本格的なデータ駆動社会が到来した。ネット上でやり取りされるデジタル情報は増え続け、そこにIoTデバイスから集めた身の回りの情報が加わり、私たちの生活や社会の営みが丸ごとデータに映されるようになった。ものづくりや物流、医療、金融などあらゆる産業で、ビッグデータから抽出した価値ある情報を活用して、斬新なビジネスや業務手法が創出されるようになった。農業も例外ではなく、今後はデータに基づいてスマート農業を実践し、農産物の効率や品質の劇的な向上を目指すことになる。


 従来のICTシステムとデータ駆動社会で用いるICTシステムの間には、価値のありかに大きな違いがある。これまでは、システムに価値ある機能を巧妙なアルゴリズムで実現するソフトウエアこそが価値の源泉だった。例えばコンピュータ上で税金の計算をするシステムの価値は会計ソフトに宿っており、会計データはあくまでも計算対象にすぎない。


 これに対してデータ駆動社会のICTシステムでは、ソフトウエアだけでなく、データにも大きな価値がある。機械学習やディープラーニング(深層学習)をベースにした解析システムでは、学習データの量と質次第で性能が大きく変わる。これこそが、これからの情報処理社会を、データ駆動社会と呼ぶゆえんである。


 現在、ネットで収集したデータを基に付加価値の高いビジネスを展開して高収益を上げているGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)を規制した税を掛けたりする動きが活発化している。その背景には、度をすぎた個人情報の活用とともに、ユーザーが生み出した価値あるデータを利用して儲けていることに対する不公正感がある。要するに、ユーザーの所有物であるデータを、ユーザーが想定していない用途に使って、儲けすぎではないのかということだ。こうした問題は、農家が日々作業する中で生み出すデータを活用するスマート農業に関連したビジネスでも頻発する可能性がある。


農業データの円滑なやり取りに向けた、データの提供・利用のルールがなかった
(出典:農業分野におけるデータ契約ガイドライン 第1回検討会での配布資料「農業分野におけるデータ契約ガイドライン検討会の趣旨等について」)

篤農家が生み出す農業データは財産

 後継者不足に悩む日本の農業界では、突出した知恵や技を持つ篤農家(熟練農家)であっても、自らの経験や勘所を驚くほどオープンに話す傾向がある。「稲の成長に合わせて水田の水位をどのように変えていったらよいのか」「未熟な果実がどのような状態になったら、収穫の準備を始めるべきか」「害虫発生の予兆は何で探り、どう対処すればよいのか」といった、書物に書かれていない有益な情報を惜しげもなく教えてくれる。これは、地域の農業を盛り上げたいと思う気持ちや、自らの力を誰かに引き継ぎたいという思いによるものだろう。


 ところが近年、日本が開発したイチゴやマスカットの品種が海外に無断流出し、その栽培法も知られるようになった。「それによって損害を被った日本の農家は、独自の品種、栽培時の知恵や技が財産であることに改めて気づき、農家は知的財産の保護に対して、かなり神経質になってきました」と、農林水産省 食料産業局 知的財産課 課長補佐(知的財産調整班 担当)の中島明良氏はいう。同省は2017年6月、イチゴの品種が韓国に流出したことで、日本の輸出機会が奪われ、5年間で最大220億円の損失があったとする試算を公表した。

スマート農業成功の鍵はデータ活用の円滑化

 日本政府は、2018年6月に閣議決定した「未来都市戦略2018」に基づいて、スマート農業に欠かせない多様なデータを円滑にやり取りするための情報プラットフォーム「農業データ連携基盤(WAGRI)」を構築し、2019年4月から本格稼働させる。ここでは、気象や土壌の情報といった公共性の高い情報とともに、篤農家の知恵や技が潜むデータがやり取りされる可能性がある。データ駆動型産業となるこれからの農業では、いかに円滑に農業データをやり取りできるかが、産業振興や国際競争力醸成の鍵を握るともいえる。


 ところが、これまでは農業データの提供や利用に関する明確なルールがなかった。長年の経験に基づいて得た知恵や技は個人に帰着するもので、それを伝え教えるのは個人で判断できたからだ


 スマート農業では、農家の作業の様子や耕地の状態、栽培環境などについてのデータがIoTやドローン、ロボット農機などを通じて事細かに収集することになる。そして、そこからAIが学び、篤農家の知恵や技がICTシステムの機能にできるようになってくる。一度システム化すれば、その利用の拡散はデータを生み出した本人が制御できるものではなくなり、無断利用も出てくる可能性がある。この状態を放置していては、円滑な農業データのやり取りなど望むべくもなく、農業従事者によるデータ活用に際しての足かせとなる。

農業データのやり取りのルールを明確化

 スマート農業を実践する際には、多くの農業従事者や様々な業界の企業が関わることになる。そして、データをやり取りするための契約や規約への合意を明確にしておく必要が出てくるだろう。例えば農作業の様子をIoTデバイスや農機などで検知し、データ化する場合には、農業従事者と農機メーカーやICTベンダーの間で、データの提供と利用に際しての権利配分や利用範囲などを明確化した契約を結ぶことになる。また、WAGRIを通じて情報をやり取りする際にも、運営主体となる農研機構との間で規約に合意しておく必要が出てくる。さらに農機メーカーやICTベンダーが取得したデータから価値ある情報を抽出し、別の農業従事者に提供する際にも利用範囲などの明確化が欠かせない。


農業データのやり取りには、多くの農業従事者と企業の間で契約や規約の合意が必要になってくる
(出典:農業分野におけるデータ契約ガイドライン 第1回検討会での配布資料「農業分野におけるデータ契約ガイドライン検討会の趣旨等について」)

 こうした契約や規約の合意を、その都度決めていたのでは、データのやり取りが混乱・停滞してしまう。そこで、農林水産省は2018年12月、「農業分野におけるデータ契約ガイドライン」を策定した。データ利用に関する契約一般に幅広く適用する経済産業省が作成した「AI・データの利用に関する契約ガイドライン(データ編)」を基に、農業分野の特殊性の有無について分析し、盛り込むべき事項を検討したものだ。農林水産省が策定したガイドラインでは、農業データのやり取りに際しての契約を、「データ提供型」「データ創出型」「データ共用型」の3つの契約類型に分けて規定している。


農業データのやり取りに関わる契約を3つの類型に分類
(出典:農林水産省「農業分野におけるデータ契約ガイドライン」概要資料)

本記事は、日経BP総研とSansan株式会社が共同で企画・制作した記事です。
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