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Business 公開日: 2019.04.24

【若田光一が対談、宇宙利活用の旅】宇宙空間での結晶化が医療を加速する

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ペプチドリーム舛屋圭一氏と対談。創薬につながる、宇宙におけるタンパク質結晶生成実験とは?

 地球近傍軌道(地球低軌道)を民間企業や、研究機関が使うことで、何ができるのか。どのようなイノベーションにつながるのか。宇宙航空研究開発機構(JAXA)理事・有人宇宙技術部門長で、宇宙飛行士の若田光一氏が、外部識者たちとの対談で探る。

 今回はその第4弾。創薬企業として世界から注目されているペプチドリームの副社長である舛屋圭一氏と、国際宇宙ステーションの「きぼう」を活用した高品質タンパク質結晶生成実験について議論した。

人間の生命活動を支えるタンパク質

若田 ペプチドリームが現在取り組んでいる事業について教えてください。

舛屋 私たちは創薬系バイオベンチャー企業ですが、一般的な製薬会社ではなく創薬のためのリサーチに特化しています。

 通常、製薬会社といえば薬を作るだけでなく、臨床試験なども自前で行います。その後、新薬の承認申請から製造にまで関わり、さらにはマーケティング、MR(メディカル・レプリゼンタティブ:営業担当者)による病院への売り込みまで、薬品の開発・製造・販売のすべてを手がけています。

 これに対して、ペプチドリームは医薬品の候補化合物を作る以外の機能は持っていません。企業や研究機関・アカデミアと共同で医薬品等の研究開発を行っています。

若田 そもそも、タンパク質は医薬品にどのように関係してくるのでしょうか。
舛屋 タンパク質は私たちの生命活動を支える重要な分子です。遺伝子の複製や免疫システム、酸素の運搬、食べ物の消化・吸収、体の働きを調整するホルモンなど、生きていく上で必要な活動のほとんどがタンパク質によってなされています。

 タンパク質の形(構造)と働き(機能)には密接な関係があります。タンパク質の構造が詳しく分かれば機能を推測でき、その機能の働きを促進させたり阻害したりする化合物を設計することが可能になります。医薬品の多くは、こうしたタンパク質の機能を調整して効果を発揮させます。そのため、病気の原因となるタンパク質の構造を調べることは、新しい薬を作り出す上で欠かせない作業といえます。

 医薬品は、分子量の大きさによってカテゴリーが分かれます。分子量の小さい低分子医薬品は飲み薬など、分子量の大きい高分子医薬品は免疫システムのようなバイオ医薬品などに使われてきました。それぞれに長所短所があるのですが、私たちはその中間のカテゴリーに位置するペプチドという物質をベースに、「薬の種」になる物質を創り出し、それを薬に仕上げて臨床試験を実施する事業者に渡します。

 ペプチドはアミノ酸がつながって構成されている物質ですが、つながっているアミノ酸の数が増え、ある長さを超えるとタンパク質と呼ばれます。すなわち、ペプチドとタンパク質は分子量がちがうだけで、基本的には同じ物質であるといえます。

若田 ペプチドリームのようなビジネスモデルは、世界的に見ても特殊なのですか。

舛屋 創薬ベンチャーの場合、大抵は1、2個の種から薬を仕上げたり、大きな製薬企業とパートナーシップを組んで臨床試験まで実施するようなビジネスモデルになっています。

 これに対して、ペプチドリームは薬の種を見つける独自の技術を持っていて、100種類近い創薬のプロジェクトが並行して走っているようなビジネスモデルになっています。

 このように、薬の種を一から見つけられる仕組みを持っている企業は少ないと思います。

なぜ宇宙で高品質タンパク質結晶の生成を行うのか

若田 JAXAは10年前から、「きぼう」を利用した微小重力下での結晶化実験を推進してきました。ペプチドリームは、2016年からJAXAと高品質タンパク質結晶生成実験の有償利用契約を締結し、宇宙実験機会を利用していますが、なぜ宇宙空間での結晶生成が創薬に関係してくるのでしょうか。

舛屋 ペプチドに限らず、低分子医薬品であっても、医薬品のターゲットとなる、疾病に関係のあるタンパク質の構造を知ることは創薬には非常に重要です。日本には以前、「タンパク3000」(2002年~2006年)という文部科学省の国家プロジェクトがありました。3000種類のタンパク質を解析しようという事業で、その中から、疾病に関係のあるタンパク質などが見つかってきました。このように、あるタンパク質の構造を詳しく知ることは、薬を仕上げていく上で重要な一歩になります。

 とはいえ、タンパク質の分子は10nm以下の大きさなので、顕微鏡で観察してもなかなか詳しい形は分かりません。そこで、タンパク質を結晶にするのです。タンパク質はさまざまな条件を整えると結晶になるのですが、結晶の中ではタンパク質の分子が一つひとつ規則正しく並んでいます。この結晶をX線結晶構造解析して、タンパク質分子の構造を視覚化するのです。

