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Ideas 公開日: 2018.06.20

ARが変える「リアル世界」──AppleのAR戦略を紐解く

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拡張現実アプリがついに離陸しようとしている。牽引しているのはAppleだ。

WWDC 2018でAppleは「iOS 12」の目玉機能として「ARKit 2」をアナウンスした。世界最大のARプラットホームとして、Appleはどんな舵取りを見せるのか
 Appleは昨年6月に開催した開発者向け会議「WWDC 2017」で、iPhoneを「世界最大の拡張現実(AR)プラットホーム」にすると宣言した。その後にリリースした「iOS 11」によって、開発者はアプリにARを手軽に、そして無償で取り込めるようになった。従来はARエンジンを自前で開発するか、他社製のライセンスを購入しなければならなかった。

 これによって、無料アプリでもAR機能を提供することが可能になり、ARアプリはより身近な存在になってきた。

 Facebookも5月1日に開催した開発者会議「F8 2018」で、仮想現実(VR)ヘッドマウントディスプレイ「Oculus Go」を発表した。製造を手がけるのは中国のXiaomi。現段階で十分な画質と性能を備えており、VR入門にはぴったりのデバイスだ。

 実際のところ、消費者のほうは、デジタルデバイスに相当興味を持っている人でも、日常的にAR・VRアプリを使っているとは思われない。一部のゲームを楽しむ際にこうした新しい表現が用いられているかもしれないが、日常生活の中で何が定着するのか、どんな形で生活を変えるのかは、まだ手探りの状態である。

 これに対してAppleは、ゲームや教育だけでなく、あらゆるジャンルでARの活用を奨めている。次期モバイル向けOS「iOS 12」では、目の前にあるものの長さや面積を測るアプリ「Measure」を新たに提供する。

 例えば、航空会社のアプリとMeasureを連携させて、ユーザーに機内持ち込み荷物のサイズをあらかじめチェックしてもらい、OKであれば航空券にチェック済みのサインを出す、などというアイデアはすぐに思いつく。私たちにはARとVRの体験が圧倒的に足りていないが、身近に適用できるアイデアにはすぐにたどり着けるのだ。

「空間の共有」が生む熱中

 Appleは今年6月の「WWDC 2018」で、AR開発キットの最新版「ARKit 2」を披露した。前バージョンとの主な違いは「顔追跡の精度向上」「空間の保存と呼び出し」「空間の共有」「3Dオブジェクトの認識」。それらの中でもプレゼンテーションで特に強調していたのが空間の共有だ。

 レゴブロックで作った建物のデモでは、3Dオブジェクトを認識させた上で、その周りに道路などのグラフィックスを敷き、車を走らせる様子を披露した。今までは1人のユーザーが1つのデバイス上で体験するのが常だったが、今回のデモではここに別の人が参加し、1つのAR空間に最大4人が参加できるようになっていた。
ARKit 2のウリは、1つのAR空間に複数人が参加できる共有体験だという。
 今まで1人プレイだったゲームが2人同時プレイになり、兄弟や友人同士で楽しめるようになった過去を思い浮かべれば、4人同時に同じ空間を共有できるAR体験によって、ユーザーはさらにARに熱中できることがわかるだろう。もちろん、参加者以外の人にはガランとしたテーブルや床が見えるだけで、なぜ盛り上がっているのかは分からないようになっている。

 現実とデジタル世界で同じものを見られるようになれば、空間や感情をより共有しやすくなるだろう。ARが「1人の楽しみ」から「みんなの楽しみ」へと変化していくのである。

ARコンテンツの制作環境を整備したアドビ

 空間の共有以上に重要な変化が「空間の保存と読み出し」だ。

 今までのARKitでは、アプリが起動されるたびに水平面や垂直面を認識し、空間に存在するオブジェクトを認識しなければならなかった。しかしARKit 2では、認識した空間を保存できるようになった。レゴブロックの例で言えば、途中で遊ぶのをやめて出かけても、帰ってきたら続きから遊べるようになる、というわけだ。
レゴのデモでは、目の前にあるブロックで作った建物と、その周辺にある道路などの合成を共有していた。また、作った街を一度保存して、後から読み込めるようになった点も新機能だ。
 また、認識した空間の情報をあらかじめ用意しておくことで、訪れた人が手軽に自分のiPhoneでAR体験を始められるようになる。例えばデジタルアートの展覧会で毎回同じ展示を見られるようにするアイデアや、複雑怪奇な東京の駅で通路に行き先の矢印を直接オーバーレイするようなナビゲーションを場所ごとに設置するといったアイデアも考えられる。

 こうした開発を実現するための環境整備に真っ先に手を挙げたのがAdobeである。Adobeは既に3D対応している「Photoshop CC」と、2017年に正式版をリリースした3Dグラフィックスソフトウェア「Dimension CC」、そして開発中の「Project Aero」で、ARコンテンツを制作する環境を整えた。特に入口となるのが著名なPhotoshopである点から、制作環境がいかに身近かが感じられるだろう。

