誰もが持っている「体内時計」。実際に自分の体内時計はどのようなリズムで動いているのか、それを知る人は少ない。ただ、体内時計を本来の正しい状態に保つことは、健康、そして生産性や創造力の向上につながる。


「無人島で1週間過ごしたことで、体内時計に回帰することがいかに健康と生産性に寄与するかを実感した」


O:(オー)の創設者/CEOである谷本潤哉(たにもと・じゅんや)氏
広告代理店でコピーライターを6年間経験。長時間の労働で健康を損なう。「時計を持たない1週間の無人島生活」で回復したことから睡眠や体内時計に興味を持つ。2018年3月、睡眠衛生を基にした従業員のコーチングアプリと、その睡眠状況から組織の生産性を分析、改善まで実施する分析システム「O:SLEEP」を公開。メンタル不調の早期発見(3次予防も提供)、居眠りによる事故防止、組織の生産性可視化/改善、休退職者の削減を支援している。経済産業省「課題解決型先進的IoT Lab Selection」「TECH SIRIUS 2018」でグランプリ。

 睡眠テクノロジーベンチャー企業、O:(オー)の創業者である谷本潤哉CEOは、こう話す。


 睡眠について朝型・夜型という話がしばしば取り上げられる。実はこれは「先天的に決まっているもので、これを無理に修正するのは難しい」というのが医学界では定説とされている。だとすれば、人間の生体リズムの真実から考えた場合、社員に一律に早朝から勤務させ、夜は一斉に帰宅させるといったマネージメントは、ベストとは言えないことになる。


 谷本氏率いるオーは、企業向けの睡眠改善コーチングアプリ「O:SLEEP(オー・スリープ)」を開発している。スマートフォンで睡眠の状況を計測し、その結果に応じて、個人に対して睡眠のアドバイスを提供する。企業に対しては睡眠不足から算出される従業員の休退職や生産性低下のリスクを提示。介入の必要がある場合、オーが提携する産業医や心理士が第三者の立場でサポートする。


 睡眠アプリでどのように人と組織の活力を取り戻すのか、そして体内時計への回帰がどのように人と組織の未来を切り開くのか。谷本氏に聞いた。

睡眠習慣が離職や休職に大きな影響

谷本さんの名刺には「中間型」と書かれていますが、これは一体なんでしょう。


谷本氏 睡眠について「朝型」か「夜型」か、という話を聞いたことがあるかと思います。朝は早起きできるけれども夜は比較的早く眠くなる朝型か、それとも朝起きるのは苦手だけれども夜は粘れる夜型かというのは、医学的に言えば遺伝で先天的に決まっているんです。睡眠のサイクルで言うと、私はその中間に当たる「中間型」です。


日本人は世界的にも睡眠が少ないと言われているそうですね。


谷本氏 はい、本当に日本人は睡眠時間が少ないんです。私たちが開発した睡眠アプリ「O:SLEEP」の利用企業複数社の実態を調査したところ、平均睡眠時間が6時間以下の従業員が63%を占めていました。6時間以下の睡眠を10日間続けると、徹夜しているのと同じほどに認知能力が低下するという医学的な研究結果があります。


 企業にとって問題なのは、こうした生産性はもちろん、睡眠の問題が社員の休退職につながる可能性があるという事実です。東京医科大学では志村哲祥先生が中心となって、睡眠習慣と休退職の関係性について長期的な調査を実施しています。この研究によれば、睡眠習慣の違いによって、離職や休職に至る人の割合が異なることがわかっています。それも、残業時間、運動習慣、食事習慣、働きがいを感じているかどうかといった項目よりも強い関係性がうかがえます。


.睡眠および睡眠リズムの問題は、「(残業時間などの)職務要因とは独立した有意な離職リスク因子」
東京医科大の志村哲祥兼任助教らが2019年に発表した研究結果より。(出所:オー)

なるほど。そのO:SLEEPについてうかがいます。企業向けに提供している睡眠改善のアプリケーションとサービスだそうですね。


谷本氏 はい。O:SLEEPは大きく3つの要素で構成されています。


O:SLEEPの構成要素
従業員が使うスマホアプリ、企業の管理者が使う解析ツール、オーが第三者として従業員個人に介入する産業医・心理士によるサービスからなる(出所:オー)

