sansansansan
Created with Snap
Pocket HatenaBlog facebook Twitter Close

Features Business 公開日:2019.04.24

「押し付けの協業」は進まない、どうすれば自分ごとにできるのか

多くの組織が取り組むオープンイノベーション。しかし、適切なパートナーを見つけ、方向性を共有し、製品やサービスにしていくことはとても難しい。オープンイノベーションの「実践」「演出」の極意を聞く。

お気に入り
※ 上の写真は、牛尾 隆一氏(左)と鹿内 学氏(右)
 多くの組織が「オープンイノベーション」を掲げ、他の組織と共同で新しい商品やサービスの創出に取り組んでいる。しかし、適切なパートナーを見つけ、方向性を共有し、製品やサービスにしていくことはとても難しい。村田製作所でオープンイノベーションの推進役を務める牛尾隆一氏は、「エンジニアが“自分ごと”にしてもらうことが大事」という。また、複数の企業でデータサイエンティストとして働く鹿内学氏は「イノベーション創出には、実証実験に積極的に参加してくれる“顧客パートナー”も大事」と語る。「人を測る(ヒューマンセンシング)」に関する様々な領域の人たちが集まり交流する場所、「カンブリアナイト」の常連でもある2人に、オープンイノベーションの「実践」「演出」の極意を聞いた。

「新規事業のために外へ出ろ」、でもどこへ?

他社との協業、いわゆるオープンイノベーションの推進役をされているお二人ですが、それぞれの組織の中でどのような活動をされているのか具体的に教えていただけますか?
牛尾:私は、新事業推進部の中で「オープンイノベーション推進チーム」に所属し、新規事業を生み出すというゴールに向かって、オープンイノベーションという手法を使って、新しいことを作ることに特化しています。私自身が、というよりも社内の技術者に新しいものを生み出してもらう仕事です。

 新しいことというのは、社内で考えていてもネタやアイデアは限られます。同じバックグラウンドを持った人たちが集まっているだけでは、なかなか面白いものは出てきません。だからと言って、技術者に対して単に「外へ行け」と言われても、どこへ行けばいいのか分かりません。そこで、外部の方と出会える場作り、コネクション作りをして、専門領域とは違う人と接することで、「こういう面白い話があるのか」と自分自身で見つけてもらって、事業開発のスタートを切ってほしいと願っています。
牛尾さんが見つけて来て紹介するのではなく、技術者が「自分自身で」なのですね。
牛尾:当初は、自分でやろうとしました。でも、「こんな面白い技術がありますよ」「こんな面白い人がいますよ」と持っていっても、「じゃあ、いきましょう」と乗り気になることはまずない。他人に言われても自分事にならないんです。「自分が見つけた」というスタートを切れていないことが問題だと分かったんです。

 そこで考えました。「こういう人同士を会わしたら、当人が自分できっかけを見つけてくれるんじゃないか」という仮説までは作っておいて、何が生まれるかは分からないが、とにかくたくさん機会を作って会わせてみようかと。ほぼ毎回参加しているカンブリアナイトは、私の狙いに一番近い場所の一つとしてフルに使わせてもらっています。

鹿内:事業開発といったとき、村田製作所さんが主力のプロダクト以外に、サービスも手がけられるんですか?

牛尾:確かに電子部品の会社なので、サービスを軸にした事業は得意ではなくて、今は「できたらいいね」という段階です。ですから、外の人と会ってサービスを自ら作るというよりも、サービスに合わせた商品を開発するということが多い。ただ、自ら限定しているわけではなく、サービスを狙おうという思いもあります。ハードウエア売りだけではビジネスとしておもしろくないとき、サービスをつけてもっと大きなビジネスモデルを描きましょう、ということで企画担当者が入ってやっていこうということになっています。
村田製作所のオープンイノベーションの推進役を務める牛尾氏

イベント内での会話は「小さな発表」

鹿内さんと最初にお会いしたときは、ちょうど大学の研究者から民間に転じられたタイミングでした。その後、いくつかの企業で活動されていますね。
鹿内:自身の会社としてシンギュレイトを共同で立ち上げ、Chief Scientific Officer(CSO)として活動しています。もともとデータサイエンスが得意で、人材派遣のパーソルグループのミイダスでは、採用におけるダイレクト・リクルーティングシステムのサイエンスチームに業務委託という形で参加しています。ほかには、不動産事業を手がけるLIFULLのAI戦略室でデータサイエンスパートナーとして、技術支援をしています。

 民間に移ってすぐに新城さんと出会い、カンブリアナイトの初回に会場を提供し、登壇もさせてもらいました。今は、サービス開発をやっていますが、顧客開発のような仕事が多くて、営業的な要素も入っています。具体的には、各種センサーからのデータでオフラインのコミュニケーションを理解したいというものです。今年はデバイスも作りたいと思っています。
発表の機会は毎回あるわけではないですが、カンブリアナイトでは非登壇時にどのように活動されているのでしょう。
鹿内:私自身では、イベント内でのコミュニケーションが「小さい発表」だと思っています。今手がけていることを言葉にすることがある種のトレーニングになっていて、サービスが固まってくる感があります。

