sansansansan
  • DIGITALIST
  • Articles
  • 「スマートマーケット」 の最適解を探そう──市場の仕組みをシミュレーションで考える(2)
Pocket HatenaBlog facebook Twitter Close
Ideas 公開日: 2019.04.30

「スマートマーケット」 の最適解を探そう──市場の仕組みをシミュレーションで考える(2)

お気に入り

「スマートマーケット」 の最適解を探そう──市場の仕組みをシミュレーションで考える(2)

(前編からのつづき)

 日常生活で身近に感じることはまだ少ないが、食が危機に瀕している。日本の農業における高齢化、後継者不足は深刻で、食糧危機は決して遠い未来の話ではない。毎日当たり前のように食べている国産野菜が、手の届かない存在になる、ということが実際に起こり得るのだ。

 一つの策だけで解決できるような課題ではない。農業の効率化、産業化など、いろいろな観点からの策が必要になる。その一つには、生鮮食品流通マーケットのスマート化も挙げられる。消費者の具体的な需要を把握し、できるだけムダに生産することのないよう需給管理し、売れ残りを最小限に抑えられる工夫をこらす――。そんなスマートアグリマーケットの構築を目指し、研究しているのが産業技術総合研究所(以下、産総研)の宮下和雄氏だ。前編につづき、コンピュータシミュレーションを生かしたムダのないフードチェーンづくりについて、宮下氏に聞いた。

価格決定プロセスに生産者を参加させる

──日本の農業には、従来のスタイルと異なる流通市場が必要だということですね。

宮下 そうです。といっても、今の市場をなくそうと言っているのではなく、役割分担しようとしているのです。市場の役割には、価格形成と物流、加工があります。今までは卸売市場法で原則としてダメだとされていた商物分離(商流と物流を分けて行うこと)も、2019年度から実質的に進める方針に改正されました。

──卸売市場法の改正によってeマーケットプレイスのようなビジネス形態が実現できるようになったということでしょうか?

宮下 市場を介さなければ、作った商品を自力でネット販売するといったことは以前からできました。民間の企業がマーケットプレイスを展開する場合も、それを規制する法律はありません。変わったのは、卸売市場にいる伝統的な卸売業者や仲卸業者が、eコマースなど流通までを手がけられるようになったことです。物のハンドリングや物流というのは、今市場にいる人たちが一番専門知識やキャパシティを持っています。一方で、今、卸にかかわる会社が儲かっていないんです。なぜなら、やってもいい業務が法律で決められていて、手数料収入に縛られているからです。

 従来の利益構造だけではなく、商物分離で「商」にかかわるデータを全部マーケットプレイスに集めれば、どこの県で何が売れているとか、どこの県で何が採れているとか、気象データを合わせて「この夏は何がどれだけ売れそうか」とか、データを活用した商売が可能になります。従来の手数料収入だけでなく、データを活用した収益をうまく組み込むことによって、流通の要となるプレーヤーがきちんと儲かるようにしたい。物流や冷蔵というハンドリングの機能と、価格形成の機能をうまくミックスさせていけば、ちゃんと収益が上がる市場になり、農家にも収益がきちんと配分される仕組みになるのではないかと思っています。

──そういった環境づくりに向けて、課題は何ですか?

 農業で問題なのは、生産者が価格決定のプロセスに参加していないことです。作ったものを「10円で買ってください」「100円で買ってください」ではなくて、「いくらで買ってくれますか?」というアプローチになっています。農家が特別に丹精込めて作ったものも、普通に作ったものも、同じ売り方になってしまう。それではやりがいも高まりませんよね。

 生産者が価格を付けられないのは、売れ残った商品は残存価値がゼロになるからです。また、売れ残りが出やすいのは、1回しか取引をしないからです。市場で競りにかけて売れ残ると、あとは相対取引で「いくらでもいいので買ってくれませんか」と個別にあたることになります。

 大切なのは、期限が来るまでは、同じものを繰り返しリコメンドするような仕組みづくりです。ですから、オークションのように24時間好きな時間に入札できるシステム(コールマーケット方式)を作ったらどうなるかと考えました。商品の消費期限のようなものを決めておいて、期限が来るまで何回でも競りをすれば値段がつくかもしれません。さらに、予約取引もできるようにして、現物取引と一緒に扱える市場にしようと考えています。

 こうした仕組みを考えるのがマーケットデザインです。「オークションの仕組み作り」は、その事例の一つです。例えば、オークションの種類に「第一価格オークション」と「第二価格オークション」があります。一番高い値段を付けた人が落札し、自分が入札した金額(最も高い金額)を支払うのが第一価格オークションです。一番高い値段を付けた人が落札し、二番目に高い入札額を支払うのが第二価格オークションです。それだけの差に見えますが、参加する人の気持ちや行動が変わります。「100円で落札したい」と思っている人が第一価格オークションに参加すると70円くらいから入札して駆け引きをするんですが、第二価格オークションに参加すると最初から100円で入札します。二番目に高い入札価格が70円なら、自分は70円しか払わなくて済むから駆け引きをせずに入札するんです。だから、正直に入札しても損をしないとされているのが第二価格オークションです。米Googleの広告オークションでも使われています。

