必要がある。

 これまで横長というテレビ以来のフォーマットで展開されてきたオンラインビデオの「ルール」を、モバイルを前提として崩そうとしているIGTVの取り組みには面白さを感じる。また、繰り返しになるがそうした文脈においてIGTVは一定の成果を挙げるだろう。

 あとは、あなたが長時間の縦長動画をスマートフォンで観たいと思うかどうか、だ。この感覚は「あなたがIGTVに相手にされているかどうか」というフィルターにもなっているのだ。


松村 太郎


本記事は、日経BP総研とSansan株式会社が共同で企画・制作した記事です。
© 2019 Nikkei Business Publications, Inc. / Sansan, Inc.

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