sansansansan
  • DIGITALIST
  • Articles
  • 【若田光一が対談、宇宙利活用の旅】地上では得られないストレス環境に価値あり(1)
Pocket HatenaBlog facebook Twitter Close
Business 公開日: 2019.02.20

【若田光一が対談、宇宙利活用の旅】地上では得られないストレス環境に価値あり(1)

お気に入り

自治医科大学学長永井良三氏と対談。バイオサイエンスにおける宇宙利用の意義とは?

 地球近傍軌道(地球低軌道)を民間企業や、研究機関が使うことで、何ができるのか。どのようなイノベーションにつながるのか。宇宙航空研究開発機構(JAXA)理事・有人宇宙技術部門長で、宇宙飛行士の若田光一氏が、外部識者たちとの対談で探る。

 今回はその第2弾。JAXAきぼう利用有識者委員の委員長を務める、自治医科大学学長永井良三氏と、バイオサイエンスにおける宇宙ステーション利用の価値について議論した。

科学への興味につながった少年時代の体験

若田 永井先生は、宇宙に非常に関心が高いと伺っていますが、どのようなことがきっかけとなって、宇宙に興味を持つようになったのでしょうか。

永井 私は1957年に当時のソビエト連邦によって打ち上げられた、世界初の人工衛星スプートニク1号が夜空を飛んでいるのを肉眼で見たんです。打ち上げ直後から日本でも毎日、「今日は何時頃から人工衛星が見られます」という報道が繰り返されていました。私も朝4時過ぎに起きて、南の空から東の空に向かって飛んでいくスプートニク1号を見ました。

 その後も、スプートニク計画は犬を宇宙に送ったり世界初の有人宇宙飛行を成功させたりなど、当時世界中の人々の関心を宇宙に引きつけました。

 その時の興奮は、今でもはっきりと覚えています。まだ私は小学2年生だったのですが、結局そのことがきっかけとなって理工系の大学に進もうと思いました。

若田 私も永井先生と同じように、少年時代の経験が宇宙の興味につながりました。残念ながらスプートニク1号が打ち上げられた頃はまだ生まれていなかったのですが、1969年にアポロ11号が月面着陸を成功させた時はテレビで見ていました。

 当時5歳だった私にとって、それが宇宙への憧れを持つきっかけになりました。

永井 これは最近になって見つけたのですが、実はスプートニク1号が打ち上げられる2年前に日本で発行された小学生向けの理科の参考書に、既に人工衛星に関する話が載っているのです。当時はまだ、人工衛星を打ち上げることなど夢物語だったと思います。それなのに、その本には人工衛星の原理と宇宙ステーションや月面探索の想像図が紹介されていました。当時から宇宙という未知の世界は、子供たちの科学への好奇心を刺激していたんですね。

若田 そういったことが日本の子供たちの夢や希望を育てて、理科離れを防ぎ、将来の宇宙開発の技術力を高めていくことにもつながっていきますね。それは日本だけではなく、世界各国、特に宇宙開発において発展途上にある国にとっても大きく寄与することになるでしょう。

永井 宇宙と聞くと、とても遠いところにあるような気がするのですが、地上から大気圏までの距離って500kmくらいですね。地上に置き換えると東京-大阪間の距離なんです。

 宇宙飛行士ってそんなに遠くまで飛んで行っているのではなく、実は新幹線で3時間くらいで行ける身近なところに宇宙があることを子供に教えることも大切だと思います。

宇宙では老化現象が加速する

若田 アメリカやロシア、最近では中国もそうなのですが、そういった国々は国威掲揚のために宇宙開発を進めています。これに対して日本は、宇宙環境を人類に役立つ研究の場にしようという目的から宇宙開発を始めました。そこに、他の宇宙先進国との大きな違いがあります。

 ところで、永井先生は、宇宙でバイオサイエンスの研究を進める意義についてどう感じていますか。

永井 いくつかの視点があります。まず宇宙空間の重力は微小なので、地球に比べてストレスが随分変わります。新たなストレスが付加されるという側面も考えられます。生命の営みは遺伝子と環境の相互作用に影響されますから、環境因子を変えることで新たな遺伝子の機能、タンパク質やその他の代謝物の機能が分かります。

 さらに、重力というストレスがなくなることで起こるさまざまな異常や疾病について調べることができます。例えば宇宙では老化によってみられる現象が加速するとされています。そのメカニズムを明らかにできれば、地上での老化の対処法を考える場にもなり得ます。

