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Business 公開日: 2019.03.26

【農業技術革新:後編】小さく賢いロボット農機が台頭、自動化と精密化を推し進める

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篤農家(熟練農家)が持つ高度な知恵と技を継承し、きめ細かな作業ができる。そんな賢いロボット農機が、いよいよ“ホンモノ”になりつつある。

 日本での少子高齢化の影響は、「キツい」「汚い」「安定収入が得にくい」産業の典型とみなされてきた農業を直撃している。

日本の地方の市区町村では、農業従事者数が激減している。ただ、耕地面積で見ると、必ずしも農業事業者の減少と同じペースで減少しているわけではない。農地から宅地などに転用された耕地もあるものの、小さな農家がそれぞれに所有していた耕地が、地域の大規模農家に譲渡され、大きな耕地へとまとまるケースも多くあるからだ。

 農林水産省による「農林業センサス2015」によると、1995年時点では5ヘクタール以上のまとまった耕地の割合は34.2%だけだったが、2015年には57.9%と過半を占めるまでになった。この点をとらえて、農業の大規模経営がしやすい環境が出来上がりつつあると見ることもできる。しかし見方を変えると、数少ない従事者がより広大な耕地を扱わなければならない状況が生まれているとも言える。
 日本には、国際的競争力の高い農業を営む可能性を秘めた高度な技術を保有している。日本の篤農家は、長年蓄積してきた知恵と技によって、狭い耕地から質の高い作物を作り出してきた。ただし、少子高齢化の進展によって、こうした貴重な技術を引き継ぐ後継者がいないまま失われつつある。

篤農家の知恵と技をロボット農機が引き継ぐ

 作物を作る耕地もある、質の高い作物を作る農業技術もある。しかし、人手が決定的に足りない。これが日本の農業の現場の現状だ。

 IoTや人工知能(AI)など最先端のテクノロジーを活用することによって、篤農家が持つ“暗黙知”としての知恵と技を“形式知”に変えて営むスマート農業の実践に向けて技術開発が進められていることは前編で紹介した。ただし、農業でデータ活用がいくら進んでも、自然と対峙しながら生き物である作物を扱う産業であることに変わりはない。現場での農作業を行う労働力は必要だ。

 内閣府が進める戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「次世代農林水産業創造技術」では、こうした労働力不足を解消するための策として、ロボット農機の活用による農作業の自動化を目指している。

 テレビドラマ化された池井戸 潤氏の小説「下町ロケット ヤタガラス」では、日本の農業を窮状から救うため、準天頂衛星「ヤタガラス」に導かれて動く自動運転トラクターを開発する様子が描かれた。農作業を自動化する新しい農機は、新しい時代の到来を予感させるものだ。

 同小説で自動運転トラクター開発のキーマンとして登場した「野木教授」のモデルとなったSIPのプログラムディレクターを務める北海道大学 大学院農学研究院 副研究院長・教授の野口 伸氏は「農機の自動化技術は急激に進歩しています。人手不足の解消に役立つだけでなく、賢く精密な農作業による、高品質な作物の栽培を後押しする力も持ち始めています」という。現実の技術開発は小説で描かれたものよりもはるかに高度なレベルに達している。

無人作業システムの社会実装に向けた解決すべき課題

 日本政府は、官民対話での安倍晋三首相の指示に従って、ロボット農機の社会実装に向けた取り組みを進めている。全球測位衛星システム(GNSS)による精密測位技術を基にした農機の自動操縦技術を発展させて、2018年にロボット農機の商品化を実現。2020年には遠隔監視による無人作業システムを社会実装できるようにすることを目標としている。

