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Business 公開日: 2019.04.18

「社会変革は課題起点で」、グローバルの課題を可視化するHello Tomorrow

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世界規模の社会課題に目を向ける。そこから生まれる大きなイノベーションに注目が集まっている。

 大企業かスタートアップ企業かを問わず、新事業開発の現場では、新しい技術を進化させ適用を試みる技術起点のアプローチではなく、「社会の課題を見つけ、適切な技術を対応させて解決を図る」という課題起点のアプローチが広がりつつある。

 毎年1月に米国ラスベガスで行われる消費者向け技術のイベントCESでは、今年初めて回復力を意味する「Resilience」がテーマに上がった。世界各地で猛威を振るう自然災害はそもそも制御不能、そして年々複雑化・巧妙化するサイバーテロは完全に抑え込むことが難しい。CESが示したResilienceは、そうした災害が存在することを前提とし、災害が生じた時に被害を最小限に抑えるための技術、あるいはそこからいち早く立ち直るための技術にスポットライトを当てようというものだ。

 世界規模の課題に目を向けようという動きは、社会の持続性に向けた取り組みSDGs(Sustainable Development Goals)の世界的な広がりとも連動する。

 また、毎年3月に米国オースティンで行われるテクノロジーとアートの交流イベントSXSWのような著名人が集まるグローバルイベントでは、技術開発の進展は本当に社会や人々の幸せにしているのだろうか、といった議論も盛んになっている。

 半導体の進化ペースを示す「ムーアの法則」に従って、コンピュータが民主化されたことに代表されるように、技術の進化は社会の進化と繁栄につながる――テクノロジーに関わる多くの人が、こう信じて疑わず、各方面に最新技術の適用を進めてきた。そうした技術進化や適用に疑問を投げかける動きは、これまでにはないものだ。

80カ国から参加者、世界中の課題が見えるイベント

 SXSWとほぼ同じ時期にフランス・パリで開発された「Hello Tomorrow Global Summit」は、世界各地の社会課題とその解決策を見ることができる場の1つである。イベント参加人数は3000人ほどとそれほど大きな規模ではないが、参加者の出身国は80カ国に上る。科学的に裏付けられた解決策に焦点を当てていることから、300人の博士課程の学生やポスドク、200人の科学者が参加するという点でもユニークなイベントだ。こうした研究者・科学者たちと、投資家や事業会社の事業担当者が顔を合わせる貴重な機会でもある。

 社会課題を浮き彫りにするHello Tomorrow Global Summitにおいて象徴的な活動が、世界各地の研究者・科学者らによるスタートアップ企業が参加するコンテスト「Hello Tomorrow Global Challenge」である。全世界で応募があった4500社のうち80社に対して、パリでの最終発表の機会を与えられた。

 そしてイベント期間中、「データとAI」「インダストリー4.0」「デジタルヘルス」など12領域ごとに開催された予選を勝ち上がった12社が最終日に1分間のピッチを行い、最優秀企業を選出する。その多くが、世界規模あるいは地域特有の社会課題を示し、科学的なアプローチによって解決を図ろうとしている。
予選を勝ち抜いた12社による1分間のピッチ
 今回のGlobal Challengeで優勝したのは、ウェルビーイング(Wellbeing)部門を勝ち上がったナイジェリアのRxALL。同社が開発した携帯型のスキャナー「RxScanner I」を用いて、薬の品質を判別する。開発チームは、米国イェール大学の出身者たちだ。同社の創業者でCEO(最高経営責任者)を務めるAdebayo Alonge氏は「年間100万人もの人たちが、フェイクドラッグ(偽造薬)で命を落としている。我々のソリューションは、薬の正誤を簡単に見分けることにより、そうした人たちの命を救うものだ」という。
優勝したのはナイジェリアのRxALL
 RxALLには、賞金として10万ユーロ、そして派手な演出のもとで多くの称賛が贈られる。コンテストの聴衆の多くは、投資家や企業の事業開発担当者。それぞれが持つ技術や資金、人的リソースを投下して、スタートアップ企業の支援を図る。
同社のほか、11分野を勝ち抜いたのは以下の企業である。

