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Ideas 公開日: 2023.01.04

個人も企業も幸せにする「地方副業」という選択肢

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“働き方”の多様化が進む昨今、その一形態として「副業」が注目を集めている。副業は、経験値を高めたい個人にとっても、人材不足に悩む地方企業にとってもメリットがあるという。長野県塩尻市で副業人材と企業とのマッチングに取り組むNPO法人MEGURU(めぐる)代表理事、横山暁一(よこやま・あきひと)氏に、地方副業の現在地について伺った。
横山暁一氏
パーソルキャリアに入社し、法人企業の人材採用支援を経験。2019年より長野県塩尻市の地域おこし協力隊に着任し、地域企業の人材獲得や経営支援に携わる。その後塩尻市へと移住し、現在はNPO法人MEGURUの代表理事を務める。“地域の人事部”として、地域の人材課題解決のためのさまざまな施策に取り組んでいる。

やりがいを求める都市部の個人、人材不足に悩む地方企業

 「副業」とは一般的に、雇用契約を結んでいる “本業”が存在するかたわら、それと並行して従事する、雇用契約を結ばない仕事のことを指す。

 ひと昔前までは、副業は高い能力をもつ、限られた人材だけが取ることができる選択肢だというイメージがあったが、昨今は個人のキャリア観に変化が見られ、本業だけでは得られない信頼報酬(実績や人脈が得られる)や経験報酬(成長を実感できる)、心理報酬(やりがいを得られる)を求めるようになったことから、副業が選択肢のひとつになってきている。

 そして副業の中でも、特に都市圏の働き手が地方企業の課題解決に関与する「地方副業」においては、本業で経験を積んだベテラン層だけでなく、比較的若い層にも広がっている働き方だ。

横山氏「本業だけでは得られない“自分らしさ”をつくるための選択肢として、副業に従事する人が増えています。2020年に取られたデータでは、地方副業に関心があるという都市部人材は約8割にのぼっているのです。新型コロナウイルス感染症拡大の影響でテレワーク環境が整ったり、業務のリモート化が推進されたりしたことで、通勤時間がなくなり可処分時間が増えていることもあって、副業に対する物理的・心理的なハードルが下がってきた状況があります」

 社会環境の変化とともに、個人の内的なキャリア観にも大きな変化が現れている。地位や年収を求める働き方から、「何を重視するか」の価値観がより多様化しているのだ。

横山氏「特に若手の働き手のキャリア観には、地位などの外的な評価だけではなく、プロティアンキャリア(※1)と言われるような形で、より内的な充実を図りたいと考えていることがわかっています。これからのキャリアにおける“成功”とは、仕事を通して満足感を得られているかどうか、自分らしさを感じられているかどうかといったことを指します」

※1:1976年にボストン大学経営大学院のダグラス・ホール氏により提唱されたキャリア理論。社会環境の変化に対応しながら、自らの働き方を柔軟に変えられるキャリアを意味する。ギリシャ神話に登場する、変幻自在な神「プロテウス」が由来。地位や金銭的報酬を目的とせず、自己成長ややりがい、充実感などの心理的な成功を目指す働き方を意味する。

 こうした流れにマッチしたのが副業であり、本業とともに、副業で自分自身のキャリアを作っていこうという機運が生まれているのだ。

 また、副業人材のマッチング先の中でも、特に地方企業では、中核人材の不足が悩みの種だ。中小企業白書によると、約6割の中小企業が、「中核人材が欲しい」と回答している。

横山氏「コロナ禍を経て、地方企業の経営者たちは“現状維持では衰退の一途である”という危機感を抱いています。しかし中小企業の多い地方企業では、トップである社長が日々の業務に追われ、未来をつくるような仕事ができない状態になっているケースが多くあります。社長が製造や営業も行い、組織の管理も担っている。事業変革の中核を担ってくれる中間マネジメント層が自社内にいない、育っていないことが悩みの種になっているのです」

副業人材と地方企業のマッチングである「地方副業」がもたらすメリット

 都市部の働き手のキャリア観の変化と、地方企業の人事課題。その両方をつなぐ働き方として期待が高まるのが、地方副業だ。従来通りの「正社員か非正規社員か」という雇用のあり方から、他の会社に勤めながら自社でも働いてもらえるような自由度の高い働き方が拡大しつつある。

