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Features Business 公開日:2019.03.04

「利用者がまだ体験したことのないサービス」を目指す、ITと交通をつなぐWILLERの挑戦

ITと交通の両事業を手がけるWILLER。彼らが見据えるMaaS像とは。

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 ITマーケティング事業と同時に、高速バスや鉄道など運輸事業を手がけるWILLER。交通にマーケティング思考を取り入れた多様なサービス提供が人気で、注目度が高まっている企業だ。そんな同社が2018年秋、北海道でMaaSの実証実験として「ひがし北海道ネイチャーパス」を実施し、新たなMaaSプレーヤーとして注目を集めた。

 ネイチャーパスの第2弾や、京都丹後鉄道沿線でのMaaS実証実験など、さらなる取り組みも進行中。MaaS事業に積極的な姿勢を見せる同社代表取締役の村瀨茂高氏は、MaaSがもたらすインパクトについて、こう話す。

「MaaSは、100年に一度の交通革命を起こすといわれています。これまでの100年は、安全・安心・定時・速達など、交通インフラとしての整備が発展の主軸でした。WILLER視点でいうと、直近の15年で、ユーザーにとっての満足度や魅力を高めるためのマーケティング要素をインフラにプラスしてきたわけです。

 これからの100年は、交通がインフラからサービスそのものに変わっていく時代。MaaSが社会に実装されれば、交通を通じて様々な産業が複合化していきます。つまり、交通は交通の概念を超え、優しく豊かな社会を実現する仕組みそのものとなっていくはずです」

 利用者が交通サービスに求めることも、次第に変わっていくかもしれない。利用者はバスやタクシー、電車といった乗り物を、それぞれの付加価値を含めて選ぶことになる。観光シーンで時間はかかってもいいから風景を楽しみたい場合には電車を選ぶとか、生活シーンでは子連れでも利用しやすいバスを選ぶといった具合に、乗り物に価値をレーティングし、最終的にはそれが利用者の自分らしい生活や豊かさにつなげていくことができるのだ。

 実はWILLERは、MaaSの概念が日本に導入される15年も前からこのシステムに相当する構想を持っていた。10年ほど前に交通データの収集を開始。現在では、バス会社93社とすべてのフェリー会社のシステムを共有・管理している。

 そうした経験のなかで同社は、ITと運輸の間に存在する言葉の違いを体感してきた。この2者を主軸に成り立つMaaSでは、そこを仲介できるプレーヤーが欠かせない。そこでWILLERが、これまでのノウハウを生かし、感覚の差を埋めていこうというわけだ。

「IT側の人々は、こんなサービスが可能なのに、なぜやらないのか?と言います。一方で、交通側は人の命を預かるのだから慎重にやるべきだと言う。その思惑や言葉のずれを埋めるコミュニケーター的な存在が必要。それがWILLERの役割だと考えています」(村瀬氏)

WILLERが掲げる「観光MaaS」と「生活MaaS」

 実証実験をはじめ、同社のMaaSへの取り組みは、現在観光客を増やす目的の「観光MaaS」と、地域住民の交通を活性化していく「生活MaaS」の2つに大別 できる。実際には観光と生活の交通手段も最終的につながるものだが、実証実験では分けて進めている。

 具体的に言うと、2018年に実施した「ひがし北海道ネイチャーパス」は「観光MaaS」の取り組みだ。これは、ひがし北海道で廃線リストに入っていたJR釧網本線と地域の路線バスという公共交通を利用した観光体験を提供するサービス。JR釧路駅から網走駅までを結ぶJR釧網本線の「フリーパス」と、世界遺産の知床エリアをめぐれる「知床探検バス」、摩周湖エリアの観光スポットをめぐる「弟子屈えこパスポート」がセットになっている。

 そもそも、東北海道は、世界レベルの観光資源がありながら、公共交通で回れる仕組みがない。このため団体バスツアーかレンタカーを利用するしかなかった。釧網本線が走る9市町村では、どうすれば同線を地域観光に生かせるのかが大きな課題としてあり、釧網本線活性協議会も設けられていた。

 MaaSを導入して、この素晴らしい観光資源を公共交通で自由に見に行けるようになれば、様々なニーズのユーザーを取り込んで、周遊観光もできるようになり、地域の活性化につながる――。村瀬氏はこう考えた。

「釧網本線が廃線になれば、地域住民の自家用車以外の移動手段がなくなってしまう。地域観光で釧網本線が生かされ、さらに地域活性が起これば、自治体も地域住民も助けられる。東北海道エリアは、MaaS導入の社会課題としての目的が明確だった」