・Aeronautics
Bound4blue(スペイン):燃料消費量と環境への影響を減少させる、海洋業界向けウィングセイル(キャンバーを動かすことができる空気力学構造)システム

・Global Health
X-Therma(米国):機能細胞・組織・臓器向け再生医療技術

・Data & AI
Insightness(スイス):コンピュータビジョン技術により、ドローンの衝突回避ソリューション

・Food, Agriculture & Environment
Faura Photonics(デンマーク):センサーによって昆虫の所在を可視することで、害虫駆除や生物の多様性を維持するツール

・New Mobility
NiveauUP(台湾):リチウムイオン電池向けの急速充電技術

・Wellbeing
Ilya Pharma(スウェーデン):皮膚や粘膜を治療するための生物製剤

・New Space
Atomos Nuclear and Space(米国):再利用可能で高出力の電気駆動宇宙船による軌道資産管理および輸送サービス

・Industry 4.0
EchoRing(ドイツ):無線通信に「トークンリング」の考えを持ち込み、信頼性を担保する工場向けネットワーク

・New Materials
Soundskrit(カナダ):音声認識率を向上させるマイク素材

・Energy
Coreshell(米国):リチウムイオン電池における電極の不安定性を解決する薄膜コーティング技術

・Industrial Biotech
Dust BioSolutions(ドイツ):バクテリアの働きによって、炭鉱内の粉塵を固化する技術
 Global Summitではコンテストのほか、テーマ別の基調講演やパネルディスカッション、調査報告、企業による開発品展示といった学びや交流の機会が用意される。いずれでも、世界中の研究者や科学者らが取り組んでいる社会課題を知る機会が得られる。

 基調講演には、各テーマにおける著名人やスタートアップ企業の代表が講演した。例えば、食と農業の基調講演に立った米Trace Genomics創業者でCEOを務めるDiane Wu氏は、2050年に世界の人口が100億人に達することを想定し、食糧生産の効率をさらに高める必要性を訴えた。同社のソリューションは、農地の土壌の成分を分析することにより、農地の状態を可視化し、生産性を高めるためのコンサルテーションをするというものである。
基調講演に立ったTrace GenomicsのDiane Wu氏
 また、ゲノム編集をテーマとした講演には、ハーバード大学教授を務め、遺伝学者として著名なジョージ・チャーチ氏がNASA出身のコンピュータ・サイエンティストと共に登壇、ゲノム編集に慎重派、積極派という立場に立って議論した。ゲノム編集については、中国人研究者が2018年11月、編集を施した双子の赤ちゃんが生まれたことを学会発表、話題になったばかり。そうした話題性もあり、特に多くの来場者の関心を集めていた。
Hello Tomorrow Global Summitの講演に招かれたハーバード大学教授のジョージ・チャーチ氏(左から2番め)
 別のセッションでは、主催者Hello Tomorrowと、協賛者のボストン・コンサルティング・グループ(BCG)が、世界的に影響力を発揮できる破壊的な技術「Deep Tech」領域における調査報告を共同発表した。両者による調査では、全世界のDeep Tech企業8700社をピックアップし、国別や分野別に整理したものである。この国別ランキングで日本は5位につける。

 一方で2019年1月、CESを主催するCTA(Consumer Technology Association)が2019年1月に発表した国際イノベーション・スコアカードでは、日本は31位にとどまっている。同調査では、起業しやすさやダイバーシティ、ユニコーン(評価額10億ドル以上の未上場スタートアップ企業)の輩出実績、通信・交通・住居インフラの整備状況などを総合的に評価し、順位づけしたものである。日本のスコア内訳をみると、研究開発や人材への評価が高い一方、税制やライドシェアなどの領域で劣っている。

 両方のランキングをみると、日本は研究開発分野の取り組み自体には強みを持つ一方、それを事業の種として大きく育てる環境に課題があることが分かる。CESやHello Tomorrow Global Summitのようなグローバルイベントは、こうした「外の目」を通じた日本の位置付を知る機会でもある。


菊池 隆裕=日経BP総研


本記事は、日経BP総研とSansan株式会社が共同で企画・制作した記事です。
© 2019 Nikkei Business Publications, Inc. / Sansan, Inc.

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