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Business 公開日: 2018.08.20

iPhoneの「眼」のこれからが見える、サプライヤーの業績

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業績絶好調のLumentum、背景にあるのはiPhone Xに搭載された「Face ID」

* 上の写真は、Appleが2018年9月のスペシャルイベントで披露したTrueDepthカメラの内部構造
 2018年会計年度第4四半期決算で売上高3億100万ドル。VCSEL(垂直共振器面発光レーザー)という部品のメーカーであるLumentumが好決算を発表した。ウォール街予想の2億8700万ドルを上回る数字である。特に、拡張現実、3Dセンシング分野の成長が牽引している。次の2018年第3四半期には、3億4000万~3億5000万ドルの売上高のガイドライン示しており、引き続き成長が見込まれる結果となった。
Lumentumの2018年会計年度第4四半期決算の概要(Lumentumのニュースリリースより)
 Lumentumの快進撃の背景には、売れ行き好調なiPhone Xがある。Lumentumが提供するVCSELは、3D顔認証セキュリティシステム「Face ID」用としてiPhone Xに搭載された「TrueDepthカメラ」に利用するパーツで、同社はパーツの75%のシェアを占める。その好調な決算と明るい見通しは、Appleが今後もLumentumのパーツの利用を拡大させ、強力な需要が見込めることを表している。

その秘密は、TrueDepthカメラ導入と拡大

 Face IDを実現するためのTrueDepthカメラには、小さなスペースにレーザーを組み込めることからVCSELが利用されていると考えられる。ちなみにVCSELを1977年に考案したのは、現在の東京工業大学の学長、伊賀健一氏である。

 TrueDepthカメラは、これまでの700万画素のFaceTime HDカメラ(自撮りカメラ)に、3万点ものドットを照射する赤外線プロジェクターと赤外線センサーを組み合わせることで、被写体の深度を計測し、立体的に捕らえられるようになる仕組みだ。

 赤外線の波長は0.94μmの近赤外線で、人の目には見えないが、太陽光エネルギーの半分を占める一般的な赤外線波長域。Appleによると、眼や肌に影響のない弱い光を用いており、人体に影響はないという。

 赤外線の利用によって、真っ暗な場所での顔認識を実現する一方で、太陽光の下ではドットが潰れてしまうことになる。このため、赤外イメージと通常のイメージのハイブリッドによるシステムを作っていると考えていいだろう。

 また、Face ID実現にはTrueDepthカメラだけではなく、読み取った画像をモデル化し、瞬時に照合したり、顔の変化を学習する処理が必要となる。そこでAppleは、毎秒6500億回の機械学習処理できるA11 Bionicプロセッサを開発し、iPhone Xに利用している。

Lumentumの好決算、FinisarへのAppleの投資

 Lumentumの強気のガイドラインは、特にAppleによるAR・3Dセンシングに関連する事業が引き続き延びていくことを織り込んだものである。

 一方でAppleは2017年12月、米国向け先端製造業ファンドを通じて、Finisarに3億9000万ドルの投資を行った 。Finisarは研究開発と、テキサス州シャーマンにおけるVCSELの大量生産に取り組んでおり、また独立型ワイヤレスヘッドフォン「AirPods」向けの近接センサーにも用いられるという。

 AppleはVCSELについて、既存の半導体レーザーに比べて、効率が良くコンパクトで安価であると説明している。iPhone X発表後の2017年第4四半期、Appleはこれまで世界で製造されてきたVCSELの10倍のウエハーを調達したことも明かした。現状、AppleがVCSELを使うハードウエアメーカーとして急速に拡大したことを表している。

Appleの製造業としての恐怖

 TrueDepthカメラ自体は、修理を助け合うコミュニティiFixitの分解レポートなどから「第1世代のXBOX向けKinectと同じような構成」と評価されている。つまり、技術的に特別難しいものではない、ということだ。しかし、AppleはiPhone XでのTrueDepthカメラ導入のためにVCSELをかき集め、さらなる増産に向けて投資し、コンパクトなデバイスの中に収め、他社が簡単に追いつけない環境を作り上げていた。
iFixitのiPhone X分解の紹介動画
 これは、指紋認証のTrueDepthカメラの時にも起きたことだ。

 Appleは2012年に指紋認証技術を持つAuthenTecを3億5600万ドルで買収し、2013年に「Touch ID」を搭載するiPhone 5sを市場に投入した。iPhoneの操作で常に起点となるホームボタンに指紋センサーを内蔵したことで、ユーザーの自然な振る舞いの中でセキュリティを高めるインタフェースとして秀逸だった。