 いろいろな方と一緒に仕事したいと思って、コラボできそうな相手を「がっついて」探しています(笑)。例えば、カンブリアナイトの常連である感情分析サービスを手がけるEmpathとも仕事しています。
パーソルグループやLIFULLでデータサイエンティストとして技術支援している鹿内氏
お二人ともカンブリアナイトで潜在的なパートナーを見つけているということですが、イベント内でどのような形で出会われるのですか。名札もつけていないので、登壇者以外はどんな方なのか分かりませんね。
牛尾:確かに初対面の人にいきなり会って、話が進むことは確率が低いと思います。あるとき、共通の友人を介することで状況が一気に変わることを体験しました。スタートアップ企業の支援コミュニティを運営するEDGEofで開催した回で、コミュニティマネージャと呼ぶような方が「相性が良さそうだから、この人の話を聞いてあげて」といって結びつけてくれました。このような方がいると確率が一気に上がるんです。

 この体験以降、最近は、逆に紹介側に回ることも増えました。自分には関係なくても、別の人にとってはプラスに働くことは少なくないと思います。カンブリアナイトには何人かそうした「紹介好きな人」がいて、そういう人を中心に自分がやりたいことと「いい人がいたら紹介してね」と言っておくんです。
そうすることで、次の機会には紹介してもらえたりするんですね。

常に社内の声に耳を傾けておく

牛尾:そうです。そうした発信ができるために、いつも社内でコミュニケーションをとっておいて、「こんな人いない?」というニーズを聞いておきます。私自身が商品開発をしているわけではないので、社内ヒアリングが大事です。これまでの経験でいうと、商品に近い段階にあった部署と密に連絡をとっていたら、翌週に現場の条件に近い参加者が来ていたことがありました。すぐに会わせてみると相性が良くて、すぐに検討に入りました。

鹿内:その社内外両方のさじ加減みたいなものは大事ですね。私のところで言うと、まだサービスや技術が確立していない段階の実証試験段階のところとよく組んでいます。最小限のリソースで検証しましょう、その知見は両者でシェアしましょうという緩やかなアライアンスです。サービス手前の伴走段階は面白いなと感じています。

牛尾:鹿内さんが言われているようなことは、これまで大企業がやれていないところなんですよ。いわゆるスモールスタートと言われるやり方で、早く世の中に出して本当に価値があるのかどうかユーザーの声を聞いて、開発現場にフィードバックしようというものですね。新事業と言うと、とかく売り上げ規模が小さいことで前に進みにくいことがありますが、入り口に立たないことには大化けもない。まだこれからの段階ですが「スモールスタートのやり方は、しないといかん」という空気は確実に強くなっているように感じています。
「伴走」という話がありましたが、鹿内さんはデータサイエンティストという役割だけでなく、ビジネス化の支援もされているんですね。
鹿内:私はデータビジネスをやりたいと思っているのですが、自分自身には分析の技術しかありません。センサー技術を使って、データをどうやって集めるのかというところでは他者との協力が欠かせないところです。そうした中で感じるのは、技術的に優れている組織の多くが、サービスまで視野に入れていないことです。

 私自身は、もともと基礎科学をやっていたところから一気にサービス側にやってきた人間です。データサイエンスというのは名前のとおりサイエンスなのですが、産業とは「背中合わせ」であることが、ほかの科学と比べても特殊ではないかと思っています。サービス側にいることで、初めてデータ分析ができたりするからです。

技術開発とサービス開発は異なる

技術とサービスの話は興味深いですね。両者を混同しているケースも多いように思います。
鹿内:例えば私も参画しているミイダスでは、社内の音声データを分析したことがありました。電話営業の社内側の音声、つまり営業担当者の声を拾ってどのような会話をしたのか、そのときの感情の起伏はどうだったのかを調べてみます。その分析は技術開発です。その先にある成約に至るまでのパターンはあるのか、そもそも成約するか否かは、音声分析で見極められるのかということはサービス開発です。

 サービス開発において大事なのは、開発パートナーだけでなく、顧客パートナーを見つけることです。実証実験に付き合ってくれるパートナーで、将来サービスを買ってくれる潜在顧客でもあります。カンブリアナイトには、開発関係者だけでなく、こうした潜在的な顧客になり得る人たちも来ているので、そうした人たちとの交流も有効です。

