前編からのつづき)


 地球近傍軌道(地球低軌道)を民間企業や、研究機関が使うことで、何ができるのか。どのようなイノベーションにつながるのか。宇宙航空研究開発機構(JAXA)理事・有人宇宙技術部門長で、宇宙飛行士の若田光一氏が、外部識者たちとの対談で探る。


 第4弾前編では、創薬企業として世界から注目されているペプチドリームの副社長である舛屋圭一氏に、国際宇宙ステーションの「きぼう」を活用した高品質タンパク質結晶生成実験について聞いた。後編では、この実験が創薬に与える影響のほか、研究者の育成について議論する。

「きぼう」活用によるタンパク質結晶化実験の成果

若田 ペプチドリームは2017年からこれまでに、実際に「きぼう」での結晶化実験を利用されてどのような成果を得ていますか。


舛屋 地上での結晶化ではうまくいかなくても、同じ条件でもう一度「きぼう」で結晶化実験を行うと、いい結晶がとれることがあります。とはいえ、地上で結晶化できなかったものを宇宙に打ち上げるのは、結構勇気が要ります。コストもかかりますし、「きぼう」での結晶化実験がすべてうまくいったわけではありませんから。


 宇宙なら地上よりもいい結晶がとれるという実感はありますが、地上での結晶化実験を進めながら慎重に判断した上で、「きぼう」での結晶化実験にトライすべきだと感じています。


 結晶化は、タンパク質をどのように用意するかというところから始まります。まず、結晶化すべきタンパク質をどういう実験系で作ったのか、どれくらいの純度なのかなどを調べます。そして、いろいろな実験系でタンパク質を用意して、結晶化にトライします。フレキシビリティや機動力も必要です。


若田 実際に医療の分野では、「きぼう」を活用した事例にさまざまな分野の企業が注目しています。そういった企業に対して、何か結晶化に成功した具体例を紹介していただけますか。


舛屋 最初に「きぼう」を使って結晶化に成功した事例は、がん治療をターゲットにしたものでした。メインターゲットは乳がんです。HER2という、乳がん患者に見られるタンパク質に、私たちの作った小さい医薬品候補化合物(特殊環状ペプチド)がしっかりと食いついていたのですが、そのようなX線結晶構造解析の画像を見たのは初めてでした。今は実際に、乳がんに対する薬作りが着々と進行しています。


 ペプチドを使ったがん治療には、いろんな展開があります。例えば、あるタンパク質に特異的に結合するペプチドを使って、がんの抗体をがん細胞に運ぶ薬が考えられます。他にも、ペプチドに放射性物質を運ばせてがん細胞の周りに集め、その放射性物質を目がけてレーザーを照射すれば、とても狭い範囲にレーザーを照射でき、がん細胞だけを殺すことができます。レーザー治療は昔からありますが、これまでは正常な細胞までも殺していました。ペプチドを使えば、レーザー治療を補助する薬も作れるのです。


若田 宇宙で高品質なタンパク質の結晶化を成功させることが、今後の創薬にどのような影響を与えるのでしょうか。


舛屋 例えばがんの創薬では、薬の種を発見してから市場に流れるまでに10年以上かかると言われています。「きぼう」の活用によって、宇宙で高品質な結晶がとれるようになり、タンパク質の構造が視覚化されることで、このフェーズが大きく短縮されます。現状の半分くらいの時間で市場に出て行くことがあるかもしれません。


 創薬のコスト面からも、重要な意味を持ちます。ブラインドの状態で薬の種を研究すると、私のようなケミスト(化学者)が、5人から10人ほどのチームを組んでプロジェクトを進めます。それが、タンパク質構造の視覚化によって大幅に人員削減ができ、その分の研究者を別の研究に充てられます。


本記事は、日経BP総研とSansan株式会社が共同で企画・制作した記事です。
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