 いわゆるフリーランスと呼ばれる個人事業主や、主婦や学生、高齢者などの隙間ワーカーが社会で活躍できるような、企業と個人との関係性の多様なあり方を検討していく必要があるだろう。
 こうした新しい働き方の選択肢が増えることにより、働き手個人にとっても、副業人材を受け入れる企業にとってもさまざまなメリットがあるという。

①    地方副業を行う個人が得られるメリット
 「副業」自体は、条件さえ満たせば、もちろん都市部でも見つけることができる。しかし「地方というフィールドだからこそ得られるメリットも大きい」と横山氏は言う。

横山氏「地方では、都市部に比べて圧倒的にプレイヤーが少なく、『ポジションが空いている』現状があります。首都圏であれば競合企業も、個人のライバルも多く、ポジションは奪い合いになることも多い。地方ならば、やりたいと手を上げれば、挑戦できる環境があります。つまりは“一人目”になりやすい、ということは言えると思います」

 また、普段の業務の中で「あたりまえ」だと思っていたスキルが重宝されることも多く、経営者のパートナーとなることで、普段できない挑戦や経営に近い経験を積むことができ、かつスピーディーにフィードバックを得られることもメリットだという。
横山氏「私にも経験がありますが、大都市にある大企業に務めている場合、何か行動を起こそうと思っても、意志決定に時間がかかる場合も多々あります。ところが地方企業では、社長が『やる』といったら、極端な話、明日から実行できるわけです。そして仮にうまくいかなかったとしても、規模が小さければ挽回もしやすい。これがダメならあれをやろうと、さまざまな方法をトライアンドエラーすることができます。都市部の若手人材は、インプットの機会は多くても、アウトプットする場、実践する場がなかなかないという声もよく聞きます。地方でリアルにアウトプットできる経験は、特に若い世代にとっては有益なのではないでしょうか」
 また、地方副業の経験が越境学習となり、自社や自分自身について異なる視点から見つめ直す事ができるおかげで、本業にも好影響を及ぼすのは間違いない。横山氏自身も、塩尻市での成果を、本業であるパーソルキャリアでの副業マッチングプラットフォーム立ち上げに生かした経験を持っている。

②    副業人材を受け入れる企業が得られるメリット

 副業人材を活用することにより、地方企業側にはどんなメリットがあるのだろうか。

横山氏「地方企業の多くが人材不足にあえいでいます。事業を継続、発展させていくために経験者を採用したくても、当然コストがかかり、リスクも大きい。その点、副業は“お試し”からスタートするようなイメージで、人材を有効活用することができます。単発のプロジェクト単位でも人材活用ができるのでハードルが低いですし、良い関係を築くことができれば長くお付き合いができます。地方副業を通して地方のファンになってもらい、周りの人を巻き込んでくれることもあれば、最終的には地方への移住を決断するというケースもあります」

 実際に長野県塩尻市の事例では、2019年以降で42案件、70人の副業人材をマッチングしている。「必要なときに、必要な人材を、必要なだけ」という変動的な人材活用が可能となり、職種も財務・経理、人事、広報、IT導入やシステム、マーケティング、デザイン・編集、新規事業などと、さまざまな分野の人材が活躍の場を広げている。そして横山氏自身も、家族をともない移住を決めたひとりだ。

企業が社員の「副業を認める」場合のリスクはどう考える?

 地方副業という働き方が広まれば、人材を送り出す側の企業としては次のような懸念が生まれるだろう。それはすなわち、「自社に対するモチベーションが下がるのではないか」「優秀な人材の流出につながるのではないか」という不安だ。

横山氏「実は、『社外活動を経験したほうが、むしろ自社に対するエンゲージメントが相対的に高まる』というデータがあります。とくに若年層になればなるほど顕著です。自社で囲い込もうとするより、外部でさまざまな経験を積み、自社を客観的に見つめ直している社員の方が、自社の魅力を改めて再認識している傾向があるのです」

 また、「副業で個人が得られるメリット」としても紹介したように、副業の経験は働き手本人のキャリア観に直結している。スキル面でもマインド面でも成長が期待でき、しかもそれを本業に持ち帰って生かすことができるのもメリットだという。
横山氏「パーソル総合研究所の調査によると、経験者の多くが、副業での経験が、本業に『正』の影響を与えたと答えています。特に『視野が拡大した』と答えた人は4割を超えており、本業に従事しているだけでは得られない視点や、新しいものの見方を得たことが、本業に生かされるととらえられるのではないでしょうか」

