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Innovators 公開日: 2022.12.16

DXが農業の課題を解決。「営農情報のデータ化」から始まる新しい日本の農業

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 農林水産省は2021年3月、安心・安全な農作物の安定供給を目指し、「農業DX構想」を発表した。農家の高齢化や労働力不足、異常気象などの課題を背景に、作業の自動化やデータ活用が急務だという。では、持続可能な農業に貢献し、生産性を最大化するには、いったいどうデータを活用すべきなのだろう。

写真左から金子雄一氏(プロダクトマネージャー兼広報)、齋藤達也氏(代表取締役社長)、藤原拓真氏(フィールドマーケティング)

目次

 2011年に設立されたウォーターセルは、パソコンやスマートフォンを使って営農のさまざまな情報を記録・集計・出力できる支援ツール『アグリノート』を主軸に事業を展開。2022年に設立10周年を迎える中、どのような時代の変化を感じているのだろうか。

 同社代表取締役社長の齋藤達也氏、フィールドマーケティング(営業)の藤原拓真氏、プロダクトマネージャー兼広報の金子雄一氏に、日本の農業が抱える課題と解決策を聞いた。

勘と経験からの脱出。データで経営を支援する

 アグリノートがリリースされたのは2012年。その後の10年間だけを見ても、日本の農業環境は劇的に変化しているという。

 齋藤氏「農業従事者の高齢化率の高さは以前から言われていますが、ここ10年間で高齢者依存の度合いがますます高くなり、農業人口の減少は加速しています。日本の耕作面積は人口比で見ても減少傾向にあり、しかも、人口減少よりも速いスピードで農業従事者が減っているのです」

 もちろん機械化や農地合併の進行により合理化され、農地あたりの生産性向上に反比例して就農人口が減るのは必然だ。農業が以前より少ない人数で経営できる時代にはなっている。

 しかし一方で、高齢化率が高まり続けているということは、若者が新規参入してこないことの証明にほかならない。産業としての魅力が乏しく、なかなか稼げないため、仕事先として農業が選ばれていないのだ。

 齋藤氏「農業が儲からない理由のひとつには、小規模であることに加えて、営農を勘と経験だけに頼ってしまっている現実があります。他の伝統的な仕事と同様に、長らく『仕事を見て盗む』承継が行われてきました。これでは、ノウハウの習得や教育に相当な時間が費やされてしまいます」

 そこで生まれたのが、アグリノートだった。アグリノートはGoogleマップ上に、圃場(水田や農場など農作物を栽培する場所)の位置情報と紐付け、日々の生産記録を付けられるSaaS型サービスだ。

 多くの農業生産者は今でも、紙の白地図を開いて蛍光ペンで色を付け、作業記録などを手帳に付けているという。また、自治体や関係企業への提出書類を紙やFAXで提出しているため、同じ内容を何度も書く無駄な手間と作業が多く発生している。

 齋藤氏「デジタルを活用すれば、スマートフォンとタブレットでも記録を残せますから、作業者みんなと瞬時に情報を共有・管理したり、外部連携データを集約したりできます。過去データを残せるので、ノウハウの蓄積、教育コストの削減にもつながります」
スマートフォン版アグリノートの管理画面  。圃場の衛星写真が見られるほか、収穫スケジュール記録を写真つきで管理することができる (提供:ウォーターセル)
 2013年入社で9年目の藤原氏は、農家への提案業務やサポートを日々行い、農業界の変遷にも詳しい。

 藤原氏「私が入社した当時は今で言うまだ中規模農家が多かったのですが、年々規模拡大が進み、メガファームと呼ばれる大規模農業経営体も数多く誕生しております。

※現在、日本の1農家あたりの平均耕作面積  は3ヘクタールであり、10ヘクタール以上の農家が55%以上を占めている


 例えば10ヘクタール以上の耕作面積といっても想像がつきにくいかもしれませんが、その規模の経営面積 になるとデータ活用は欠かせません。単に記録するのではなく、次年度はどうするか経営の意志決定と戦略立案にも活用されています」

 また、農業は産業構造が複雑であるがゆえに、アグリノートのソフトウェア開発は困難を極めたそうだ。

 藤原氏「扱っている農作物の種類や栽培体系、産地のロケーションや気象条件、生産者の経営規模や経営方針などにより、農業現場における課題やニーズはバラバラです。

 頂戴する多くのご要望をそのまま全て受け入れて開発してしまうと、総花的でかえって使いづらいサービスになってしまう。そこで私たちは、会話の中から課題の本質を探り、最終的には社内メンバーの合意のもとアプリのUI・UXを決定した上でユーザーへ提案しております。ときにはご要望とは違った形で課題解決提案をすることもあり、農家さんからお叱りをいただくこともありますが、私たちは誰よりも農業現場の声を多く聞いている技術集団として自信をもってご提案をしています」
藤原拓真氏

需要に合わせて生産するマーケット・イン型農業へ

 農林水産省は「農業DX構想」を打ち立て、データ活用の推進を旗振りしている。ホームページには「データ駆動型の農業経営により、消費者ニーズに的確に対応した価値を創造・提供する農業(FaaS:Farming as a Service)への変革を進める」とある。  
 農業DXを推進する機運の中で、ウォーターセルはどのような未来地図を描いているのだろうか。

 齋藤氏「農業を取り巻くさまざまな情報がまだまだアナログで、しかもつながりがありません。生産者の農業現場における活動状況等をデジタルデータ化し、流通や小売、関連企業、自治体などのサプライチェーン、消費者がつながれば、もっと効率化が可能になりますし、さらには消費者に対して付加価値を付けることも可能になります。 その入り口となる存在を私たちは目指しています。

