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Innovators 公開日: 2019.07.02

火星で細胞培養肉を作りたい──インテグリカルチャー CEO 羽生雄穀氏に聞く

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2023年に缶詰や真空パックで加工肉を作り、2025年には一般販売も。

 ぶっとんでる人である。プレゼンは映画「スター・ウォーズ」のライトセーバーを想わせる光り物を手に登壇。インテグリカルチャー設立前に日本初の培養肉プロジェクト「SHOJINMEAT
Project」という同人サークルを立ち上げる。培養フォアグラを作り食す様子をニコニコ動画にアップ。そもそも細胞培養肉を始めたきっかけは「SFの定番だから」。

 きっかけはどうあれ、食肉は今、大きな環境問題になっている。例えば1㎏のステーキを作るために穀物約25㎏、水15000ℓが必要とも言われる。世界中の穀物生産量のうち食用として消費されるのは約43%、一方35%もの穀物が家畜の飼料として消費されている。家畜の増加により温室効果ガスが増え、森林が破壊されるなど環境負荷は増大。今後の人口増加で、食の安全保障や環境問題が深刻化するのは間違いない。

 そこで注目されるのが、農地不要・超省資源を実現しつつ肉の味や食感まで再現する「細胞培養肉」だ。注目を浴びたのは2013年。Google設立者であるセルゲイ・ブリン氏が資金を提供、オランダのマーク・ポスト博士が培養肉ハンバーガーを開発し試食会で披露したのだ。200gのハンバーグ約3000万円也(研究費込み)という価格も話題になり、「培養肉=高い」というイメージを植え付けることになった。

 この高級培養肉の大幅なコストダウンに、世界初の手法を用いることで成功したのがCEOの羽生雄穀氏率いるスタートアップ、インテグリカルチャーだ。目標は1㎏200円。さらに月面での生産も目指しているという。羽生氏を訪ねた。

人間の臓器を模してホルモンを作る装置を世界初開発

──今、羽生さんのところではいくらぐらいまでコストダウンを実現されていますか

羽生 色々な細胞がありますが、1㎏当たり2万~20万円の間です。

──2万円だとすると7500分の1までコストダウンしたわけですね! そもそも細胞培養肉はなぜ高いのでしょう?

羽生 肉を培養する培養液には大きく分けて、「基礎培地」と「成長因子」が必要です。例えば肝臓細胞100gを培養しようとすると基礎培地は10円ぐらい。一方、成長因子、いわゆるホルモンは837万円かかる。金とかプラチナ、ダイヤモンドより高い。だからホルモンをいかに安くするかが課題でした。でも今は弊社含めて各社ともほぼ解決しています。

──どうやって?

羽生 色々な方法がありますが、海外だとホルモンを安く調達して作る道筋が見えています。

──インテグリカルチャーさんでは?

羽生 カルネットシステム(CulNet System)という独自の細胞培養システムを開発しました。簡単に言えば、人間の臓器を模してホルモンを作るシステムです。そもそも細胞は日々身体の中に増えていますよね。でも私たちはドラッグストアでホルモンを買ってきて注射することはしない。なぜなら臓器が身体の中でホルモンを作っているからです。弊社のシステムはそれと同じことを機械の中でやっています。3連のバイオリアクターごとに肝臓などの臓器が割り当てられて、ホルモンを作ってます。
インテグリカルチャー独自の細胞培養システム「カルネットシステム」(CulNet System)」 。動物体内の細胞間相互作用を模した環境を擬似的に構築することに成功した(画像提供:インテグリカルチャー)
── 一つひとつが臓器にあたるわけですか? 肝臓のほかにどんな臓器を?

羽生 何を作りたいかによります。色々な組み合わせを今、試しているところです。とにかく細胞を増やしたいときの組み合わせは見つかっています。

──細胞培養肉が2万~20万円まで幅があるのも、何を作りたいかによるのですか?

羽生 はい。細胞によってはただ栄養を与えれば増えるものもあれば、なかなか増えてくれない頑固な細胞もありますから。

──細胞の個性によると。細胞培養肉を安く世の中に広めるときに、鍵になるのは?

羽生 鍵は肉を構成する細胞です。たとえば筋芽細胞や脂肪細胞、繊維芽細胞などで、それを今育ててみています。たくさん安価に増やせるかどうか。

──なるほど霜降り肉と言ってもそれら細胞の集合であると。肉を構成する細胞を個々に育てた後で、組み合わせて狙った肉にする?

羽生 それも色々なアプローチがあって。最初に幹細胞の状態で増やして分化させる方法もあるし、最初から分化した細胞でいっぱい育てて、あとから組み合わせるとか。

──私たちがお肉を食べるとき「筋芽細胞が食べたいわ」とは選ばない。全部まざって鶏肉とか牛肉とかになって「今日は鶏肉で」となるわけですが、細胞培養肉の完成形は?