ARコンテンツの流通にも踏み込む

 さらにAppleは、アニメスタジオ大手のPixarと共同で「USDZ」という新しいファイル形式を用意した。このファイルは非圧縮のZipファイルで、3Dオブジェクトやシーン情報などのデータを含むという。

 iOS 12や次期デスクトップ向けOS「macOS Mojave」など、秋に配信がスタートする最新ソフトウエアでは、特別なアプリやプラグインがなくても3Dファイルを開けるようになる。企業は通販サイトにUSDZ形式の商品画像を用意しておけば、ユーザーは購入する前にデータをダウンロードし、実物大の商品を部屋に置いてみることができるようになる。ユーザーは、部屋に置いたらどう見えるか、サイズ感はどうかといったことをチェックできるわけだ。
Pixarとともに策定した3Dデータのオープンフォーマット「USDZ」。iPhoneでアプリを使わずに開き、カメラを起動して現実世界に配置できるところまでを1つのファイルだけで実現する。
 あるいは、写真からUSDZデータを手軽に制作できるアプリが登場すれば、ユーザーはiPhoneカメラで3Dデータを作成し、友人にメッセージでデータを送り、友人はそれをiPhoneで開いて目の前に置くこともできるようになるだろう。モバイルデバイスで直接ARファイルを送れる点は、大きな進歩だ。
メッセージにすら、3Dファイルを添付できるようになる。
 ただし、3Dファイルがオープンなフォーマットとして登場したのは、今回が初めてではない。Khronos Groupは「glTF」(GL Transmission Format)というファイルフォーマットを策定し、データを変換することなくアプリ間で3Dデータをやりとりできる環境を整備しようとしている。このグループを構成するのはGoogle、Microsoft、NVIDIA、Adobe、Autodesk、Oculus、Boxといったテック企業大手だ。

 一方のAppleはAdobeやAutodeskなどからUSDZのサポートを取り付けた。Appleは最近、OpenGLからMetalへとグラフィックス言語の統一を図っており、USDZもオープンファイルフォーマットをうたいつつ、Khronos Groupとは異なる流派を形成しつつある。

ARアートの体験

 AdobeはCTOのアベイ・パラスニス氏をWWDC 2018の基調講演に送り込み、USDZフォーマットのサポートと、前述したPhotoshopを起点とするARKitコンテンツの制作環境をアピールした。

 また、6月8日から開催されたサンフランシスコ・デザイン・ウィークでは、ミネソタ・ストリート・プロジェクトのギャラリーで、13人のアーティストがARやVRを使ったアート作品の展覧会「Festival of Impossible」を開催した。
 ここで最も印象的だったのは、緑の芝生の上に青い花びらが散らばっているだけの作品。これをiPadを通して見ると、芝生の上には複雑で金属のような枝がしげり、そこに青い花と蝶が舞っている様子が浮かび上がる。地面に落ちた花びらは見過ごしてしまいそうになるが、そこに何かがあるという気配を放ち、デジタルによってその疑問を解決するのだ。(写真はAdobeの最先端デジタルクリエイションのアート展示「Festival of Impossible」。新しいデジタル体験には、受け手が取るリアクションや感情までを含めた設計が作品に求められる。)
 このイベントに合わせてAdobeが開いたパネルディスカッションも示唆に富んだ内容が多かった。現在視覚を用いたARが注目を集めているが、実は聴覚のARにも様々なアイデアがあり、その設計は映像以上に繊細だという。

 例えば、耳から数センチや数ミリの単位で音源を配置することで、前述した”気配”を作り出したり、街の中で音源を探し、追いかける体験を作り出したりできるという。当然、加速度センサー内蔵のヘッドフォンが必要にはなる。

VR・ARコンテンツで最も困難な設計部分は

 コンテンツの制作環境は整ったものの、アーティストが考えるべき最も難しい設計は「必然性」と「鑑賞者の感情」だという。

 ARやVRを含むテクノロジーは、それ自体は本質ではない。ARとVRは、道具としていかに活用するかを考える対象である。「ARなら何でも良い」ではなく、「なぜARを活用するのか」「どんな問題を解決するためにARを用いるのか」が中心になければならない。

 例えば先に挙げた、駅のナビゲーションをARで実現する例で、ARが解決する問題とは何だろうか。これまでも「サイン計画」などによって、より多くの人に分かりやすい案内を設置する取り組みは続けられてきた。しかし、例えば東京オリンピックの際には、これまで以上に多くの国々から人が集まる。

 看板の限られたスペースに各国の言語をすべて書き込むのは難しい上、カルチャーが違う中で最適な案内の仕方も異なるはず。そうした違いを楽しむのも旅の醍醐味ではあるが、目的がオリンピック観戦であるならば、最も早く目的を果たせるガイドの方法が必要となる。

 そこでARを用いて自分の国の言葉とガイド方法で目的地にたどり着ける仕組みを提供する。これは技術を活用する動機としては十分だろう。しかし、混雑する東京の駅の中で、みんながスマートフォンをかざしながら歩くことは現実的ではない。ARは拡張現実だから、コンテンツだけでなく、それが利用される現実世界の設計も必要となる。
「Festival of Impossible」の会場。
 現実世界を無視できるアートの世界でも、AR・VRコンテンツの設計には難しさがあるという。アート鑑賞の際、人がどんな経験とリアクションを取り、どんな感情を抱くか、というところまで設計に含めていかなければならなくなったからだ。

 設計時に考慮すべきことは、人間のより本能的な反応で誰にも共通するものかもしれないし、前述のように生活環境や文化によって異なるものかもしれない。いずれにせよ、静的なアートと異なり、人の行動や感情を設計し、それと協力しながら表現を完成させるというインタラクティブ性は、今後作品の中で重要度を増していきそうだ。


松村 太郎


本記事は、日経BP総研とSansan株式会社が共同で企画・制作した記事です。
© 2019 Nikkei Business Publications, Inc. / Sansan, Inc.

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