 このうち2018年の目標は、ヤンマー、井関農機、クボタの3社から自動走行可能なトラクターが発売され、実現した。現在のロボット農機はトラクターだけだが、既にコンバインを商品化する計画があり、2、3年以内には田植機も登場する予定である。
日本の農機メーカーがロボット農機を続々と商品化 (出所:(左)ヤンマー、(中)井関農機、(右)久保田)
 ただし、2020年の実現を目指す遠隔監視による無人作業システムの実現には、いくつかの課題が残されている。現状のロボット農機には運用上の様々な制約が課せられているからだ。まず、全くの無人の状態で運用することが禁じられている。2019年3月時点では、カメラの映像を通じた遠隔監視も許されていない。自動運転する場合にも、安全に動いていることを人が近くで目視確認できる状態での運用が義務付けられている。このため、1台を有人運転し、作業しながら、もう1台の自動運転農機の動きを監視する、もしくは近くで人が草刈りをしている間に畑を耕すといった運用法で使うしかない。

 また、日本の田畑は、圃場が細かく区切られ、それぞれの間に農道が敷設されていることが多い。その農道が公道の場合には、道路交通法によって、無人のロボット農機が公道を横切って圃場間を移動することができないことになっている。このままでは、かなり使い勝手の悪いものになってしまう。こうした制度上の課題を解決するため、政府は制度を改善し、2020年までに遠隔監視や圃場間での移動を可能にする予定である。

 さらに、現時点ではロボット農機を無線で遠隔監視・操作する際に、2〜3秒の遅延がある。そのままでは、ロボット農機の前に人が飛び出てきても即座に対処できず、安全性を確保できない。この点は、2020年から日本で本格的な商用サービスが開始する第5世代移動体通信システム(5G)を使えば、無線通信に要する遅延を1ミリ秒以下にまで抑えることができる。このため、実用的な遠隔監視・操作が可能になる見込みだ。
2020年に無線による遠隔監視・操作が可能なロボット農機を実現 (出典:北海道大学 野口 伸氏の資料「スマート農業の今後の展望」)

日本の農業に適したロボット農機の姿を探求

 ただ単に無人で動くロボット農機を作るだけでなく、日本の農業の競争力を高めるため形状と機能を備えた新しいロボット農機の姿を探求する取り組みも進められている。その視点は、大きく二つある。一つは、多様な作業シーンに柔軟に対応するためのロボット農機の小型・軽量化とその群運用。もう一つは、日本の篤農家の知恵と技をロボット農機を使って実践するための作業の精密化である。

 前述したように、日本では廃業した農家が手放した耕地の統合が進み、農業事業者1軒当たりの作付面積が広くなりつつある。ただし、だからといって米国の大農場のような平坦で広大な耕地が出来上がっているわけではない。山間地の不定形の狭い土地でたくさん集まって、総面積では広くなっているだけなのだ。このため、海外の大農場で使われているような、作業効率は高いが取り回しの悪い大型農機を利用することはできない。
日本での利用シーンに合った取り回しがしやすく、柔軟な運用が可能な小型・軽量のロボット農機を目指す(出典:北海道大学 野口 伸氏の資料「スマート農業の今後の展望」)
 このため、ロボット農機を小型・軽量化し、複数台、協調運用することによって柔軟な運用ができるようにするための技術開発が進められている。田植えや稲刈りの風景を写した古い写真には、多くの人が“連”を作って柔軟かつ効率よく農作業をしている様子がよく見られる。これと同じことをそのままロボット農機に当てはめようとするものだ。

 実は、「小型・軽量の農機を複数台使うメリットは、日本の農業だけでなく、海外でも同様です」と野口氏はいう。理由は多々ある。大型農機は車両重量によって土壌を固めてしまい土の排水性を阻害する欠点があった。小型農機ならば、その懸念がなくなる。さらに、安全面や土地の形状や状態に応じた取り回しの容易さの面でも小型・軽量の方が優れている。電動化にも適しているため、環境にやさしい点も重要だ。このため、海外の農機メーカーでも開発が進められている。

