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Features Business 公開日:2018.05.31

[アシックス]エンゲージメント強化に向けデジタル技術に注力

「デジタルを通じたスポーツライフの充実」へ。アプリ提供でファンづくりを強化。

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 スポーツビジネスとデジタルテクノロジーが融合するスポーツテック。スポーツ用品メーカーの経営を大きく変えるとともに、スポーツをより身近で楽しいものとすることで、スポーツ愛好家の健康増進に寄与することも期待される。現在、その研究開発で先頭を走っているのが、神戸市に本社を置くスポーツ用品総合メーカーの老舗・アシックスだ。

 1949年創業、バスケットボールシューズを製造する鬼塚株式会社から始まった同社。2015年に掲げたデジタル化戦略の目標は、「デジタルを通じたスポーツライフの充実」である。顧客のエンゲージメント強化に向けて、デジタル技術開発を急ぐ。

スポーツライフ充実へ顧客中心のエコシステム確立を

 アシックスは2015年に策定した中期経営計画「ASICS Growth Plan(AGP)2020」の中で初めてデジタル戦略を掲げ、以来、デジタル技術を活用した製品づくりやサービスの創造に力を入れている。デジタル戦略の具体化の第一歩として、2016年2月に米国のランニングアプリ会社・フィットネスキーパー社を買収した。世界で4300万人を超えるユーザーを持つアプリ「Runkeeper」を提供する企業である。

 そのアシックスのデジタル戦略をけん引するのは、外資系企業のコンサルタントとして長年活躍してきた経験を持つ近藤孝明・マーケティング統括部副統括部長だ。デジタル戦略を推進するために、2015年3月に招かれ、以来、デジタル戦略の骨格作りに尽力してきた。現在は米国ボストンに駐在し、2018年度からASICS Digitalと社名を改めた旧フィットネスキーパーを取締役として率いつつ、デジタル戦略の拡大・浸透に務めている。
米国・ボストンで同社のデジタル戦略の指揮を執る、近藤孝明・マーケティング統括部副統括部長 兼 米ASICS Digital取締役
 外部から社内の改革のために招かれたとなれば、当然、社内の抵抗も大きいことが予想される。そう尋ねると近藤氏は「短期間でビジョンをまとめなければならず、時間がなかったこともあるかもしれないが、大きな抵抗は感じられなかった」という。さらに、「経営陣が支えてくれたおかげ。それだけ危機感があったのだろう」と振り返る。

 アシックスは、商品力・生産力の強さでは定評がある老舗スポーツ用品メーカー。それが、こうしてデジタル変革に積極的に取り組む理由は何か。それは、消費者の考え方や行動が変わってきていることだと近藤氏は説明する。具体的には、

1. 消費者は特定のブランドに執着せず、簡単に別のブランドに乗り換える
2. サービス内容や使い勝手の面で消費者が期待する内容が、同業他社との比較だけでは判断できなくなってきている
3. 消費者は他の消費者の体験談やエキスパートの知見を求めるようになった

 「ネット社会で消費者が自ら情報を発信できるようになり、異業種参入も活発になってきた。もはや、モノづくりだけでは顧客のエンゲージメントは高められない」(近藤氏)。消費者のニーズに応え、心をつかむ商品に加え、継続的にアシックスと関わりを持つような仕組みづくり、コミュニティづくりが欠かせない。この、消費者との接点を最重要視する考え方こそが、アシックスのデジタル戦略の肝になっている。

 そこでカギとなるのが、顧客との新たな関係を生み出すためのサービスやアプリだ。一例がRunkeeperアプリ。Runkeeperが提供するトレーニングプランで運動パフォーマンスが上がったことを理由に、アシックス製品を継続購入するようになった顧客は多いという。

 近藤氏はデジタル変革の進む先として、「商品、サービス、コンテンツの3つで、質の高いスポーツライフスタイルを求める顧客を取り巻く」という図を描く。今後はワールドクラスのデジタル関連組織、電子商取引(EC)のプラットフォームの迅速な構築・拡大に努め、アシックス独自の価値を提供し続けたいという。

 この考え方が具体的な形になりつつあるのが、2017年12月に英国で試験的に立ち上げたメンバーシッププログラム「One ASICS」である。シューズなどの製品購入者、Runkeeperなどのアプリ利用者、その他各種サービスでASICS IDを発行した顧客を一元的に管理し、コミュニティを形成しようという取り組みである。商品やイベントに関する情報に加え、スポートライフを豊かにするようなコンテンツを提供する。これにより、顧客がアシックスのコミュニティとのつながりを持った状態を生み出す。滑り出しは順調で、現在は欧州16カ国で展開中だ。