 1つは、従業員が使うスマートフォンアプリケーションです。睡眠時に、アプリを設定したスマホをベッド脇に置いてもらって、睡眠状況のデータを取得します。


 睡眠状態を測ると、アプリはそのデータから睡眠の課題を抽出します。さらにその課題に応じて、睡眠衛生や不眠の認知行動療法に基づいたコーチング内容も表示します。4日間データを取得すると、従業員それぞれの理想の就床時間や睡眠時間がわかり、改善点も見えてきます。


O:SLEEPのスマホ画面例
スマホのセンサーを通じて睡眠の状況をモニタリングする。アプリでは個々の従業員における睡眠の課題(例えば「夜中に起きてしまう」)とコーチング内容(例えば「理想の就寝時刻前にベッドに入る」)、理想の就寝時刻、理想の睡眠時間、睡眠の総合評価、過去の睡眠記録などが閲覧できる(出所:オー)

 もう1つは、企業の人事部門などが使う解析ツールです。従業員の睡眠データをチームごとあるいは従業員全体の睡眠状況を把握し、生産性が低下している、あるいは休退職のリスクが高まっている従業員の分布をモニタリングします。こちらはWebブラウザから利用します。


O:SLEEPの解析ツール画面例
従業員の睡眠状況を総合的に把握できる(出所:オー)

 3つめは、医師や心理士による指導です。睡眠による休退職のリスクが高まってきた場合に、私たちが提携している産業医や心理士に相談できるようにしてあります。


 といっても、決して強要はしません。O:SLEEPでは、従業員個人の意志を重視しています。従業員本人の同意なくして、従業員個人を特定した形のデータが企業や産業医や心理士に届くことはありません。従業員はおしなべて、睡眠というプライベートな情報を企業側に個人単位で細かく把握されて、部署異動をさせられたりするのを好まないからです。


 ただ、それでも従業員と企業とでお互いに一致しているのは、睡眠不足がどれだけ生産性の低下や休退職に関わっているかを知りたいし、改善したいと考えている点です。そこでO:SLEEPでは、企業側が使う解析ツールには、いわば「要約された睡眠情報」を提供します。


 解析ツールでは部署ごとの睡眠時間の分布やハイリスクな従業員の分布を確認することができます。この情報があれば、どの部署にどのくらい休退職のリスクが高い従業員がいるかが把握できます。ここで言うハイリスクな従業員とは、4カ月以内に休退職する確率が80%を超えるなど、明らかに生産性に問題を抱えている従業員です。解析ツールの画面上では赤色の点として表示します。


 もし企業側が「この部署はハイリスクな従業員が複数人いるので解決したい」となった場合、企業側の要請に応じて、私たちから従業員にアプローチして、例えば、提携している産業医や心理士への相談を提案します。

年間合計の欠席日数が70日から5日に減った

O:SLEEPの導入により改善した例はありますか。


谷本氏 160人規模の、あるIT企業で採用していただいているのですが、こちらでは「エップワース眠気尺度」という生産性を下げる眠気の発生度が、全社平均で45%から33%に低下しました。また、うつ病や不安障害の尺度である「K6」の全社平均が9%から6%に低下しています。


 別の企業、こちらには約150人の従業員がいらっしゃるのですが、提携する産業医グループである健康経営推進産業医会のチームによる介入で、全従業員における年間合計の欠勤日数が70日から5日に減ったという事例があります。


 企業としては、アプリを導入した際の改善効果を数値で知りたいというニーズが強くあります。そこで、睡眠の改善効果を金額として推定する機能も搭載しています。これを使うと、プレゼンティズム(出勤しているにもかかわらず心身の問題によって生産性が発揮できていない状態)にある社員の割合がどう推移したか、併せてそれによる損失額がどう推移したのかといったことが分かるようになっています。

本記事は、日経BP総研とSansan株式会社が共同で企画・制作した記事です。
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