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Innovators 公開日: 2019.03.27

民間の研究所の力で、日本を再び科学技術立国に──ヒューマノーム研究所が抱く野望(後編)

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企業とアカデミアをつなぎ、さまざまなバイオベンチャーをつなぐ。そしてその先に開ける、科学技術立国ニッポンの再興。

 ヒトの「食べる・眠る・働く」に関するデータを集めて統合的に解析し、それぞれの相関関係を見つけ出す――。ヒューマノーム研究所の瀬々 純社長と井上 浄取締役へのインタビュー。後編では、彼らがこの研究所設立に託した思いを掘り下げていく。

ヒューマノーム研究所が生まれるまで

──少し遡りますが、ヒューマノーム研究所立ち上げのいきさつを聞かせてください。

井上氏 もともとは、2002年にリバネスを立ち上げたメンバーで、「こんなことがいずれできたらいいね」と話していたことがきっかけです。リバネスは理系の大学院生15人で立ち上げた会社で、小中高校生向けの教育支援や研究者のキャリア形成支援、大学発ベンチャーの創業支援など幅広いサービスを提供しています。

 意図したわけではありませんが、創業メンバーの15人の大半が生命科学の研究者でした。当時はバイオベンチャーブームで、日本でも年間100社くらいのベンチャーが立ち上がっていました。

瀬々氏 僕はリバネスの創業には直接関わってはいないのですが、友人が何人もリバネスに関わっていて、リバネスのこともよく知っていました。僕は当時から情報科学と生命科学の両方が大好きで、バイオインフォマティクス(生命情報科学)を研究していました。かつては大学で、今では産総研(産業総合研究所)で研究も続けています。

井上氏 そのころはヒトゲノム計画が進行中で、コンピュータを使った本格的なゲノム解析の時代の幕開けを感じていました。その時代に、瀬々とよく、コンピューティングで生命科学のどんなことが分かるようになるだろうと話をしていました。

瀬々氏 生命科学の研究者は、だいたい自分が好きなテーマを持っています。リバネスのメンバーもみなそれぞれ尖った研究をしていて、井上なら免疫ですし、睡眠や血液を調べている研究者もいました。そういうなかで僕は、データを集めて統合して解析したいとずっと言っていました。生命科学を情報科学の視点で捉えたくて、そういう研究を続けてきました。

井上氏 瀬々とも、「みなの研究で分かったことを掛け算したら面白いね」と当時からよく話していたんです。とはいえみなまだ大学院生ですから、リバネスを運営しながら各人が自分の研究に突き進んでいました。メンバーが学位をとって研究者になり、ベンチャーと二足のわらじでリバネスを10年以上続けてきました。僕もリバネスとヒューマノーム研究所の経営に携わる一方で、大学で教員・研究者もしています。

 そういう我々だからこそ、技術を持った研究者の創業支援ができるだろうと「テックプランター」というプログラムを始めました。この流れのなかで生まれてきたのが、便から腸内細菌を調べるメタジェンや、睡眠を研究するニューロスペースなどのベンチャーです。リバネスの仕組みの中から兄弟分のようなバイオベンチャーが生まれてきて、彼らが自分たちの分野に特化して質と量の両面で、ものすごいデータを取れるようになってきました。その状況を見て、リバネス創業当初から語り続けてきたことが、今なら具現化できると確信しました。そのデータを誰が統合解析するのかとなれば、適任者はもう一人しかいません。瀬々に「ついにこの時代が来たね」と話をしてヒューマノーム研究所設立に至りました。

瀬々氏 データサイエンス全般に言えることですが、コンピュータを扱えれば一人でできそうなイメージがありながらも、現実には絶対に一人ではできない学問分野です。データを解析する作業はたしかに一人ですが、データを取ってきてくれる人がいないと何もできない。しかも、それぞれの専門家でないといいデータは取れません。腸内細菌と睡眠の専門家がいいデータを取ってきてくれるから、それを統合解析する研究もできるようになるわけです。

──ヒューマノームという言葉は井上さんの発案とうかがいましたが、どういういきさつで生まれた言葉なのでしょうか?