羽生 どういうふうにしたいかですね。牛と鶏とエビを混ぜたメリメロ(混ぜこぜ)ステーキもできるし、牛肉のさし(脂肪)がピカチューの形に入っているとか、最高級のA5和牛ってありますがA6とかA7とかも作れちゃう。クロレラユーグレナ入りステーキとか。

──肉だけじゃない?

羽生 肉を中心としつつ。デザイナーミートと言われてますね。例えば最近マンモスの氷漬けがシベリアの永久凍土で見つかりましたよね。その細胞からマンモスのお肉もできます。

──このカルネットシステムは世界初ですか?

羽生 食料用でやっているところはない。世界初の弊社独自技術です。動物胎内の細胞相互作用を模した環境を疑似的に作り出すことで、血清成分(ホルモン)を作り出していることと、ポンプを自動化にすることで人件費を削減し、コストを下げています。

──細胞培養は今までで手作業だった?

羽生 学生さんさんがシャーレ一つひとつ、手作業でやっていたことを自動でできる。

──なぜ他社のようにホルモンを安く買わず、このシステムを作ろうと思ったのですか?

羽生 臓器を模してホルモンを作るアイデアは弊社の川島一公(取締役CTO)が持っていました。普通に考えたらホルモンを買ってくるやり方になる中で「いや、もっといい方法がある」と川島が言ったのが始まりです。彼は再生医療を専門としていて、弊社の技術はほとんど川島から来ています。
──なるほど。最初の質問に戻ります。コスト高の要因だったホルモンの解決のめどがたった。次の課題は?

羽生 培養設備ですね。規模の経済が必要になってきます。もっと大きな物を作るとか、より効率よく細胞培養するとか。効率化という点ではたとえば足場を使う。今までシャーレで培養して平面で育てていたところを、ジャングルジムのように立体的にすることで、酸素とか栄養も届くようになります。

──大型化は?

羽生 大型化にすると温度が場所によって違うとか酸素が中心部まで行き届かないなどの問題がありますが、その前に資金を調達しないと。

──資金調達ですか。昨年5月にユーグレナなどから3億円の資金調達をされてますよね。

羽生 そのお金で回していますが、売り上げを立てないといけない。来年、化粧品メーカーと組んでアンチエイジング系のコスメを発売予定です。

──コスメ! なぜアンチエイジング系のコスメができるのですか?

羽生 細胞をたくさん作るわけだから、(保水性の高い)ヒアルロン酸を作る細胞とかコラーゲンを作る細胞を増やすことができるわけです。

2017年に培養鶏レバー「君の肝臓を食べたい」

──そもそも羽生さんがなぜ培養肉の研究開発を始めたのかをお聞きしたいのですが、オクスフォード大学でのご専門は?

羽生 有機とか生物寄りの化学です。実際にやっていたのはナノテクと言われる領域で微細加工です。そもそもSFっぽいから理系に進んだっていうのがあります。

──すべての発端はSFなんですね(笑)。オクスフォード大のあとは?

羽生 オクスフォード大で博士課程が終わる時に、21世紀中頃には緑の丘に太陽電池がいっぱい並んでいるような環境エネルギー領域に行きたいなと思って、東北大で電池の材料の研究をしました。卒業後は東芝で電池周りのシステムの研究開発をやってました。

──なぜそれが培養肉に?

羽生 そろそろリアルなSFをやる頃かなと思って。宇宙船とか色々考えましたが、今やるなら肉だろうと。

──なぜ肉だったのですか?

羽生 2014年頃はなぜかやっている人があまりいなかった。19世紀からアイデアはあって一人の研究者がちょこちょこ研究したり色々なアーティストが「作ったぞ」と見せたり。2005年にオランダが200万ユーロの学術研究費で研究を進めたりして基礎技術はありましたが、産業技術がすっぽり抜けていた。やるならこれだろうなと。

──2013年に培養肉ハンバーガーが話題になってからスタートアップが増えたんですね。

羽生 自分が肉を始めた頃は、培養肉ハンバーガーのことは知らなかったんですけどね(笑)。

──え、じゃあ2014年にSHOJINMIEAT PROJECTを始めたのは?

羽生 最初から営利団体でやっても人が集まりにくいし、ビジネス系の人がリーチする対象になってしまう。まず仲間を増やそうと。

──ミニコミ誌拝見しましたが、DIYで自分でもお肉作れるかも!という気持ちになります。

羽生 それを目指してます。

──起業のきっかけは?

羽生 リバネスの「テックプランター」というビジネスプランコンテストで2015年10月に優勝して法人設立しました。

──2017年に培養フォアグラ(培養鶏レバー)を実際に作ってますよね? 味はどうでしたか?

羽生 ニコニコ動画(「君の肝臓を食べたい」)に上がってる通りですが、甘みとうまみが強めで、もうちょっと胡椒をふりかけたかったって感じですかね。アミノ酸の味が相当するんですね。

──食感は? ステーキの肉の噛み応えみたいなものを再現できますか?

