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Innovators 公開日: 2019.01.15

「まずは人には不向きな場所での作業から」――未来のサイボーグ社会を描くMELTINが目指す世界(前編)

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 デジタル技術は、私たちの暮らしの様々な面に影響を及ぼす。自動運転、クルマの自動駐車、無人店舗、キャッシュレス、シェアリングエコノミーなどは、目に見える形で生活シーンを変える代表例である。ほかに、少し生活から離れたBtoBの世界でも、工場をはじめとする作業の効率化、インフラの状態監視、農業の自動化、創薬支援、医師同士の業務支援など、影響範囲はいくつも挙げられる。

 そうして変えられるものとしては、人間の身体も該当する。つまり、デジタル技術で人間を“アップデート”するわけだ。もちろん、デジタル技術の使い方はいろいろあり得る。脳波での情報伝達、記憶容量の増強、各種身体能力の補完・補助あるいは増強……。SF小説やアニメの世界観で捉えれば、いくつも思い浮かぶだろう。

 そして、それらは決して夢物語ではない。少しずつ現実のものに近づきつつある。そんな中で、「行き着く先はサイボーグ社会」というビジョンを掲げ、そのための技術開発に注力しているスタートアップ企業がある。メルティんMMI(以下、MELTIN)だ。社名のMELTINは、サイボーグ技術によって身体と機械が「溶け合う(MELT IN)」こと。MMIは「マン・マシン・インタフェース(Man Machine Interface)」を指す。

 現在、同社が手がけている事業は大きく2つ。一つは筋電義手。もうひとつはアバターロボットである。筋電義手は、身体に装着すれば、あとは頭で考えるだけで(もしかすると考える必要もなく)、生体を流れる信号を読み取って本来の生身の腕と同じように動く、「機械の腕」である。一方のアバターロボットは、ヘッドマウントディスプレイや、手の動きを読み取ったり手に状況を伝えたりできるグローブを身に着け、隔れた場所にある人型のロボットを動かしたり、ロボットの体験を人に体感させたりするロボットである。どちらも、人間を“アップデート”するためのものと考えるとわかりやすいかもしれない。

「人間は、身体という制約を抱えて生きています。サイボーグは、その制約から人類を解き放ち、人類が自身の創造性を無限に発揮するきっかけをつくる技術です」

 MELTINの粕谷昌宏社長は、力強くこう語る。

「人類は古くから道具をつくり出し、文明を生み、不可能と思えた夢をテクノロジーの力で乗り越えてきましたが、テクノロジーの方向性を変える必要があります。これまでの文明や技術は、人間の身体ありきで、人間の外部環境を身体に適合するように変えるものでした。ですが今や、環境を変える技術は限界に近づいています。これからの技術は、身体の外部環境を変えるのではなく、身体そのものを変える方向に進むべきです」

 では、彼らが描くサイボーグ社会はどのようなものか。身体のアップデートが当たり前になった私たちの暮らしはどのように変わっていくのか。MELTINの粕谷昌宏社長とチーフクリエイティブオフィサーを務める田崎佑樹氏に聞いた。

異なる領域の2つの事業を同時並行

──まず、MELTINの事業について教えてください。どのようなビジネスを展開されているのでしょう?

粕谷:直近では筋電義手をはじめとする医療機器とアバターロボットの2つを事業の軸にしています。


──アバターロボットとは何でしょうか?

粕谷:人が遠隔操作で操作するロボットのことです。災害の現場や、高所・高温・低温さらには汚染地域など、生身の人間が作業するには危険あるいは過酷な環境で、人に代わって作業を担います。宇宙や深海などの極限環境での作業も視野に入れています。クローズドに進めているプロジェクトが多いのですが、公表されているものとしては、全日本空輸(ANA)や宇宙航空研究開発機構(JAXA)と組んで、宇宙空間でアバターロボットを活用した事業を共創するプロジェクトを進めています(詳細はこちら)。
──アバターロボットは、いま世の中で使われているロボットとどう違うのでしょうか?