 新サービス開発においては、開発側だけでなくユーザーも大事。こう思うようになったのは、米国のベンチャー企業と付き合ってからでした。正直なところ、彼らは製品のクオリティもオペレーションも今ひとつです。しかし、米国では一定程度は売れているんです。それを聞いて思ったのは、米国には新しいものに付き合ってくれる顧客がいるのだろうということです。新しいサービスを育てるために、使うという貢献があるんですね。顧客もイノベーターなんです。
「顧客パートナーを見つけることも大事」と語る鹿内氏(右)
 その点で中国も興味深いです。2016年に公表されたデータですが、アリババのEC流通総額は楽天の20倍、アマゾンの2倍と言われています。日本と中国の人口差は約10倍しかないのに対して、ECの流通総額が20倍あります。おそらく、EC化率が違うからです。確実なことは言えませんが、実際、2014年時点でEC化率は、日本が4.9%なのに対して、中国10.1%と2倍以上です。ECの流通差は、保有するデータ量に違いが出てきます。データ量が多いほど分析が進むでしょうから、今後「使う貢献」が多大に影響してくるのではないでしょうか。
牛尾さんが最初におっしゃった「技術者が自分で見つけてもらう」という話が印象に残っています。これまでの取り組みについて手応えはいかがですか。
牛尾:自ら動く人が生まれないと、新しい事業は生まれないと思っています。技術や企画がすごくても、それはきっと、世界中どこかで誰かが考えていることです。それをいち早く形にして世に出すには、誰かに言われてやる人ではなく自ら動く人が必要です。この話を社外の似たような立場の人にすると共感されるので、きっと間違っていないでしょう。

 2018年春にカンブリアナイトを関西で初めて開催してもらった時に、「ネタがない」という部長を集めて連れ出しました。「こんな世界があったのか」「こうした話を聞きたいと思っていた」と言ってくれました。ただ、全部が全部うまくいくわけではないので、回数をやるしかないなと思っています。最低月1回でも出ていってもらって、10回に1回でも本気で「見つけた!」というビジネスリーダーを増やしたいです。

鹿内:自分で電車に乗って出かけるということで主体性が生まれるんですよね。会社に来てもらうのとはぜんぜん違う。

 10回に1回でも、という話がありましたが、確率低いのは研究開発も事業開発も同じ。数を増やしていくかないというのは私も納得です。今なら開発のサイクルを高速に回転させられる環境があるので利用したらいいです。

牛尾:特に大企業では、既存事業と新規事業を分けて考えないといけません。メーカーの主流の考え方は、「できるだけ失敗しないように」です。既存事業では、歩留まり100%、不良ゼロを目指すのが当たり前ですが、イノベーションはそうではない。「どうやったら確率上がる?」という議論になりがちですが、確率はそう上がらない。そうなると数をあたるしかないので、「両者を分けて考えましょう」と社内で話しています。成功体験があって外に出る人が増え始めているので、いい循環になっています。

鹿内:変化が激しく不確実な環境では、取り組む数を増やすことがリスクを抑えられるやり方だと思います。新しいことに取り組むことを「チャレンジ」という言い方をしますが、実は妥当なやり方です。
「既存事業と新規事業は分けて考えないといけない」と語る牛尾氏(左)

事業化に必要な「意図」と「能力」

現在注目している動きはありますか。
牛尾:最近はアートシンキングとも言われる、アートとテックの交わりに興味を持っています。アーティストとエンジニアの交流の動きです。自分で出かけていったり、エンジニアを送り込んだりしています。実際のところ、その成果はよく分かりませんが、面白いことは間違いありません。「価値はなくていい」「社会に貢献しなくていい」と、メーカーの価値観とはまったく違いますね。

鹿内:カンブリアナイトのような発表と交流の場のほかに、ハッカソンでチームを組むような体験も重視しています。 短期間のイベントだとしても、一緒に「仕事」をすると技術スキルなど「能力」が分かります。これから本当に仕事を一緒にするなら、「能力」という信頼感の理解は欠かせません。社会心理学者の山岸俊男さんは信頼を「意図」と「能力」の2つに分けています。いくら「やろう」と意気投合しても、「できる」二人が集まらないと新しいものは生まれません。

 同じ会社の人と仕事をすれば、確かに安心して取り引きできます。契約書を作成したり、取引先の信頼調査をしたりする取引費用や時間がかからなくて済むからです。

 一方で、閉じた社会、例えば、自分の会社の中だけで活動していると、外部の方と取り引きしたら得られたであろう大きな成果を逃す可能性も大きいのです。外部に支払うコストを惜しむことが、今の時代では大きな損失になります。

 企業などの集団や制度が守ってくれる「安心」の中では、実は「信頼」の必要性は多くありません。そういう中にいては育たない信頼関係を素早く構築するソーシャルスキルが、今後、ますます重要になるでしょう。カンブリアナイトには、信頼を作るスキルの高い方が多くいらっしゃいますし、仕掛けもたくさんあります。
カンブリアナイトでは、冒頭から飲食しながら、交流しながら3~4人のプレゼンを聞く


菊池 隆裕=日経BP総研
(撮影:菊池 くらげ)


本記事は、日経BP総研とSansan株式会社が共同で企画・制作した記事です。
© 2019 Nikkei Business Publications, Inc. / Sansan, Inc.

関連記事

DIGITALIST会員が
できること

  • 会員限定記事が全て読める
  • 厳選情報をメルマガで確認
  • 同業他社のニュースを閲覧
    ※本機能は、一部ご利用いただけない会員様がいます。

公開終了のお知らせ

2024年1月24日以降に
ウェブサイトの公開を終了いたします