スポーツビジネスとデジタルテクノロジーが融合するスポーツテック。スポーツ用品メーカーの経営を大きく変えるとともに、スポーツをより身近で楽しいものとすることで、スポーツ愛好家の健康増進に寄与することも期待される。現在、その研究開発で先頭を走っているのが、神戸市に本社を置くスポーツ用品総合メーカーの老舗・アシックスだ。


 1949年創業、バスケットボールシューズを製造する鬼塚株式会社から始まった同社。2015年に掲げたデジタル化戦略の目標は、「デジタルを通じたスポーツライフの充実」である。顧客のエンゲージメント強化に向けて、デジタル技術開発を急ぐ。

スポーツライフ充実へ顧客中心のエコシステム確立を

 アシックスは2015年に策定した中期経営計画「ASICS Growth Plan(AGP)2020」の中で初めてデジタル戦略を掲げ、以来、デジタル技術を活用した製品づくりやサービスの創造に力を入れている。デジタル戦略の具体化の第一歩として、2016年2月に米国のランニングアプリ会社・フィットネスキーパー社を買収した。世界で4300万人を超えるユーザーを持つアプリ「Runkeeper」を提供する企業である。

米国・ボストンで同社のデジタル戦略の指揮を執る、近藤孝明・マーケティング統括部副統括部長 兼 米ASICS Digital取締役

 そのアシックスのデジタル戦略をけん引するのは、外資系企業のコンサルタントとして長年活躍してきた経験を持つ近藤孝明・マーケティング統括部副統括部長だ。デジタル戦略を推進するために、2015年3月に招かれ、以来、デジタル戦略の骨格作りに尽力してきた。現在は米国ボストンに駐在し、2018年度からASICS Digitalと社名を改めた旧フィットネスキーパーを取締役として率いつつ、デジタル戦略の拡大・浸透に務めている。


 外部から社内の改革のために招かれたとなれば、当然、社内の抵抗も大きいことが予想される。そう尋ねると近藤氏は「短期間でビジョンをまとめなければならず、時間がなかったこともあるかもしれないが、大きな抵抗は感じられなかった」という。さらに、「経営陣が支えてくれたおかげ。それだけ危機感があったのだろう」と振り返る。


 アシックスは、商品力・生産力の強さでは定評がある老舗スポーツ用品メーカー。それが、こうしてデジタル変革に積極的に取り組む理由は何か。それは、消費者の考え方や行動が変わってきていることだと近藤氏は説明する。具体的には、

  1. 消費者は特定のブランドに執着せず、簡単に別のブランドに乗り換える
  2. サービス内容や使い勝手の面で消費者が期待する内容が、同業他社との比較だけでは判断できなくなってきている
  3. 消費者は他の消費者の体験談やエキスパートの知見を求めるようになった
といったことだ。

 「ネット社会で消費者が自ら情報を発信できるようになり、異業種参入も活発になってきた。もはや、モノづくりだけでは顧客のエンゲージメントは高められない」(近藤氏)。消費者のニーズに応え、心をつかむ商品に加え、継続的にアシックスと関わりを持つような仕組みづくり、コミュニティづくりが欠かせない。この、消費者との接点を最重要視する考え方こそが、アシックスのデジタル戦略の肝になっている。


 そこでカギとなるのが、顧客との新たな関係を生み出すためのサービスやアプリだ。一例がRunkeeperアプリ。Runkeeperが提供するトレーニングプランで運動パフォーマンスが上がったことを理由に、アシックス製品を継続購入するようになった顧客は多いという。


 近藤氏はデジタル変革の進む先として、「商品、サービス、コンテンツの3つで、質の高いスポーツライフスタイルを求める顧客を取り巻く」という図を描く。今後はワールドクラスのデジタル関連組織、電子商取引(EC)のプラットフォームの迅速な構築・拡大に努め、アシックス独自の価値を提供し続けたいという。


 この考え方が具体的な形になりつつあるのが、2017年12月に英国で試験的に立ち上げたメンバーシッププログラム「One ASICS」である。シューズなどの製品購入者、Runkeeperなどのアプリ利用者、その他各種サービスでASICS IDを発行した顧客を一元的に管理し、コミュニティを形成しようという取り組みである。商品やイベントに関する情報に加え、スポートライフを豊かにするようなコンテンツを提供する。これにより、顧客がアシックスのコミュニティとのつながりを持った状態を生み出す。滑り出しは順調で、現在は欧州16カ国で展開中だ。