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Lifestyle 公開日: 2022.10.03

フォルクスワーゲンの工場で見た、デジタルトレーニングの現場

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自動車メーカーは製品を作るのに、部品調達や生産効率、輸送など考えるべきことがいろいろある。昨今では、自動車のデジタル化が進む中、新しい技術とどう折り合いをつけていくかも重要な課題になっている。

 例えば電気自動車の生産。独フォルクスワーゲンによると、デジタライゼーションと工場の従業員のモチベーションは、切り離せない関係にあるとか。

 現在、「ID.(アイディー)」というピュアEVのサブブランドを展開中のフォルクスワーゲンでは、電気自動車を作ることの意義を、生産工場での労働者に感じてもらうことが重要、とする。

 その例を、私は、同社が Zwickau(ツビカウ)という場所に持つ電気自動車の工場で実際に目にすることができた。ツビカウは、ドイツのザクセン州にあり、チェコやポーランドとの国境からもそう遠くない。

 フォルクスワーゲンはツビカウに大きな工場を持っている。約7700人が働き、うちライン作業に従事しているのは3000人。「ID.3」ID.4」「ID.5」というフォルクスワーゲンのピュアEVなどの組立てを行っている。
180万平米の敷地面積をもつツビカウ工場
 「私たちはワーカーの人たちに組立てのスキルを習熟してもらいたいだけではないのです。私たちが提供したいのは熱意です。電気自動車を作っているのはどういうことか。その意義を働く人たちに感じてもらいたいと思っています」

 ここで取材できたのは「e-training Centre」。組立て作業員のトレーニングプログラムを担当しているマティアス・ロート氏は述べる。

 「2018年に、ツビカウ工場は、従来の内燃機関をもつクルマから、ピュアEVの組立てに移行することになりました。組立て作業といっても、内容は大きく変わります。多くの人が、新しいデジタライゼーションに自分が対応できるのか、と不安になったようです。そこで、 eトレーニングセンターを立ち上げ、これからはEVの時代であり、それに関わるのは、とても意義のあることだと理解してもらおうと努めてきています」

 具体的に、ロート氏らは何をやっているのか。私が見せてもらったのはエスケープルーム(ふう)のトレーニング施設だった。廊下から部屋に入ると、そこがさらに3つの小部屋に分かれている。
仕掛けを読み解き脱出を目的とするゲーム感覚のエスケープルームの最初の部屋にはEVの初期を表現する小道具が並ぶ
 例えば最初の部屋では、人物画の額が壁に並び、その人がいかなる業績を残したかを当てる。最終的には3番目の部屋に置かれた金庫のなかに収められた鍵を見つけなくてはならない。
第1の部屋に置かれた書籍の中にもヒントが隠れている
 そこに至るまでの設問の数々は、基本的に電気自動車にまつわるもの。社会や環境や政治にまつわる設問もある。エスケープルームから脱出しようと質問に答えていくうちに、社会とEVとのつながりがいかに重要かを理解できるようになっていく仕掛けだ。
現在にいたるまでのドイツ史に残る人物とEVの歩みをリンクさせており、それを当てる
アンヘラ・メルケル元首相の額の裏にはこのような答え
 日本で育ち、かつドイツ語が日常挨拶程度しか理解できない私にとって、ドイツ語を理解してエスケープルームに入ってきた労働者とおなじ経験をシェアするのは無理。でも、図像などを眺めていると、EVを作ることの社会的意義をフォルクスワーゲンが伝えようとしていることがわかってくる。

 「組立ては、確かに、コンピューター制御されたロボットでもできますが、その上にいる人たちが、自分の仕事を把握し、誇りを持っていないと、本当にクオリティーの高いプロダクトはできません。それを私たちは長年の経験から知っています」とロート氏。
時代とフォルクスワーゲンの歩みを当てていく第2の部屋
第3の部屋ではバッテリーを中心にEVの成り立ちを体感する
 デジタライゼーションを進めていくために、人間の意識を同時に高めるのが大事、というフォルクスワーゲンの考えは、たいへん興味深い。

 エスケープルームを出たあとは、VRゴーグルをつけて、充電の方法などをバーチャルで体験(実車での体験もある)。EVとは何かを、さまざまな面で学ぶプログラムだ。このコンセプトは正しいだろう。私もそう同感した。
e-Training CentreではVRゴーグルも使いEVと付き合い方を従業員に理解させている
 ツビカウは、かつては東独に属する街で、ゴシック的な壮麗な建築物が多い。散歩すると重厚な景色に圧倒されそうなぐらいだ。いっぽう、主要産業は工業。戦前から、アウディやホルヒといった自動車工場もあった。

 ホルヒ(ドイツ語の発音はホルシュに近い)は日本ではあまり知られていないブランドかもしれない。戦前は、マイバッハやメルセデス・ベンツとともに、ドイツを代表する(超)高級車で、技術的内容もすぐれていた。

 創設者のアウグスト・ホルヒは、ベンツ社でエンジニアリングの経験を積んだあと、1898年にホルヒ社を設立。そののち経営陣との対立を経て退社。1909年にアウディ社を立ち上げている。
 話はまたまたとんでしまうのだけれど、メルセデス・ベンツは長いあいだ、ホルヒの商標権を所有していた。商標権を買った理由は、ホルヒの名をそのへんの新興企業に使われたくないから、と私は説明を聞いたことがある。ホルヒは永遠の好敵手だというのだ。

 でも、2021年にアウディは中国市場向けにA8の車体をさらにストレッチした「A8Lホルヒ」というモデルを発表。ということは、商標権を取り戻したのだろう。

 第二次大戦後、ツビカウの自動車工場ではトラバントという樹脂製車体に2気筒2ストロークエンジンの(超)小型車が作られるようになった。1990年にドイツが再統一されたとき、フォルクスワーゲンでは、旧共産圏の自動車工場をいくつも手に入れた。ツビカウもそのひとつ。

 私はまさに1990年にツビカウの工場を見学にいったことがある。ほぼ何も作られていなかった。フォルクスワーゲンのエンジニアが生産ラインのリストラクチャリングに着手するところだったのだ。

 いまは、180万平米の敷地の中で、18万台のクルマを組み立てる、巨大で近代的な工場に成長を遂げた。ここが、ID.3、ID.4、ID.5、さらにアウディQ4 e-tronおよび同e-tronスポーツバック、さらにセアト・クプラボルンなどのEV組立工場に選ばれたのは、「従業員が勤勉で、仕事への取り組みが真摯と評価されたから」(工場の広報担当者)だそうだ。

Text/小川フミオ

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