 なぜ世界でこれまで小型・軽量のロボット農機が普及していなかったのか。それは、小型農機それぞれに運転手を乗せて運用するのが非効率的だったからだ。無人で作業するロボット農機の技術が確立できれば、小型・軽量のロボット農機のメリットが際立ってくる。日本で小型・軽量のロボット農機のニーズが、他国よりも早く顕在化することは、農機メーカーにとってはチャンスかもしれない。早期に競争力の高い技術を完成させれば、ロボット農機を世界に輸出することができるからだ。

田畑の作物の一株ごとに個体管理できる時代へ

 近年、ドローンを使ったピンポイントでの農作業を行う試みが進んできている。田畑の作物の生育状態や病害虫の被害分布を把握し、害虫が発生している場所だけに農薬を散布したり、生育が遅れているところだけに施肥するものだ。これまでは、農薬や肥料は、圃場全体に施すのが基本だったため、どうしても過剰な散布をしがちだった。このため、農薬や肥料の使用量も多く、さらに不要な部分にも散布することになるため、安全性の観点から、さらには栄養価の高い作物を作るという観点から課題となっていた。ドローンによるピンポイントでの農薬散布や施肥は、こうした課題を解決できる。

 ドローンだけでなく、地上で作業する小型・軽量ロボット農機をインテリジェント化することで、精密農業が実現する可能性が出てきている。準天頂衛星「みちびき」を使えば、ロボット農機の位置を6cm以内の誤差で特定することが可能になる。併せてセンサーを使って作物の位置などを特定すれば、「個々の株の生育状態に応じた篤農家にも勝るきめ細かな個体管理をすることも夢ではなくなります」と野口氏はいう。
ロボット農機をインテリジェント化して精密農業を実現(出典:北海道大学 野口 伸氏の資料「スマート農業の今後の展望」)
 既に、生育状態や土壌に合わせてピンポイントで耕うんや種まき、除草、施肥、成熟した株だけを選んだ収穫などを行う技術の開発が進んでいる。例えば除草する場合、作物を避けて雑草だけを刈り取る、または雑草の成長点を見定めてレーザーで焼いて成長を止めるといった技術の利用が検討されている。さらに、夜間に畑を巡回して、作物の成長の様子を3Dモデル化し、作業計画を立てるために利用するといったアイデアも試されている。自動車の自動運転技術では、クルマ周辺の様子を3Dモデル化して安全な走行ラインを導き出している。その要素技術を、農業での精度の高い個体管理に応用することができる。

農機の保有から農作業支援サービスの利用へ

 クルマの世界では、自動運転車の登場によって、クルマを個人が所有する商品から、移動をサービスとして提供する「Mobility as a Service(MaaS)」と呼ばれる新しいビジネスモデルの普及に注目が集まっている。同様の動きが、農作業に関連した分野でも起きる可能性がある。

 精密な農作業をこなす高度な機能を備えたロボット農機は、たとえ小型化が進んでも個人が所有するには高価なものになるだろう。特に多くの台数を一度に運用するとなればなおさらだ。MaaSと同様に、多くの農業事業者がロボット農機をシェアしたり、農機メーカーが農作業をサービスとして提供したりするようなビジネスモデルの可能性が検討されてきている。「Farm work as a Service(FaaS)」と呼べるようなサービスである。

 FaaSとその実現手段としてのロボット農機の整合性はすこぶる高い。ロボット農機は、24時間365日稼働させることができる。さらに日本列島は南北に長いため、特定の農作業を行うべき季節の移り変わりの時間差が大きい。こうした点を活用すれば、ロボット農機を高い稼働率で活用できることだろう。そして、最先端のロボット農機を活用したスマート農業が、低コストで実践できる可能性がある。日本中の耕地で、数多くのロボット農機が、人知れず篤農家のようなきめ細かい作業を行う。そんな未来は、それほど遠くない。


伊藤元昭


本記事は、日経BP総研とSansan株式会社が共同で企画・制作した記事です。
© 2019 Nikkei Business Publications, Inc. / Sansan, Inc.

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