 第二価格オークションの話だけなら、数式で考えれば一番いい答えが出るんですけど、複雑なことをやろうとすると数式じゃ解けないんですよね。ですから、マルチエージェントシミュレーション(MAS)を使ってマーケットを作り、その中にいろいろなエージェントを投入してみて、シミュレーションをしながらより良いルールを見つけようとしています。
──「遅延マッチング」と「不成約ペナルティ」とは何ですか?

宮下 株の取引では、売り手と買い手が価格をつけて、それをマッチングしたらすぐに(遅延なく)約定しますよね。遅延マッチングは、「もっといいものが後から出てくるかもしれない」ことを想定して、ちょっと待つ方法です。

 野菜の場合、腐ってしまうので早く売りたいんですけど、消費期限まで猶予がある(長持ちする)野菜ならちょっと待ってもっといいお客さんが来るのを待つことができます。期限ぎりぎりの野菜はそんなことを言っている時間的余裕はないため、すぐにマッチングします。そうすれば農家に優しいかなと。

 入札の優先度もMASでシミュレーションして計算します。生産に対して需要が大きく、物が売れやすい市場(高需要市場)と、生産に対して需要が小さく、物が売れにくい市場(低需要市場)を考えたときに、入札の優先度を「価格ベース」と「危急度ベース」に切り替えたら、危急度ベースを優先にした方が低需要市場・高需要市場いずれも農家がより儲けられるということがわかります。

 このグラフは、縦軸の数字が生産者とバイヤーの双方の収益を、横軸の数字は大きくなるほどマッチングの遅延が大きいことを示しています。赤色の「クリティカリティ(危急度)ベース」は消費期限が迫っている商品優先でマッチングし、灰色の「プライス(価格)ベース」は価格優先でマッチングします。それ以外は危急度ベースと価格ベースの割合を分けてシミュレーションしています。価格優先が従来型の取引です。

──遅延が大きくなる、つまり長く待つ方が収益は悪くなるということですか?

宮下 ずっと待つと悪くなるので適当に待たないといけません。特に低需要市場は待ち時間が長い方がいい結果になっています。

 今の市場の値段の付け方は、競り人たちの属人的なノウハウや人間関係に頼りきっています。競り人は他の人と知識を共有しないので、会社にもノウハウが残っていません。しかも、その人たちが、いずれ定年で退職したら、その後の価格決定をどうするかという課題もあります。

 卸会社の人たちは買う側の要望をよく知っているのに、それをきちんと生産者に伝えられていません。彼らには商品の付加価値を高めることにもっと時間を使ってほしい。価格決定の部分など、できるところは自動化して、代わりに、消費者のニーズを生産者に伝えるところにマンパワーを充てられる仕組みにしたいですね。

──地域や時期、時代によっても物価は変わります。AI(人工知能)を使って価格決定プロセスのようなものを作り上げると、現実とずれてくるのではありませんか?

宮下 もちろん、学習していかなければいけません。地域によって価格が違うというのは、アービトラージ(さや取り)ができるので本当は良くないことです。実際に、A地方で安く買ったものをB地方で売るという商売をしている卸会社もありますが、それは不健全ですよね。だからデータはなるべく1カ所に集めて、同じ物は同じ値段でというのが基本だと思います。

──あとは、みんながこういう仕組みを使っていく「きっかけづくり」ですね。

宮下 はい。最初は行政が旗振り役となって実証実験を進めるのがいいだろうと思っています。スマートアグリマーケットは、その体制づくりができれば実証実験を始められるところまできています。

 あとは、実際にこのマーケットに参加する可能性のある人たちが「何を望んでいるか」を、もっとヒアリングしていきたいです。そのヒアリングを通じて、スマートマーケットの考え方をいろいろな企業に知ってもらいたい、さらにはそこから1社でも2社でも、手を挙げる企業が出てくるといいと思っています。


森元 美稀
(撮影:黒田 菜月)


本記事は、日経BP総研とSansan株式会社が共同で企画・制作した記事です。
© 2019 Nikkei Business Publications, Inc. / Sansan, Inc.

関連記事

DIGITALIST会員が
できること

  • 会員限定記事が全て読める
  • 厳選情報をメルマガで確認
  • 同業他社のニュースを閲覧
    ※本機能は、一部ご利用いただけない会員様がいます。

公開終了のお知らせ

2024年1月24日以降に
ウェブサイトの公開を終了いたします