羽生 それを目指しています。タンパク質だけ欲しいのなら点滴でいい。なぜ肉を食べるかと言えば味や食感を楽しみたいからですよね。植物で作ったお肉そっくりさんは世の中にありますが、今一つ広がらないのは美味しさの点で本物の肉に劣るから。それができるのは細胞培養技術です。最初はペースト状の物が作りやすいですが、肉そのもの、ステーキそのものを作りたい。

──最初にうかがった、肉を構成するどの細胞を育てるかで噛み応えが変わってくるのですか?

羽生 そうですね。あとはどんな方法で培養するか。たとえば細胞の足場を作ると肉の筋を作って食感を再現できますし、調理法でも変わってきます。秘伝のたれを開発するように色々な人が研究する分野ですね。

細胞培養肉は宇宙を目指す

──ところで2019年3月にJAXAや30以上の企業が参加して、月面や地上での食料生産を目指すスペースフードXに参加されましたね。

羽生 細胞培養肉を始めたころから将来的には宇宙、火星で作るという頭でいました。スペースフードXはその通過点です。
火星で培養肉を作って食べるのが夢(画像提供:Shojinmeat Project)
──なるほど。まずは月面ディナーで。ユーグレナさんと組んで究極の資源循環を実現すると発表されてましたね。

羽生 下水・汚泥のバイオマス資源から微細藻類を育て、月面の鉱物から窒素や炭素を加えて培養液を作り、肉を培養する。肉を食べたら下水・汚泥へ。地球上よりエネルギー変換効率がいい、閉じた資源循環が実現できます。

──月産月消が実現できると。地球から牛や鶏を連れて行かなくても月でお肉が食べられる。

羽生 まぁ、牛1頭連れて行こうと思ったら酸素が人間の5人分は必要だし、糞尿処理システムまでいれたら、打上げ重量がどれだけかかるかしれたもんじゃない(笑)

──ライバルはいますか?

羽生 今世界で、細胞培養肉を目指すスタートアップは30数社あります。調達金額が大きいのは米国のメンフィス・ミートとジャスト。東アジアではうちしかなかったのですが、シンガポールのショーク・ミーツや香港のアヴァント・ミートなどエビを培養するスタートアップが立ち上がっています。

──2013年の約3000万円のハンバーガー以降、世の中に培養肉は出ましたか?

羽生 ジャストさんがジャーナリスト向けにチキンナゲットを出してます。技術的には作ろうと思えば作れますが、あとは価格ですね。一時期のパソコンの性能アップレースみたいに「うちはいくらで作れた」という現象が起きています。

──インテグリカルチャーさんの目標は?

羽生 1㎏200円とか300円あたり。スーパーの鶏肉の原価ぐらいだと思います。

「なんじゃ、こりゃ!」が重要

──それはありがたい。今後の計画は?

羽生 2021年に培養フォアグラを一部のレストランで出し始めたいです。2023年に缶詰か真空パックで加工肉を作り、2025年に一般販売できれば。ステーキ肉も2025年には一部レストランで出し始めることを目標にしています。

──羽生さんの究極の目標は?

羽生 火星です。これも通過点ですけどね。木星の衛星ガニメデとか冥王星が控えているから。火星で培養肉を作って食べたいし、火星移住ってことはソフトもハードも全部作ることになるから、色々なものを見てみたい。ネタに走れるものがいっぱいあると思うんですよね。「なんじゃ、こりゃ!」みたいな。
──「なんじゃ、こりゃ!」ですか。

羽生 技術って「なんじゃ、こりゃ!」がけっこう重要だと思っていて。「なんじゃ、こりゃ!」が出てきたときに初めて物になって来た感じがするんですよね。

──羽生さんにとって「なんじゃ、こりゃ!」は?

羽生 例えばスーパーで売られている肉にQRコードがついていてスマホでかざすとYouTubeライブにつながって、その細胞提供元であるアイドル牛のべこちゃんのウェブ中継が見えるとか。場合によっては競走馬を見にいって、走っている馬の肉を食べながら競馬を見る「馬券付き馬刺し」ができたら面白いじゃないですか。

──牛も馬も生きてるってことですよね・・・。将来的には自分の臓器を培養することもできたりするんでしょうか?

羽生 DIY臓器ですね。お酒を飲み過ぎた人が自分の肝臓を新しく作って、臓器持ち込み外来にいってお医者さん以「すみません、これ入れて下さい」とか。

──その実現のために当面の目標は。

羽生 もちろん技術として作るのが一番重要なので、研究開発です。


林 公代=サイエンスライター
(人物撮影:黑田 菜月 )


本記事は、日経BP総研とSansan株式会社が共同で企画・制作した記事です。
© 2019 Nikkei Business Publications, Inc. / Sansan, Inc.

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