粕谷:既存のロボットには、人間の作業を代替できるほどの判断能力と作業能力を備えたものはありません。その点、私たちが開発したアバターロボット「MELTANT-α」は、人による遠隔操作なので判断能力については人と同等と言えます。作業能力についても、MELTANT-αの「手」は、他社のロボットのそれを圧倒する性能を備えています。複雑な動きとパワーに加え、リアルタイム性と耐久性に優れ、かつ小型・軽量です。

 それを可能にしているのが、筋電義手に採用している、人の筋肉の仕組みを模倣したワイヤーロボット制御技術です。一般的には、駆動関節数すなわち操作の自由度と、握力すなわちパワーはトレードオフの関係にあります。つまり、自由度を追求するとパワーが犠牲になり、パワーを求めると自由度が下がります。当社の技術はこのトレードオフを克服し、自由度とパワーを高い次元で両立させています。
──医療機器の事業展開についてはいかがですか?筋電義手のほかにも、下半身麻痺の方が車椅子に乗って足で車輪を漕ぐ動画を公開されていますが。

粕谷:病気や事故で手足を失った、あるいは神経が麻痺した方が、生活を不自由なく送れるような補助機器の開発を進めています。こちらはすべてのプロジェクトをクローズドで進めていて、取組内容についての詳細は、あまりお話しできない状況です。


──事業の進捗度は、アバターロボットと同じぐらいでしょうか?

粕谷:同じくらいです。私たちが目指しているサイボーグの社会実装のためにはどちらの事業も必要ですので、会社としては同等のリソースを投入して同じようなペースで事業を進めています。

目指すはサイボーグの社会実装

──アバターロボットを事業化していくにあたり、エンターテインメント分野は視野に入れていますか?

粕谷:視野に入れていないわけではありませんが、私たちはまず、それなりのコストがかけられていて需要性が高い、危険環境・極限環境を中心に展開しようと考えています。リモートワークや観光・エンタメなどへ分野を広げて行く計画です。


──あえてハードルの高い分野に挑むということでしょうか?

粕谷:それもありますが、アバターロボットでなければならない分野への導入をまず目指しています。エンタメ分野を考えると、現状の技術では、アバターロボットよりも生身の身体の方がより豊かな体験ができます。数万円出せば自分自身が行けるところに、わざわざより高いお金を払ってアバターで行く人は少ないでしょう。それよりも、毎年のように犠牲者が出ている危険環境での作業や、生身の人間ではとても作業できない極限環境での作業を、アバターロボットが行うケースを想定しています。


──たしかに機械でなければできない領域のほうが、必然性がありますね。

粕谷:場合によっては、行政から改善命令が出ている作業現場もあります。そういうところはお金をかけてでも対策に取り組まざるを得ない。そういう分野がまずは主な参入分野です。例えば発電所での作業代替はボリュームも見込めますし、事業者にも投資余力があります。まずこうした分野で技術を普及させ、製造単価を下げられれば、いずれ観光やエンタメにも楽に参入できます。

田崎(同社チーフクリエイティブオフィサー):もう一つ重要なポイントは、観光・エンタメはBtoCビジネスになることです。コンシューマーへの対応には膨大なコミニュニケーションコストがかかります。私たちのような創業間もないベンチャー企業が、そこに手を出す体力はありません。まずはBtoBで、企業としての足腰を鍛えていく必要があります。

 それに、観光・エンタメ分野に商品を投入すると、どうしても娯楽アイテムとして捉えられてしまいます。私たちが目指しているのはサイボーグの社会実装です。娯楽アイテムとして認識されることは、私たちの目標に対する足かせにもなりかねません。

サイボーグを可能にするのは2つのコア技術

──アバターロボットと医療機器、両方の事業がサイボーグにつながっていくとのことですが、それぞれ核になる技術を教えてください。

粕谷:サイボーグ技術は、大きく人工身体と生体信号制御の2つの要素からなります。人工身体は人間でいう骨格や筋肉のことで、要するに物理的なロボット機構です。腕を失った人が機械の腕を装着したら、それが身体の一部になる。これが人工身体です。

 ただし、機械を装着しただけでは自分の意思で動かすことができません。その人工身体を装着者が直感的に操作できるようにするのが生体信号制御です。装着した人工身体を、ボタンやレバーを使うのではなく、自分の身体の延長であるかのように意のままに操作する。それを生体信号によって制御します。

 サイボーグ社会は、これら両方が揃わなければ成り立ちません。だから、アバターロボット事業では主に人工身体を、筋電義手などの医療機器では主に生体信号制御を、徹底的に磨いていきます。


──生体信号とは具体的には何を指すのでしょうか?