井上氏 考えましたよ。僕らがやっている研究は、データを網羅的に解析する、いわゆるオミクス研究です。だから、それを表す名前にしたいなと。ジーン(遺伝子)のオミクス研究がゲノムで、メタボライト(代謝産物)のオミクス研究がメタボロームで……。生命科学のさまざまな分野のデータを集めて知りたかったのは人間そのものだったので、それならヒューマンに「オーム(-ome、総体を表す接尾語)」をつけてヒューマノームだなと。

 それも、人間集団の平均値や統計データではなく、個人にフォーカスを当てて、その人の中で何が起きているかが見えてくれば、そのベクトルを足し合わせることで、人間がトータルでどこに向かって行くかも分かるはずだと。そういう思いをこの名前に込めました。

「バイオベンチャーの商社」を目指す

──データサイエンスやバイオインフォマティクスの研究は、それぞれの分野の専門家と連携しないと進められないということですが、その専門家に当たるメタジェンやニューロスペースなどのバイオベンチャーとは、具体的にどのように連携しているのでしょうか?

井上氏 メタジェンにしてもニューロスペースにしても、それぞれ1社で質・量ともに非常に優れたデータを取る技術を持っています。ただ、彼らの中でも多岐にわたるデータがとれるので、それをどう統合して解析するべきかといった、コンサルティングサービスのような形で支援しています。

瀬々氏 従来はメタジェンなら腸内細菌、ニューロスペースなら睡眠のデータを個別に取得して独立して解析していました。それはそれで、各社が自分たちの得意分野を深掘りしているからこそできることで、その精度を高めていくことは、それぞれで進めればいいと思っています。ヒューマノーム研究所がこれから挑んでいくことは、そのデータを統合して解析していくことです。
ヒューマノーム研究所社長の瀬々 潤氏
 まさに湯野浜のプロジェクトで、同じ人から腸内細菌と睡眠に関するデータを一緒にとれるので、そこから何が見えてくるのかというところにチャレンジしています。

 もちろん、興味深い結果が見えてくると期待しています。というのも、僕らはみな経験則で、寝不足になると便通に変化が出ることを知っています。ただ、それはデータとしては見えていません。あるいは、食事による腸内細菌叢の変化が、睡眠に影響を及ぼすことがあるのかないのか。そういうことが、説明のつく形で見えてくると面白いですよね。それはまさにヒューマノーム研究所だからこそできることです。

──今後、統合するデータの対象を広げたり、さまざまな分野の専門家と連携したりされていくと思うのですが、公にできるものが他にもありますか?

井上氏 今の時点でお伝えできるのは骨ですね。骨密度を研究している研究者と、具体的な連携を模索しています。

──骨密度のデータはどのように取得するのでしょうか?

井上氏 かかとの裏の骨をコンと叩いて音で測るというのが一つ。もう一つは、MRIのような画像診断装置を使って骨の断面図から計算する方法があります。後者の方法でデータを蓄積していくと、将来の骨密度をAIで予測できるという研究成果が既にあります。

──御社としては、連携するプレーヤーが増えるのは歓迎という理解でよいでしょうか?

瀬々氏 連携先が増えるのは大歓迎です。技術はどんどん進んで新しいデバイスが次々出てきますから。各分野のいいデータがあるほど、僕らのやれることも広がっていきます。

 連携先について言えば、僕らが担うのは生命科学情報のハブの役割です。人間を理解したいというコンセプトに共感できて、データを提供してくれるところであれば、企業でもアカデミアでも、誰と組むかのこだわりはありません。

──連携先はどのようにして見つけてくるのですか?

