アパレルは原材料の製造、服づくりなどの生産、そして小売りにまで至る、広大な産業だ。私たちが毎日身につける服やバッグは、ブランドによる商品の企画・開発、素材の吟味、職人や機械による生産を経て、店頭に並ぶ。


 一見華やかな世界に見えるファッション業界だが、デジタルテクノロジーの導入には消極的で、新しいプレゼンテーションの開発やビジネスの効率化を図ってこなかった業界でもあった。というのも、「ラグジュアリーブランド」と呼ばれる最高峰のブランド群は、無上の価値として2つの要素を設定し、自らの影響力を拡大させてきたからだ。

ラグジュアリーブランドを支える2つの価値

 その一つが「手仕事」である。ラグジュアリーブランドは、一品一品を職人が手仕事で仕上げることに大きな価値があると考え、最も重要視している。このため、生産の現場に製造ロボットなどのデジタルテクノロジーを介入させる余地があまりなかったといえる。言い換えるなら、「大量生産」と「ラグジュアリー」は相容れないコンセプトなのだ。商品を芸術作品のように作り上げる職人が尊敬され、そんな職人を庇護しながら長年経営を続けているブランドが尊敬を集める。「王の宝石商で、宝石商の王」と讃えられるカルティエは、だから本社工房をパリ中心部の超一等地に構えている。日本でいえば、銀座のど真ん中に工房を構えている、というイメージだろうか。それほど職人を厚く遇し、手仕事にこだわっているのである。


 もう一つの価値は「時間」である。ブランドが歴史を積み重ね、長い時を過ごしてきたということは、それだけ長期にわたって支持されてきたことの証明である。その時間はカネでは買えない。「伝統」を重要視するラグジュアリーブランドが多いのは、時間だけは他ブランドが真似できないものだからだ。


 このように、ファッションブランドは「どのような世情であろうとも、これだけは絶対に変えない」という価値観を持っている。これはビジョンや理念と言い換えてもいい。


 そんなファッション業界でも、変えてはいけない価値を据え置いたまま、変えるべきところは変えていこう、それもデジタルテクノロジーを使ってより早く変化していこうという機運が生まれた。その先駆者といえるのがバーバリーだ。

業界の常識を打ち破ったバーバリー

 英国ファッション協議会が2010年2月に開催したロンドン・ファッション・ウィークでは、業界として初めてランウェイショーのライブストリーミングが全面導入された。


 従来のファッションショーは、ごく限られたメンバーのみを招待して開催されていた。一番前の見やすい席には、モード業界に大きな影響力を持つファッション誌の編集長やハリウッドの大スターが座り、その後ろには各誌のファッション担当者や著名スタイリストが座り、と序列がしっかり決まっている世界で、一般の人はショーの開催から2カ月ほど後、雑誌に載ったレポートでその内容を知るという流れだった。ファッションサークルに所属し、そのヒエラルキーの頂点に近い人だけが特権的に体験できる場が、ランウェイショーだったといえる。


 そんな世界を私たちに開放/解放したのが、ライブストリーミングというデジタルテクノロジーだった。ライブ動画はソーシャルメディアでも盛んに宣伝され、ランウェイショーはファンもリアルタイムで最新コレクションを鑑賞できる場に生まれ変わった。それを世界で初めて実現したのがバーバリーである。


 当時のバーバリーはアンジェラ・アーレンツCEOが率いていた。アーレンツは2014年にアップルへと移籍し、小売り担当の上級副社長に就任。リアル世界の実店舗とデジタル世界のECサイトの両方の「Apple Store」を統括する幹部として、現在も大いに活躍している。


 彼女の後を受けてCEOに就任したのは、チーフ・クリエイティブ・オフィサーも務めていたクリストファー・ベイリーだった。ファッションデザイナーのトップでありながら経営の舵取りも任されたベイリーは、アーレンツが始めたデジタルテクノロジーの活用をより強力に推進した。


本記事は、日経BP総研とSansan株式会社が共同で企画・制作した記事です。
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