粕谷:現状では筋電位ですが、将来的には脳波や神経系、ホルモンなども視野に入れています。究極の目標として、首から下が麻痺して動かせない人が、身体の隅々まで人工身体を自在に動かせるサイボーグをつくることも目指しています。それには筋電位だけでなく、脳神経やホルモンなどの生体信号を使うしかありません。


──現状の筋電位の制御にもMELTINならではの特徴があるようですね。

粕谷:筋電位の波形のパターンを細かく見ることで、複雑な動きを実現していることが大きな特徴です。既に市販されている筋電義手もありますが、それらは筋電位の波形を粗く見ていて、手のひらを開くか閉じるかぐらいの制御しかできません。

 私たちが開発した波形解析技術では、グーかパーかだけでなく、チョキの形や手首を回すというような複雑な動きを識別できます。筋電位の波形を識別できるからこそ、それを人工身体の動きとして再現できるわけです。動きの基本になる複数の波形パターンを識別し、その組み合わせで、手の動きに関しては日常生活の9割ぐらいをカバーできます。


──それが先程おっしゃっていた自由度につながってくるのでしょうか?

粕谷:自由度を実現するうえでは人工身体も重要な要素です。人体の筋肉を模倣して、5本の指をワイヤーによって操作しています。筋収縮の要領でワイヤーを引っ張ったり緩めたりして指を細かく動かします。

 関節にモーターを仕込んで指を動かすタイプのものもありますが、それだとパワーを出しやすいものの、どうしてもサイズが大きく重くなってしまい、人の手のような細かな作業ができません。そこで、動力源を手の外に置き、ワイヤーの伸縮で指を操作することで、人の手に近い複雑な動きを可能にしました。

 動力源を外付けすることで、小型化・軽量化も実現できますし、手を水中に入れての操作も可能になります。パワーが必要な場合は外付け動力源の出力を上げればいい。

アウトプットとフィードバックと

──医療関係でもう一つ、身体の一部が麻痺している場合については、どのように実現しているのでしょう?車いすの例のほうです。

粕谷:足があるけれども神経が麻痺して動かなくなったケースですね。身体の一部を補う仕組みはありませんが、筋電位を使う点は同じです。足の筋肉に電位を出力するパッドをつけ、車椅子につけたジョイスティックを動かすことで、「足をグルグル回して自転車を漕げ」という命令を筋電位の波形で足に伝えて足を動かしています。


──漕いでいる方にとってみると、動かなくなった足を動かしている感覚も戻ってきているのでしょうか?

粕谷:この方の場合は神経が完全に切れてしまっているので、筋肉を自分の意思で動かしている感覚はないようです。ただ、自分の足が動いているのを自分の目で見ているのと、足が動いたときの状態の揺れが懐かしいともおっしゃっていました。それが脳への何らかのフィードバックとして働いている可能性はあります。


──義手の場合のフィードバックはどうなのでしょうか?操作性という意味では、つかんだ、持ち上げたという触覚的なフィードバックが必要になる気がします。

粕谷:現状の義手では、装着者が得られるフィードバックは視覚情報とモーターの動作音のみです。ただ、アバターロボットでは、指先で感じる圧力と、ザラザラ、ツルツル、ベタベタなどの触覚情報も、操作者がフィードバックとして得られるようにしています。私たちが目指しているのは自分の身体と遜色ないサイボーグですから、最終的には、筋電義手などにも触覚を含めたさまざまなフィードバックを実装していきます。
(以下、後編につづく)
 人の身体を拡張するサイボーグ技術。その根幹に当たる部分を現実社会のニーズに合わせて実装し、段階的にサイボーグ社会に近づけていこうのがMELTINの考えである。遠い先に起こるかもしれないサイボーグ社会が、実際にどのようなものになるのか。同社は、思考の中での実験を通じて、必要になる技術はもちろん、社会でのサイボーグ技術の受容性、社会のあるべき姿などについて議論を重ねている。その広がりについては、引き続き、後編で聞いていくことにする。
後編はこちら


萱原 正嗣
(人物撮影:湯浅 亨)


本記事は、日経BP総研とSansan株式会社が共同で企画・制作した記事です。
© 2019 Nikkei Business Publications, Inc. / Sansan, Inc.

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