 一方、地域住民の交通を活性化していく「生活MaaS」では、WILLERグループが所有する京都丹後鉄道沿線の特定エリアにて実証実験を実施予定している。京都丹後鉄道は、乗車人員の減少により維持が難しくなっていた路線で、駅からの2次交通もなく、沿線住民はマイカーがないと移動できない状態だった。

 そこでWILLERは駅ではなく、家を基点にした周囲3マイル(約5km)でオンデマンドバスやシェアサイクルなどによる交通を整備する。近い移動をスムーズにすることで、最終的には鉄道による遠くの移動にもつなげて乗車人員を増やしていく狙いだ。現在は住民の協力のもとで移動実態の調査を行っている。

MaaSの認知は、成功事例を見てもらうことから

 「MaaS構築のアーリーステージともいえる現在の一番の課題は、交通事業者や行政、ユーザーのどこにも、まだMaaSへのモチベーションがないこと。そもそも日本では、MaaSの概念自体が定まっていない。MaaS構築が始まったばかりだから当たり前だが、実際に体験してみないことには、みな想像がつかない。現在行われている実証実験を通じてMaaSシステムのなんらかの成功例を見せることで、MaaSのメリットや仕組みを少しずつ理解してもらえるようになっていくと考えている」。

 言葉で聞くのと、実際に利用してみるのとでは理解度や説得力は全く異なる。実際、2018年9月の実証実験第1弾では乗り気でない交通事業者が多かったが、終わったあとはかなり能動的になったという。

 ITと運輸の思考の隔たりも、こうした成功例によって少しずる埋まっていくはずだ。実証実験の第2弾では、第1弾の終了後にユーザーから集めた要望を反映してフリーパスの日数を3日に増やしたり、ユーザーが多く利用する時間帯の本数を限定的に充実させるなどの改善を加えていく。

成功の鍵は事業者が自社収益に固執しないこと

 実証実験ではまだMaaSのシステムは利用されていないが、実際には人工知能(AI)によるMaaSオペレーターが必要になる。鉄道、バス、タクシーなどMaaSに関わる乗り物ごと、収益が少ない路線・エリアと多い路線・エリアごとで、全体の収益を分配していく必要があるからだ。

 またAIによるデータ分析で乗車率を上げていくための分析も繰り返していく。こうしてまずは、いまある交通資源を最大限に効率化していく。

 自治体とMaaSのあり方も問われている。欧米では自治体が交通インフラを所有しているため自治体や政府が主導しやすいが、日本は状況が違う。民間の運行会社がインフラを所有しているため、政府自治体主導で進めることが難しいのだ。

 ではどういった関わり方をするべきか。それは民間企業がMaaSを構築していく上で、行政上の規制緩和や特区の認可など、特にアーリーステージにおけるビジネスチャレンジの環境づくりを支援してもらうことだ。

 「一番大切なのは、地域住民の考え、自治体の考え。そして外から訪れる観光客のニーズを加えていく。自治体の考えにまったく沿っていないようでは、無駄も多くなってしまう。MaaSはあらゆる者に対して敵を作らず、すべてを吸収していく魔法のようなシステムと考えている。行政、ユーザー、事業者の三者が一緒になって作り上げ、利用していくシステム」。

「交通+サービス=街づくり」という概念

 MaaSは、交通の需要を増やすことが目的ではない。交通事業者に加えて小売業や宿泊業などあらゆる消費業も連携しながら、街づくりを行っていくための手段なのだ。

 自分の店にくるための交通手段がないといった地方の小売業が抱える悩みも解消できる。また、データが蓄積されていけば、たとえば時間帯によって朝は学生が多い、昼はインバウンドが多いといったユーザーの傾向が見えてきて、店舗ではその情報をもとに販売する商品を変えることもできる。また、通りごとにターゲットを決めて、店舗どうしでアプリから発信して活性化させ、通りや街全体の価値を高めていくこともできるのだ。

「非常に難易度が高い話だが、MaaSは本来都市計画からスタートするものだと考えている。これまで街づくりは行政の仕事だったが、これからはMaaSを基盤に街の人々が自分たちで街づくりを行って、街ごとの特徴を作り出していく時代になっていく」

 WILLERは、2019年の7月の実証実験で実際にMaaSのシステムを導入することも目指している。目標はユーザーがまだ体験したことのないようなアプリを目指すことだ。WILLERの挑戦は続く。


井上 真規子=verb


本記事は、日経BP総研とSansan株式会社が共同で企画・制作した記事です。
© 2019 Nikkei Business Publications, Inc. / Sansan, Inc.

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