井上氏 僕が技術を持ったベンチャーを掘り起こしに行っています。新しい技術はだいたいベンチャーから生まれてくるからです。尖った技術を持ったベンチャーを探してきて、どういうデータを取るかを相談しながら、デバイスを一緒に開発していきます。

瀬々氏 僕らの場合はデータを統合解析する前提なので、データを取ってくるデバイスを一緒に作ることがとても重要です。データをどう取っていて、そのデータにはどういう限界が存在するのか、それを分かっていないと統合解析できませんから。統合解析の観点から、こういうデータが取れると面白いけど、デバイスの費用対効果が悪くなるからやめておこうとか、コスト面の話を含めて一緒にデバイス開発に取り組んでいます。

井上氏 「バイオベンチャーの商社」のようなイメージで捉えていただいてもいいかもしれません。僕らはさまざまな健康データを集めて統合解析する研究者です。僕らの理念に共感・賛同してくれた研究者や企業、参加者が全員ハッピーになれるような状況を作っていくことを目指しています。

「いずれは地球まるごと調べたい」

──ヘルスケア以外に事業を広げていく可能性はあるのでしょうか? データの統合解析という強みは、幅広い分野で生かしていくことができるようにも思えます。

井上氏 将来的にはいろいろ可能性はあります。人間は環境と関わりながら生きています。水も飲むし空気も吸うし、食べものも食べる。温度や湿度、明るさなどによって体内の働きにも変化が出ているはずです。つまり、環境の影響を必ず受けているはずです。

 となると、本当の意味でのヒューマノーム研究をするには、水や空気や食べものにどういう微生物がいるのかも調べなければいけないでしょうし、周囲の環境による影響も見ていかなければいけない。ですから、個人を取り巻く環境データを統合解析することも、もちろん視野に入れています。その解析結果を、例えば住環境に反映させれば、「住むだけで健康になる家」なんてものも作れる可能性があるわけです。そういう家を、エビデンスに基づいて作っていくことも考えています。ただ、いきなりそこまではできないので、まずは事業を回していくためにヘルスケア分野に特化しています。

瀬々氏 ヘルスケアはベンチャーが参入しやすい分野です。メタジェンやニューロスペースのように、既にサービスを展開しているベンチャーがいるから、僕らがそういうところと組んで事業を生み出していけるという側面もあります。

 ヘルスケアからもう一歩踏み込んで、医療分野に入っていく道も可能性としてはあるのですが、僕らのようなベンチャーがその道を進むのは簡単ではありません。医療となると医薬品にしても医療機器にしても、国の認証を通さなければなりませんから。それには何年も時間がかかり、事業として展開するにはあまりにリスクが大きい。

 一方で、そういう医療分野では、僕なら産総研というアカデミアにいる立場で取り組んだ方がいろいろとやりやすい。実際、今は国立がん研究センターと共同で、遺伝子診断と画像診断を組み合わせ、脳腫瘍の診断手法の開発に取り組んでいます。

 脳腫瘍を外科的に取り除くには開頭手術をしなければなりませんが、それには後遺症のリスクがあります。それよりも、腫瘍の進行具合や患者さんの年齢を考えて、手術せずに残りの人生のQoL(Quality of Life)を高く保つという選択肢もありえます。手術をして後遺症が出るけれども長く生きることを選ぶのか、余命は短くなるけれど元気に生きることを選ぶのか。患者さんが医師と相談しながら決める判断基準を提供するために、遺伝子診断と画像診断の結果を統合解析し、その後の病気の進行や余命を予測するという研究です。そういう医療研究は、アカデミアの方が腰を据えて取り組むことができます。

 将来的には、食べものや農業生産というところも手掛けていきたいと思っています。例えば米ひとつとっても、どういう品種をどれくらい作ると生産効率を上げられるのか、廃棄を最も少なくできるのか。農業には自然災害という外部要因もあるので、そのリスクも織り込んで解析して、最適な生産計画をつくるお手伝いをしたり、それが栄養面で人間に与える影響を調べたり……。気持ちとしては、地球まるごと、一人の人間に与える影響を調べていきたいと思っています。

アカデミアと企業、ウェットとドライをつなぐ

──ヒューマノーム研究所の活動はとても学術的です。にもかかわらず株式会社として立ち上げたのはなぜですか?

