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Innovators 公開日: 2020.07.16

名だたる企業も注目、じっくり滞在でイノベーションを育む──京都のインキュベーター「toberu」 (前編)

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スタートアップや企業内ベンチャーの動きが加速する中、欧米に比べると起業率は2分の1~3分の1程度にとどまると言われる日本。それを打破する手掛かりの一つとなる、ユニークなインキュベーションプログラムがある。2019年からプログラムを開始する「toberu」は、日本では珍しいレジデンス型の異業種連携インキュベーション施設。名だたる企業から優秀な社員が送り込まれ、新規事業の創出に挑んでいる。

京都市左京区吉田橘町にあるレジデンシャルインキュベーター「toberu」(写真提供:フェニクシー)

企業在籍のまま、共同生活の中で生み出す社会課題解決ビジネス

 「toberu」は、京都大学にほど近い京都市左京区の住宅地にある。落ち着いた煉瓦風タイルが印象的な3階建には吹き抜けを配した大きなダイニングに、坪庭に面したミーティングスペース、アートブックが並ぶライブラリー、そして家具付きの居住スペースとして個室が10部屋。ここでは、企業に在籍したまま自らのビジネスアイデアをもって志願し、選考を通過した8~10名の「フェロー」が約4カ月間共同生活を送り、起業に必要なスキル・ノウハウを身に付けるとともに、事業計画を練り上げていく。

 運営するのは、2018年設立のフェニクシー。Forbes誌の「アメリカで自力で成功を収めた女性50人(2015年)」に日本人で唯一選ばれた、科学者にして社会起業家の久能祐子氏、三井物産ほか複数社の社外取締役を務める小林いずみ氏、ACCESS創業者でテクノロジー・スタートアップを多数立ち上げる鎌田富久氏、マネックスグループCEOの松本大氏、そして元アールテック・ウエノCEOの橋寺由紀子氏(現・フェニクシー代表取締役)が、「社会的課題を解決するイノベーションを京都から」と、共同創業した。

 ここで2019年6月から始動した企業発ベンチャー育成プログラムには、三菱ケミカルホールディングス、NISSHA、富士フイルム、ダイキン工業、東京海上ホールディングス、味の素、カルチュア・コンビニエンス・クラブ、オムロンの8社がスポンサーとして参画する。各企業は年間1000万円を拠出し、1名以上の社員を派遣。4カ月の滞在プログラムを締めくくる「ファイナルショーケース」には投資家や企業関係者が参加し、各人の事業計画が発表される。成長が見込まれる事業には資金調達や共同開発の提案が行われ、その後の分社化や新規事業化などの実装段階では連携ファンドを通じ資金提供を受けるチャンスも用意される。
toberuのライブラリー”Wunderkammer” (写真提供:フェニクシー)

各ビジネスに照準を合わせた実践的なトレーニング

 4カ月に及ぶプログラムの前半、フェローは起業家として必要な法務、財務、株式などの知識、デザインシンキングやファシリテーション、プレゼンなどのスキルを集中的に学び、身に付ける。toberuを運営するフェニクシー代表取締役・橋寺氏は、自身も製薬会社の研究員から経営者へと転じた際に苦労した経験から、「起業時に力を得るべき専門家と、対話できるだけの最低限の知識が必要」と語る。「留意すべき法律は何か、マーケティングにおける顧客のペルソナ設定、プレスリリースの作成や情報開示の手段など、全て自分のビジネスに照らして実践的なワークショップを重ねていきます」。

 プログラム後半は各々の事業計画策定へ向け、自由に取り組んでいく。起業経験のあるメンターから、事業ステージに応じて細かな助言を受けることができるほか、各界で活躍中の起業家・経営者や学識者を招く「ビジョナリーとの対話」でショートプレゼンを行うことも。「ダメ出しをくらったりすることもあり、浮き沈みが激しいレジデンス期間は、産業医やコーチングの専門家などのサポート体制も整えています。ただ何より同期の仲間の存在が大きいようで『ここにいると立ち直りのスピードが早い』と語るフェローは多い」(橋寺氏)。

 共同生活を通じてビジネスを育むというプログラムのモデルとなったのは、米国・ワシントンD.C.のハルシオン インキュベーター(Halcyon Incubator)だ。フェニクシー創業者の一人、久能氏が2014年に設立した社会起業家育成のインキュベーターで、約8名が5カ月間滞在するプログラムに対し、全米から毎期約400名の応募があるという。プログラム開始以降、育ったスタートアップは99団体、調達額は1億2400万ドル以上にのぼる。

 ハルシオンでは個人が公募に応じる形だが、その日本版ともいえるtoberuでの対象は大企業に属する社員だ。橋寺氏は言う。

 「日本でイノベーションが起こりにくい要因とされるのが、人材・資本・技術などの大企業への集中。さらにスタートアップの初期段階に投資するファンドが、アメリカに比べると種類も数も少ない。スタートアップ自体が少ないからとも言えるけれど、それを嘆く前にできることをやろうと。資金を潤沢に持ち、サプライチェーンを整える素地もある大企業なら、いざ事業化が決まれば成長のスピードは速いはず。そこを生かさない手はないと考えました」。

 インパクト投資を促すスタートアップ醸成に、日本の大企業とそこに属する優秀な人材は十分挑めるはずだという。「リスクに向き合える人材をここから輩出することで、イノベーションと社会的インパクトを生み出し、そこから新たなアウトカムが循環していくエコシステムを創りたいですね」。

後編へ続く)


永野 香=アリカ

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