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Innovators 公開日: 2019.05.22

【AIビジネスのカタリスト】農業SCMから発想した「おいしさの見える化」──マクタアメニティ(前編)

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農業にサプライチェーン・マネジメントを持ち込み“おいしさの見える化”を実現。事業のポイントをマクタアメニティ代表取締役 幕田 武広氏に聞いた。

 「このトマトは旨みの中に甘みがあっておいしいですよ」。マクタアメニティの代表取締役・幕田武広氏は、取材のために持参したトマトを、タブレット端末のカメラで撮影してこう説明する。同社は、福島県伊達市に本拠を置く。スマートフォンやタブレット端末のカメラで野菜や果物を撮影すると、そのおいしさを瞬時にグラフ化する「おいしさの見える化」サービスをAI(人工知能)を使って実現した。

 同社が開発したのは、人間の目では分からない微妙な色の違いから農作物の味を診断するサービスである。使い方はいたって簡単だ。黒い布地を背景に野菜や果物を置き、専用アプリを搭載したスマートフォンやタブレット端末のカメラで撮影し、解析ボタンを押すだけ。しばらくすると、解析結果が画面にレーダーチャートとして表示される。

 チャートには、甘味、塩味、苦味、酸味、旨味の5種類の分析結果が表示されるほか、「糖度約6.9%。やや甘い。旨みの中に甘みがあります」といった解説も付加される。
レーダーチャートで示される“おいしさの解析結果”の例(撮影:筆者)

安売り競争に一石

 「この仕組みを使えば、生産者は出荷する農産物のおいしさを具体的にアピールできます。流通・小売店では、おいしさを生かしたレシピを消費者に提案することもできるでしょう」。幕田氏はこう説明する。

 幕田氏は元々、農業分野でのSCM(サプライチェーン・マネジメント)を柱として、福島県の農産物を首都圏に流通させる事業を展開してきた。このとき疑問をいだいていたのが、形と大きさで価格が決まってしまい、形が悪くて小さいものは安売り競争に巻き込まれてしまうこと。この状況をなんとか変えたいという思いがあった。

 「おいしさの見える化」の研究に着手したのは約10年前のこと。きっかけは、色解析で味を診断するというアイデアを持っていた山形大学学術研究院の野田博行准教授との出会いだった。幕田氏のところへ野田氏が話を持ち込んだ。幕田氏は、当時を次のように振り返る。

 「サプライチェーンの中にこの技術を取り込めば、生産農家の競争力が増すと考えました。農業SCMをビジネスとしていたからこそ、おいしさの見える化に着目しました。ただ当時は、分析できる基礎データが乏しく、なかなか話が先へ進みませんでした」

 この状況を一変させたのが2011年の東日本大震災だった。地元福島県の農産物を首都圏に仲介してきた同社は大きな打撃を受けた。この状況を打開するために、自社の事業の棚卸しを実施。そこで自社で保有していた「おいしさの見える化」技術が再浮上した。
マクタアメニティの代表取締役・幕田武広氏(撮影:筆者)
 そこで、基礎データを集めるために2013年度の補正予算を使った経済産業省の補助事業(ものづくり補助金のサービス分野)に応募。「おいしさの見える化サービス」が採択されたのである。ここで、4種類の野菜(きゅうり、ミニトマト、小松菜、ほうれん草)について撮影した画像の色に関するデータと、破壊して検査機で診断した食味のデータを比較する研究に着手し、ビッグデータと呼べるだけの大量のデータを集めることができた。

色データと食味データに“強い相関”を発見

 そのうえで、集めたデータの相関を調べた。「AIの用語で言うと、色のデータを説明変数として食味データを目的変数として回帰分析を実施して、得られたアルゴリズムによっておいしさを評価することになります」(幕田氏)。この研究の結果、色のデータと食味のデータに大きな相関があることがわかった。

 「一般的に相関係数が0.7以上であれば強い相関があると言われていますが、0.8以上の強い相関が得られたのです。“これはいける”という話になりました」。

 こうして、おいしさを見える化する仕組みづくりに踏み切った。現在、12種類の野菜と4種類の果物の計16種類の農作物について、3万件を超える学習データを蓄積したAIデータベースを構築済み。トマト、ブロッコリー、リンゴ、イチゴ、サクランボなど、測定する作物ごとに異なるアルゴリズムを用意している。近く、さらに2種類加わる予定だ。

農家は月額5000円から

 サービス開始は2018年4月。利用する側は、スマートフォンやタブレット端末に専用のアプリを入れるだけ。それ以外の装置などは必要ない。しかも料金は、農家向けは初期費用3万円で月額5000円から、流通業者向けには初期費用8万円で月額1万5000円からと手軽だ。既に、サクランボ農家やリンゴ農家、外食の仕入担当者など、20以上の事業者が採用しているという。

 食味の解析装置は通常は1000万円以上と高価で、農家や店舗などの小規模事業者が購入するのは難しい。外部に分析を依頼する方法もあるが、結果が出るまでに数日かかるのが一般的である。これに比べれば、安価で時間もかからない。しかも農作物を破壊せずに検査できる。

 2018年6月には福島県いわき市のショッピングモール「イオンモールいわき小名浜」が店頭で実証したほか、2019年4月には東北地方のイオンリテールがPB(プライベートブランド)商品「にぎわい東北」に、おいしさの見える化の結果をPOP広告に活用した。東京の太田市場で青果物仲卸業を営む大治(だいはる)では、ほうれん草をはじめ取り扱っている青果のおいしさをアピールするために利用している。
「イオンモールいわき小名浜」での実証風景(出所:マクタアメニティ、2018年6月撮影)
後編につづく)


堀 純一郎=HORI PARTNERS代表


本記事は、日経BP総研とSansan株式会社が共同で企画・制作した記事です。
© 2019 Nikkei Business Publications, Inc. / Sansan, Inc.

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