井上氏 日本の研究のあり方を変えていきたい、ということに尽きます。これからの時代、アカデミアか企業かの二者択一ではなく、アカデミアと企業の両方を手がけることが重要だと僕らは考えています。次の技術のタネを作るには基礎研究がとても重要です。一方で、その生まれてきた技術のタネを社会実装にまで持っていくには、それを商品やサービスに作り上げていく必要があります。

瀬々氏 僕らが目指しているのは、「世界のための研究に民間で取り組む」ことです。民間企業であるヒューマノーム研究所が、そのように認知されるようになれば、日本の研究のあり方も変わっていくはずです。

井上氏 最近は、アカデミアと企業の両方にポジションを持つ研究者が増えています。メタジェンの経営者も、大学で研究を続けながら会社を経営しています。ヘルスケアもしくは生命科学の分野で、そういう仲間を増やして日本の研究のあり方を変えていく。それもヒューマノーム研究所で目指していることです。

瀬々氏 もう一つ、ヒューマノーム研究所が融合を目指していることがあります。生命科学の「ウェット」と「ドライ」の両方を担っていく存在でありたいということです。ウェットとは、多くの人がイメージする実験を伴う生物学研究です。生きた個体や組織や細胞を扱い、さまざまな試薬を使う。ドライはその反対で、実験を伴わない理論や計算による研究です。コンピュータによるゲノム解析などがその典型例です。ヒューマノーム研究所は、この2つをつなぐ存在でありたいし、そうあらねばならないと思っています。

 というのも、ウェットとドライは同じ生命現象を対象にしていていも、マインドやアプローチが大きく異なっていて、なかなか言葉が通じないのが現実です。ウェットな研究者は実験が大好きですが、ドライな研究者はコンピュータの中で考えがちです。実験は、サンプルを多く集めて片っ端から反応を見ていくような地道な作業の連続ですが、計算機でプログラムを組むそもそもの発想は作業を効率化して人間が楽をすることにあります。アプローチが正反対ですから、それぞれの研究者を寄せ集めただけでは話が通じる素地がないわけです。この会社では、ウェットとドライの両方を分かる人を集めて育て、両者をつないで融合することが、僕らのもうひとつのチャレンジです。
ヒューマノーム研究所取締役の井上 浄氏
井上氏 ヒューマノーム研究所の役割分担で言うと、僕は免疫の研究者でウェットが大好きでそこに専門性を持っています。でもドライは弱い。そこを瀬々が担っています。瀬々はドライに軸足を置いていますが、生命科学も大好きで、ウェットとドライをつなぐ重要な役割を担っています。

 メタジェンやニューロスペースなどのベンチャーは、ウェットなフィールドで戦っています。彼らとの橋渡し役を担うのは僕の役割です。「こういうデータが取れると面白いよね」という話をウェットの言葉に翻訳して話をする。データが取れてきたら、瀬々が中心になって統合解析する。こんなふうに、ウェットとドライをつないでいます。

 ウェットとドライ。そして、アカデミアと企業。この4つの全部が分かる研究者が、これからの時代に必要な次世代の研究者だと思います。僕らがそれを率先してやろうとしているわけですが、僕らの世代だけで完結できることではないと思っています。

 大切なのは「次世代」につないでいくことです。今の学生が僕らの取り組みを見てその後に続いてくれれば、5年10年経てば彼らは立派なプレーヤーになります。だからこそ、ウェットとドライの両方が分かり、アカデミアで芽吹かせたタネを社会に実装していくロールモデルを、なんとしても学生たちに見せなければいけない。その道に続く人材が育ってサイクルが回りだせば、日本をもう一度科学技術立国させられるのではないかと思います。


萱原 正嗣
(撮影:湯浅 亨)


本記事は、日経BP総研とSansan株式会社が共同で企画・制作した記事です。
© 2019 Nikkei Business Publications, Inc. / Sansan, Inc.

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