テック業界では、様々な技術コンセプトが出現しては消えていく。そうしたコンセプトは時に「バズワード」と呼ばれ、ユーザーからもベンダーからも嘲笑の対象になることさえある。


 しかし、バズワードと言われた厳しい時を生き残り、自らを洗練させてビジネスの最前線を支えるようになったコンセプトも多い。クラウドコンピューティングは、メールアプリケーションのようなコミュニケーション領域だけでなく、基幹システムとして採用する企業も珍しくなくなった。情報爆発時代に「管理できず、保管しているだけ」だったデータを統合し、ビッグデータとして活用する企業も世界的に増加している。いま最もホットな人工知能(AI)の開発でも、それを支える機械学習と深層学習をビジネスに応用している例は枚挙に暇がない。


 日本有数のビッグデータを保有しているであろう企業、楽天で執行役員を務め、楽天技術研究所の代表も兼務する森正弥氏は、しかし、「データを持っていることが本当に強みになるのだろうか、という時代が来ているのかもしれません」と語る。


 森氏はバズワードではなくなったはずのビッグデータに幻滅したのだろうか。話を聞いてみると、森氏の考えはもっと先を行っていた。


 「ビッグデータがないなら、作ればいいんじゃないですか?」


 データを取り巻く環境が変わりつつある。そのドライバーになっているのは、データ領域と密接な関係を持つ深層学習・機械学習というAI関連技術だ。森氏は「ディープラーニングを中心とする技術群がすべてのシステムを塗り替えてしまうだろう、という大きな問題意識をもっています」とさえ述べており、インパクトの強さがうかがい知れる。


 両輪で進むビッグデータとディープラーニングの進化を森氏に聞いた。

「データの宝庫」をどう活用するか

 巨大ECサイト「楽天市場」から金融サービスの「楽天証券」まで、ポイントサービスの「楽天スーパーポイント」から結婚相手紹介サービスの「オーネット」まで、楽天はまさに「データの宝庫」のような会社だ。しかも、これから携帯電話事業に参入しようというのだから、さらにたくさんのデータがやってくることになる。


 これらの中で、楽天市場にたまったデータを様々な角度から分析することで、これまで見えてこなかったニーズを顕在化させてきたという。


 「最初から『この商品を買うぞ』と決めて、楽天市場にダイレクトにアクセスしてきて購入し、去っていく。そんなお客様も、もちろんいるんです。ただ、多数はそうではなくて、自分が何を欲しいのかも分からない時から情報を収集し、自分はこういう物が欲しかったんだと理解・学習して、それで商品を買うんです。この過程で購入を諦める人も出てきますよね。ですから、売れている商品の分析だけでなくユーザーの関心を追っていくのが、とても大切なんです。例えばそれは『とてもよく読まれている広告』と『売れている商品のページ』との間にギャップとして現れてきたりするんです」


 「たくさんのニーズがある商品にフォーカスして、そこの販売に注力するというのは、ロングテールの時代には限界があります。テールのほうが大きいのですから。ですから、個別のニーズを抽出するために様々なソリューションを導入しています。特定のお客様のニーズに合うようにページを高速でチューニングしていく仕組みを入れて、お客様のニーズを顕在化させていくのですね。このようなデータの分析と、その先の施策考案、そして実行は、総力戦ともいえる様相を呈しています」


 と、ここまではデジタルマーケティングやデータ分析を仕事にしている人であれば、「そうだろうね」と納得してもらえる話であろう。しかし、筆者が「たくさんのデータを持っているからこそできるのでしょうね」と述べると、森氏は「これからビッグデータを持っていることが強みではなくなる時代がくるかもしれませんよ」と答えた。