 また、宇宙空間においては空気が対流しないため、炎の形が変わります。この現象を物資の溶けた液体(溶液)に応用すれば、非常に細かくて研究に適したきれいな結晶を作れるようになります。例えばタンパク質が持つ特定の機能を抑えるような薬の開発にも結び付きます。宇宙でのバイオサイエンスの研究は、人間が地上で暮らしていく上で重要な発見が得られる可能性があり、非常に興味があります。

若田 実際に宇宙で生活をしていると筋力の低下が顕著になり、運動などの対策をしないと、骨粗鬆症と同じような現象が地上の10倍くらいのスピードで進行していくと考えられています。

 私たち宇宙飛行士は骨密度の低下や筋萎縮などを防ぐために、毎日2時間くらい運動して規則正しく睡眠をとっています。私も被験者として、骨粗鬆症の患者が服用している薬が、実際に宇宙での骨密度の維持にどう影響を与えるのかといった実験にも参加しています。

 私たちが宇宙で健康な体を維持するためにやっていることや、健康を維持するために服用している薬などが、実は宇宙での生活のためにあるのではなく、地球で生きていくためのさまざまな医学研究に寄与していることを実感しています。

 一方で、宇宙での長期滞在を実現するためのさまざまな知見を得られれば、例えば将来火星に行ったり、月周回で活動したりする際の課題も突き止められます。宇宙で人間が活動領域を拡大していくには、放射線防護への対策や免疫の低下をどう防ぐかなど、さまざまな課題があります。

老化のメカニズム解明や創薬に寄与

若田 話を戻すと、永井先生がおっしゃるように、宇宙では加速的に老化に似た現象が起きます。超高齢者社会に向かっている日本にとっては、老化のメカニズムに関する研究は特に重要になりそうですね。

永井 老化には、さまざまな要因が関わっていることが分かってきました。例えば、自治医科大学では老化が加速するマウスを見つけた教授が、老化のメカニズムを研究しています。その研究から、老化の原因はカルシウムやリン、タンパク質の結晶が関係しているのではないかという考えが提唱されています。

 無重力状態では骨からカルシウムやリンが抜けていくということですが、それだけですべての老化現象が説明できるわけではありません。結晶が組織に沈着して起こる慢性的な炎症も、老化のメカニズムの一つではないかということです。こういったメカニズムや治療法などの研究も、宇宙で行えるわけです。

若田 短期間のスペースシャトルのフライトに参加した時は、宇宙で運動する時間がほとんどありませんでした。すると、1週間や10日間くらいで体力が低下していると感じましたが、それくらいならば、地球に戻ってきて運動をすると回復します。

 一方で4~5カ月も宇宙にいると、運動を続けていても、地上に帰ってきてからしばらくは、ふくらはぎの下のあたりが痛くなるんです。ここの筋肉は宇宙では鍛えられないんですね。

 特に宇宙で骨密度が低くなるのが、大腿骨の付け根や背骨です。宇宙から帰ってくるとそこを骨折する人もいます。そのために、骨密度が下がりやすい部位を強化するような運動しているのですが、その運動処方も老化による影響などで寝たきりになった方の体力回復やリハビリにも役立つと思います。

永井 老化を防ぐさまざまなデバイスの研究も宇宙でできると思います。既に宇宙飛行士の方々は、筋力が衰えないようにいろいろな装置を使われています。そういった装置を小形化できれば、一般家庭用でも使えるデバイスを開発できるのではないでしょうか。

若田 創薬の分野でも、宇宙での研究に期待が集まっていますね。

永井 創薬の研究では、宇宙で結晶を細かく分析する装置が使われています。薬とタンパク質の共結晶などを分析して、オングストローム単位で設計できるとよいですね。

 一番の課題はよい結晶を作るということです。きれいな結晶を作れば、分子構造が明確になります。さらに、病気に関係するタンパク質の構造解析、それと病気のモデル解析にも役立ちます。

 宇宙におけるこれらの研究が医学の知識を深め、さまざまな疾病の治療法や予防法に結びついていくのです。

後編につづく)


元田光一=テクニカルライター
(撮影:黒田菜月)
本記事は、日経BP総研とSansan株式会社が共同で企画・制作した記事です。
© 2019 Nikkei Business Publications, Inc. / Sansan, Inc.

関連記事

DIGITALIST会員が
できること

  • 会員限定記事が全て読める
  • 厳選情報をメルマガで確認
  • 同業他社のニュースを閲覧
    ※本機能は、一部ご利用いただけない会員様がいます。

公開終了のお知らせ

2024年1月24日以降に
ウェブサイトの公開を終了いたします