 それなら地上でも同じだと思うかもしれませんが、地上で高品質なタンパク質の結晶を生成するのは簡単ではありません。どうしても重力の影響を受け、タンパク質の並びに乱れが生じてしまうためです。そうなると、X線を当てても、タンパク質の構造がクリアには分からない。特に私たちは、創り出した薬の種が、ターゲットタンパク質とどのように結合し、作用しているのかに興味があります。以前はその詳細がわからないまま、まるで目をつぶったままで創薬を進めていました。研究者が一生懸命考えて予想を立て、何年もかけて薬を仕上げていました。

若田 「きぼう」で実験を行うことで、重力の影響を抑えられ、高品質なタンパク質結晶が得られるわけですね。

舛屋 それ以外にも、結晶化の技術はさまざまな形で進歩しているので、10年前にやれなかったことが今ならできるようになりました。10年前にはターゲットにできなかったタンパク質を、今ならターゲットにできる時代になったのです。

若田 タンパク質と化合物の共結晶の構造解析は、スーパーコンピュータでもシミュレーションできないのでしょうか。

舛屋 弊社では、インシリコ(コンピュータによる計算)にも力を入れています。現在、東京工業大学とアライアンスを組み、「TSUBAME」というスーパーコンピュータを使って計算させています。とはいえ、コンピュータによるタンパク質と化合物の共結晶の構造解析は現状ではまだまだ難しい状況です。スーパーコンピュータの京をフルスペックで回し続けても、1つのタンパク質と化合物の共結晶の構造を計算するには数カ月から数年はかかってしまうレベルです。量子コンピュータを使ったとしても、数週間くらいのレベルになるでしょう。

 京のようなスーパーコンピュータを数カ月も回し続けると、電気代が膨大になります。その結果、インシリコの解析は「きぼう」を活用した結晶化よりもコストがかかってしまいます。

 コンピュータのスピードが今よりも100倍くらい速くなり、かつ電気代も何十分の1という時代がくれば、シミュレーションでタンパク質と化合物の共結晶の構造解析をやってみようかと考えるかもしれません。インシリコなら、手間をかけずに計算ができますから。

 ただ、インシリコによる構造解析はあくまでもバーチャルなので、できることが限られています。結局、現在集まっているデータを見る限りでは、物理的に結晶化した結果とインシリコでシミュレーションした結果は同じにはなりません。やはり物理的に結晶化した方が正確です。

 恐らく、まだ数十年間はインシリコが結晶化に置き換わることはないと思っています。それは、人工知能(AI)を使っても難しいと思います。

若田 物理的な結晶生成がいかに重要かということですね。そういう意味では、やはり重力の影響を受けない環境での結晶化はこれからも必要なのですね。

舛屋 この事業は、今後も拡大するべきだと思います。われわれにとっては、他に代替手段がありません。地上で重力の影響を限りなく受けない実験施設が、いつでも利用できるようになれば別ですが、今のところそれは難しいと思うので、将来的にも宇宙での結晶化機会を利用したいと思っています。

打ち上げ前から帰還後までの実験のパッケージ化がJAXAの強み

若田 ペプチドリームがトライアルユースでお試し実験を利用し、その後JAXAと戦略的なパートナーシップを組ませていただいたのが2017年の6月でした。その段階で、取り扱う試料数も従来の6倍に増えましたね。

舛屋 JAXAによる微小重力下での結晶化実験が有償化されたことを知った時、これは活用するしかないと思いました。それで、まず試験的に活用させていただいたらうまく結晶が生成できたので、そこから一緒にやりましょうということになりました。

 今後も引き続き「きぼう」を活用させていただきたいと思っています。今使っている実験の枠も、可能ならば増やしていきたいです。

若田 「きぼう」も今年で利用が始まってから10年目にあたりますが、日本は毛利 衛宇宙飛行士が宇宙に行った1992年からタンパク質を使った結晶化の実験をやっています。

 微小重力下では地上よりも高品質な結晶ができやすいと言われていましたが、この10年で分かってきたのは、単にタンパク質を宇宙に持って行っても、そのまま良質で高品質な結晶ができるわけではないということです。地上での準備や支援、それができることがJAXAの強みです。そのノウハウをパッケージ化した宇宙実験、さらに、宇宙から戻ってきてからの解析などをパッケージ化できる点で、日本は欧米やロシアなどに比べてリードしていると思っています。

後編につづく)


元田 光一
(撮影:黒田菜月)


本記事は、日経BP総研とSansan株式会社が共同で企画・制作した記事です。
© 2019 Nikkei Business Publications, Inc. / Sansan, Inc.

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