 営農の日々の記録をもっと簡単で便利にするために、例えばセンサーや通信機能付きのトラクターなどの農業用機器から取得できるデータとの連携を進めています。また、流通、小売、その他の農業に関わるさまざまな企業や外部サービスとの連携により、農業全般の課題解決を進め、持続可能なものにしたい、と考えています」

 2017年入社でウォーターセルのサービスデザインと広報を担当している金子氏も、流通や小売、自治体を含めたステークホルダーがデータ連携していくことのメリットを強調する。

 金子氏「データ連携にはいろいろなメリットがありますが、そのひとつが『リアルタイムの状況把握』です。例えば農作物の集荷をする事業者では、取引先の生産者に作付状況や作付後の栽培状況のヒアリングなどをしていますが、正確な把握は非常に手間がかかって困難です。そのせいもあり、例えば同じ時期に同じ農作物が過剰に集まってしまって値崩れを起こすなどの課題があります。作付状況や栽培状況が生産者の元でデータ化され、集荷事業者にも即時に連携されれば、まだ作付していない生産者の作付タイミングを少しずらしたり、他の作物に変更したりするといった対策が検討できます。

 また、現在は国や地方自治体でも各種農産物の作付面積や取れ高など多様な統計データを集めていますが、その結果が分かるのは1年後などです。すべての調査が毎年行われているわけでもありません。これが例えば日本全体で営農情報のデータ化が実現したとすると、統計情報も毎年。ほぼリアルタイムの情報を更新できるようになるかもしれません。

 営業や企業経営の世界では、売上の予測や契約率などを数値化するのが当たり前です。この考え方が営農でも理解され、全農家がデータ化してくれれば、早く、正確な現状把握ができ、それに基づいた未来への対策もできる。農業という産業の基盤になるほどの価値ある取り組みだと考えています」
金子雄一氏
 齋藤氏「つまり、現状ではプロダクト・アウト型の農業界を、マーケット・イン型に変革する。それが実現すれば、需要のあるところに向けて安定的に生産を増やすことができます。例えば、例年通りに農作物を作付すると、ある品目は生産過剰に、別の品目は不足になることがありますが、 マーケット・イン、つまり需要側に合わせた生産を行うことで、需給間のミスマッチを解消できます」

 具体的な解として2020年にローンチしたのが、米生産者と米卸業者・中食・外食事業者などの実需家に米取引の場を提供する新サービス『アグリノート米市場(こめいちば)』だ。

脱・コモディティ化の秘策は「売ってから作る」

 農業は現状、販売時点の相場で売値が決まってしまうプロダクト・アウトが当たり前の世界になっている。「米市場」では、「アグリノート」のユーザーである米生産者が、米の売り手として利用できる。買い手は、全国展開している大手米卸業者や中食・外食業者などの実需家だ。

 取引は「栽培開始前後から収穫開始前までの事前契約」が原則。最大で約1年後に収穫・売買する米の銘柄・価格・数量をあらかじめ決めることで、米生産者の「計画生産・経営の安定化を支援する」と同時に、米卸業者・実需家の調達の安定化に貢献できる。

 齋藤氏「農家は、大きなリスクを負って事業を行っています。固定資産である圃場農機や資材の購入などに多大なコストをかけているわけですから。

 こうしたリスクに対して、安定的に確実に売れた上で生産に取り組める仕組みが『米市場』です。『安定的に確実に売れる』とはつまり、事前に売り先と金額を確定した上で生産に取り組めること。これは、農家さんと実需家さんの双方にメリットがあります」

 端的に言えば「米市場」は「米の事前契約を行えるマーケットプレイス」であり、この仕組みに賛同する農家も少なくないそうだ。

 また、農業をマーケット・イン型の世界にすると同時に「生産者の価値を高める」ことも今後ウォーターセルでは進めていきたいという。

 齋藤氏「現状では農業の生産物がコモディティ化しており、小売の現場は長年ずっとデフレが続いています。価値ある品質の高い農作物を作っている農家さんは多くいるのに、価値が消費者側まで伝わっていかないのが残念です。だから私たちは、熱意ある農家さんのストーリーも付加価値として一緒に消費者へ届けていきたいのです」
齋藤達也氏

持続可能な農業を実現するために

 日本の農業が抱える課題は山積みだ。ウクライナ問題で浮き彫りになったように、食料自給率や食の安全保障とも切り離せない問題だ。ほかにも、カーボンニュートラルやフードロス、需給のミスマッチ、高齢化と後継者不足など枚挙にいとまがない。加えて、糖質制限のブームもあって、ますます日本人は米を食べなくなっている。

 齋藤氏「今のままでは日本の農業そのものがさらに衰退してしまい、決して持続可能な状態ではありません。データ活用に活路を見出しデータ駆動型の産業になれば、管理業務コストを下げ、従業員の負担を下げられます。まずは勘と経験から脱して、デジタル化・データ化、およびその活用を通じて効率化や取引先との関係強化を進め、持続可能な 農業を目指しましょう」

 農業データ活用のパイオニアを目指すウォーターセル。もちろん、業界をまたいだデータ連携を1社だけで成し遂げるのは困難なため、今後もさまざまなプレーヤーと提携していくという。

 農業は、人が生きる根源に関わる歴史の古い重要産業だけに、変革は困難を極める。しかし彼らからは、農業のインフラを根本から変革する、その役割を担う気概を感じた。日本の農業の未来は明るいかもしれない。

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