 同時に、副業を認める側の企業としては、「労働時間管理が面倒になるのではないか」という懸念や、「副業先の労働時間管理も必要なのか」といった疑問もよく挙げられる。また、副業先で万が一健康を害した場合、本業にも責任が生じるか否か」といった懸念もあり、企業がなかなか副業を認めるにいたらない状況があるようだ。

横山氏「労働時間管理については、副業先の企業とは雇用契約を結ばないため、二重雇用にはならないケースがほとんどです。実際に、副業の9割以上が業務委託という勤務形態をとっています。本業として雇用契約を結ぶ企業が労働時間管理をする必要はなく、法律上の義務は生じません。また、厚生労働省が発表しているガイドラインによれば、副業先で健康を害した場合についても、基本的には本業に責任は生じません。ただし、どのような副業をしているのか、大まかに内容を把握しておくことは必要でしょう」
参考資料:厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン

幸せな地方副業のために個人・企業ができること

 働きたい個人と、それを受け入れる地方企業とのマッチングをサポートし続けてきた横山氏によれば、マッチングに当たって大事にしていることは「副業人材はコンサルではなく、経営者のパートナーであるという視点」なのだという。

横山氏「マッチングの際は、個人にとっても企業にとっても、『この人と働きたい』という共感があることを前提にしています。地方企業の経営者はコンサルタントを求めているわけではありません。経営者の思いを理解して信頼できる『当事者』となってくれる人を求めているのです。一緒に手を動かしながら、企業が直面するリアルな課題をともに考えて、行動し、解決していく。すべては人と人とのつながりだと思います」

 そうした意識を持つことを前提として、まず踏み出すべきはじめの一歩は何なのだろうか。

横山氏「まず働き手個人にとっては、小さな一歩を踏み出してみることがとても大事です。『私で大丈夫かな』と不安になることもあるかもしれませんが、普段の業務の中で使うちょっとしたスキルが、地方ではとても役立つケースが多くあります。もしあなたが企業で数年間社会人経験を積んだ方ならば、まず間違いなく、喜んでもらえる仕事があるはずです。もちろんスキルはあるにこしたことはありませんが、企業との間に信頼関係を築けるかどうかの方がより大事なのは間違いありません。そういう気持ちがあるのなら、『お金を払ってでも経験を取りに行く』というくらい勢いで、まずは小さく始めてみるのがいいと思います。また、副業を通して、本業とプライベートのほかに3つめのコミュニティができることで、自身のつながりの幅が広がることもとても豊かな経験だと思います」

 一方、副業人材を受け入れる地方企業は、「何をやりたいのか」を明確にすることが必須となる。どこに副業人材を配置するのか、人的リソースの配分を改めて見つめ直し、適切に活用することが重要だ。自らが抱える課題をあぶり出し、すでに副業人材を活用している他の企業の実例を見聞きしておくことも有効だろう。もし不安があれば、副業人材をコーディネートするサービスや相談先を活用するとよい。副業人材にとって、主体的に地域にコミットしたいと思ってもらえる居場所をつくれるかどうかが、成功の鍵となる。

 また、副業を認めたり、人材を送り出す側の企業にとっても、セキュリティや情報管理のための仕組み作りが必要となる。副業の際にはNDAなど、情報管理に関する契約は必ず締結することや、副業に対するコンプライアンス教育は徹底するべきだといえる。情報管理に関するリスクはシステム作りや技術でカバーできることも多いため、横山氏によれば、あまり大きな問題に発展するケースは少ないという。

 現在、副業を始めている働き手はまだ1割程度にすぎない。地方企業にとってもまだハードルは高いものの、副業を解禁する企業は増えつつあり、地方企業にとっての実例も増えてきている。今後受け入れの裾野は広がっていくはずだ。

横山氏「地方副業は、働き手個人と企業、それぞれがWin-Winとなれる関係性の構築を実現できる有効な手段だと考えています。本気で地域課題に向き合う『当事者』としての意識をもった多様な人材が活躍できる場を多く生み出すことが、さまざまな社会課題を解決する土壌にもなるはずです。今後、地方副業がより多くの個人・企業にとっての選択肢になることを期待しています」

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