私たちの生活は、デジタルテクノロジーの存在を前提として成り立っている。スマートフォンだけで様々な問題を解決できるようになったことで、ネットとリアルの境目がますます薄くなり、不自由な思いをすることが確実に減ったように感じている。いわば、ボーダーレスなコミュニケーションの世界が、モバイルによって現実になろうとしているといえよう。


 しかし、今年に入って突如勃発した米国発の貿易戦争は、ボーダーレスの理想とはほど遠い。そのど真ん中にいるのが「iPhone」だと、筆者は見ている。

iPhoneをアメリカで生産せよ!

 年間2億1000万台の販売台数、価格は世界最高クラス──。AppleのiPhoneを一言で述べるなら、こんな風に表現できるだろう。


 近年は9月に新モデルが発売されるサイクルとなっており、世界経済の一部分がそのスケジュールを意識して動く側面すらある。部品メーカーは、新モデルが発売される2年以上前から受注合戦を展開する。他社は9月中旬に新製品の発表を控えるようにさえなった。Appleの都合を見極めなければ、流通や販売面で支障が出てしまうからだ。消費者でさえ、9月に訪れる10万円近い出費を見据えて財布のひもを締めるようになった。


 スティーブ・ジョブズがCEOを務めていた時代、生産から在庫管理、さらには流通に至るまでのサプライチェーンをまとめあげたのが、現在のCEOであるティム・クックだ。「カリフォルニアでデザイン(設計)」し、「中国などで製造する」というモデルを作り出したのはオペレーションの天才、ティム・クックなのだ。


 Appleのビジネスは、針に糸を通すような緻密なサプライチェーンによって構築されている。そんな同社のビジネスを外側から揺さぶっているのが、ドナルド・トランプ大統領だ。なにせ、選挙期間中から「iPhoneを米国で生産させることは、製造業の米国回帰の象徴になる」という発言を繰り返しているのだから。



 減税、移民問題、環境規制の撤廃、朝鮮半島への関与の希薄化と、トランプ政権が次々に打ち出した政策の多くは選挙戦でも語られていたことだ。それらの公約を次々と実現させていることから、トランプ大統領は「政治家らしくない政治家」とさえ言われる。もちろんこれには、政治家は有言実行であることが少ないという皮肉が込められているのだが。

米国産iPhoneは、現実的ではない?

 iPhoneの米国生産はこれまでも様々な予測が立てられてきたが、その多くは実現に懐疑的なものである。米国生産の体制を整えるためには5年以上が必要で、労働力の確保も現実的ではなく、実現できたとしてもiPhoneのコストは100〜200ドルも上がると考えられている。


 また新たに工場を建設する場合、ロボットを大量に採用して労働力を抑えることも考えられる。人の雇用が思ったよりも増えない可能性が指摘されているのだ。


 それでもトランプ大統領は「米国製iPhone」というわかりやすいキーワードを簡単には捨てないかもしれない。貿易戦争に巻き込まれた様子を指して、「だからアメリカで作れと言っているだろう」と主張の正しさを強調するかもしれない。



 そんなトランプ大統領に納得してもらうため、Appleは前向きな取り組みも見せている。一例として挙げられるのが、米国の先端製造業向けに設立した投資ファンドである。このファンドはこれまでに、iPhoneのカバーガラスを製造するCorning、顔認証を実現するFinisarなど、iPhoneを構成する主要技術に投資してきた。当初は10億ドルだったファンドは、トランプ政権による法人税の減税に応えるように50億ドルへと増額してもいる。


 また、Foxconnがウィスコンシン州に建てる次世代ディスプレイ工場の製品は、将来的にiPhoneへの採用を見込んでいる。Foxconnは中国でiPhoneを組み立てている企業として知られており、iPhoneとの結びつきを想像しやすい。有機ELディスプレイからマイクロLEDへの技術転換を機に、米国産ディスプレイの採用へと移行しようという動きがある。有機ELディスプレイのほとんどは韓国企業によって製造されていることから、AppleはマイクロLEDの技術企業を買収して、Apple Watchの小さなディスプレイを手始めに、その転換を図るのではないかと見られている。


 投資ファンドの創設、米国製造業への投資、主要部品での米国製品の採用を通じて、トランプ政権とそれを支持する有権者に対して、米国企業としてのAppleが果たす責任をアピールしながら、同社のビジネスへの障害や求められる変化を最小限に抑えようとしていることが見てとれる。


本記事は、日経BP総研とSansan株式会社が共同で企画・制作した記事です。
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