 Touch IDは360度、どの角度でも登録した指紋を読み取ることができ、iPhone 6sではさらに反応速度を高速化させた。しかし誤認識の確率は5万分の1で、Appleとしては改善の余地があると考えていたようだ。

 Touch IDには、カバーガラスが傷ついて認識精度が落ちないよう、サファイアクリスタルガラスが採用されていた。Appleはやはり、サファイアクリスタルガラスを製造するGT Advancedとの間で2013年に5億7800万ドルの契約を交わしたが、その後GT Advancedは投資計画の失敗から破産している。

 Appleは、外見やスペックの上でAndroidスマートフォンの後追いになることさえあるし、デザイン面でもAndroidスマートフォンに追いつかれる面が目立っている。それでも、研究開発とサプライヤーへの投資を通じて、マネできない優位性を着実に確保している様子が分かる。

セキュリティ以外の付加価値を求めた

 GT Advancedの倒産の背景には、Appleの戦略の変更が左右したかもしれない。Appleがサファイアガラスに深入りしなかった背景には、軽量化に加え、指紋から画像へセキュリティ方式を切り替える判断があったからだ、と考えられる。

 指紋センサーを採用し続けるには、ホームボタンが必要となる。しかし全画面ディスプレイを実現しようとするとホームボタンは邪魔になる。Appleの特許文書で、画面の中に指紋センサーを内蔵するアイデアが提案されており、そうなると前述のようにディスプレイに傷がつきにくいサファイアガラスを用いることになるはずだった。

 ところがAppleは、2017年発売のiPhone XからTouch IDを取り除き、Face IDへとセキュリティシステムを変更した。同時にホームボタンがなくなり、Touch ID向けの指紋センサーやサファイアガラスは使われなくなった。Appleは前述の先端製造業ファンドを通じてiPhoneのスクリーンや背面などに用いられる強化ガラスの製造で知られるCorningに2億ドルの出資を行った 。つまり、サファイアガラスを捨て、引き続き現状通りGorilla Glass採用の方針を固めた、ということだ。
TrueDepthカメラを紹介するAppleのシニアバイスプレジデント、フィル・シラー氏
なぜAppleはTouch IDをやめ、Face IDに変更したのか。

 理由の一つは、Appleが問題視していた誤認識率を100万分の1に低下させられることだ。加えて、AppleがiPhoneで取り組むもう一つの戦略、すなわち、拡張現実(AR)での活用を進めるため、と考えることができる。

 TrueDepthカメラで取得できる深度データ付き画像は、「Depth API」として用意され、開発者は自分のアプリで、TrueDepthカメラからの情報を用いることができる。例えばSnapchatは、顔に装飾するフィルターを正確に、顔の凹凸に合わせて配置している。Apple自身も、これまで背面の2つのカメラを用いていた背景をぼかすポートレートモードの写真を、単一のイメージセンサーを用いた自撮りで実現した。

 加えて、絵文字を自分の表情に合わせてアニメーションさせることができるアニ文字は、2018年秋配信予定の新ソフトウェア「iOS 12」で、自分の似顔絵の絵文字を動かしたり、FaceTimeのビデオ通話でリアルタイムに合成することもできるようになる。

 指紋認識のままでは、こうしたAR関連の活用を見出すことはなかった。TrueDepthカメラの採用と投資は、小さなスマートフォンの中で1つのデバイスが複数の役割を発揮する一石二鳥、一石三鳥を狙った「デザイン」の結果だった。

再び、Appleのプラットホーム戦略から

 前年モデルでは、iPhone XにだけTrueDepthカメラが搭載され、「将来のiPhoneのコンセプト」としてプレミアムの価格が設定された。2018年モデルでは、3機種にTrueDepthカメラが搭載されると見られる。

 これまで、音声アシスタントSiri、Touch ID、Apple Payなど、Appleが独自に投資したり採用してiPhoneに採用した技術やパーツは、Appleの他の製品に展開されてきた。iPhoneの最新ラインアップすべてにTrueDepthカメラが採用されたタイミングで、iPad、MacといったラインアップにもTrueDepthカメラとFace ID、AR機能が利用できるようになると考えるのは、近年の流れを見れば自然なことである。

 Appleは、ラインアップの3分の1程度を占めるiPhone X向けのTrueDepthカメラのためだけでも、既存の10倍のVCSELを調達しなければならなかったと指摘する。

 今後、iPhoneは年間2億台以上、iPadは4000万台以上、Macも2000万台前後が販売され、これらにTrueDepthカメラが採用が進むことから、Lumentumの強気のガイダンスはFinisarへの投資の裏付けとして十分と言える。


松村太郎


本記事は、日経BP総研とSansan株式会社が共同で企画・制作した記事です。
© 2019 Nikkei Business Publications, Inc. / Sansan, Inc.

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