スマホアプリで簡単足形計測、ネットでのシューズ購入も安心

 前述したように、顧客との接点を強化するうえでは、顧客を巻き込むためのアプリやコンテンツがカギを握る。アシックススポーツ工学研究所(ISS)の研究内容には、そうしたデジタル変革に向けたものがある。足形計測アプリや、ランニングフォーム計測アプリがそれだ。

 ISSは、神戸市西区の丘陵地帯にある敷地面積約1万6000平方㍍の研究所。建物を、全長350㍍の陸上トラックが取り囲む、ユニークな施設、約100人の所員が、ここで研究活動に取り組んでいる。

 ISS、はもともと、「スポーツでつちかった知的技術により、質の高いライフスタイルを創造する」というビジョンを具体化するために設立された。「Human centric science」を考え方の根幹とし、具体的には、人間の運動動作に関するデータを収集・分析し、独自に開発した材料や構造設計技術を用いることによって、人々の可能性を最大限に引き出すイノベーティブな技術、製品、サービスを継続的に生み出すことを使命としているという。
 ISS研究推進部の品山亮太・デジタル技術開発チームマネジャーによると、同チームでは、デジタル技術の活用に「Human Centric Science」の考え方を反映させた業務を遂行している。具体的には、モーションキャプチャ・加速度・ジャイロセンサーなどの電子デバイスや、3次元形状計測器を使って、人の運動動作や形状データを収集・分析。その結果に基づいて、独自の評価指標やAI技術を確立し、それらを搭載した製品やサービスを生み出している。「ものづくりだけでなく、足形計測やランニング能力測定など、お客様が体験できるサービス開発にも力を入れている」と強調する。

 足形計測は直営店で顧客から足の3次元形状データを収集し、ラストと呼ぶ靴の木型や中敷の設計など、社内での製品開発に活用したり、顧客向けの足形分析サービスや靴のフィッティングサービスに活用したりしている。

 2017年12月には、このような足形計測をスマートフォンで簡単にできるアプリ「MOBILE FOOT ID」を発表した。開発に当たったのは、ISS研究推進部デジタル技術開発チームの武市一成氏。ASICS IDでログインし、A4サイズの紙の上に自分の足を乗せて、真上と斜めの2方向からの写真を撮影するだけで、足の長さと足の幅がわかり、自分の足にフィットする靴の選択に役立てることができるというアプリだ。
足形計測をスマートフォンで簡単にできるアプリ「MOBILE FOOT ID」(写真提供:アシックス)
 いつでもどこでも一人で計測ができるというのが最大の特徴で、主にランナー向けに展開を始めている。スマホによる撮影は、撮影場所などの条件の違いによって写り方が変わってくるため、その補正に最も苦労したという武市氏。「現在は足の長さと足の幅しか把握できないが、将来的には足の甲の高さや足裏の形状など、直営店で計測している3次元データと同様の特徴が計測できるように、開発を進めたい」と話す。

 この取り組み自体は、収益アップに直結するわけではない。利用者を引きつけ、ASICS IDのコミュニティに巻き込んでいくための施策と言っていいだろう。そのうえで同社のショッピングサイトの利便性を高めていくことで、効果を得ていこうという狙いである。
ISS研究推進部の品山亮太・デジタル技術開発チームマネジャー(撮影:直江竜也)

AIを使い、動画だけでランニングフォーム計測

 もう一つ、ISSの代表的なデジタル関連の成果に、ランニングフォーム計測アプリがある。
ランニングフォーム計測アプリ:タブレットで横から撮影すると自動的に関節の位置を識別し、フォームを分析。この内容に基づいて適切なトレーニングを自動提案する。(写真提供:アシックス)
 実は、もっと前、2006年から一般ランナーの運動成果に影響を及ぼす骨格、筋力、動作、持久力を測定・評価するサービス「ランニング能力測定」を提供してきた。ランニングフォームの動画を撮影して、ピッチ・ストライドを測定したり、フォームの特徴をフィードバックするサービスも、その中に含まれている。

 このランニングフォーム動画の蓄積データをもとに、武市氏はランニングフォームを足形計測と同じようにスマホで簡単に計測できるアプリを開発した。ピッチ・ストライドのほか、従来は目視で定性的に評価していたフォームの特徴(前傾具合や腕の振りなど)を、独自に開発したAI技術で解析し、定量的にフィードバック。フォーム改善のための、最適なトレーニング方法を推奨する。

 「ランニングフォームを分析するにあたって、関節位置の特定などには、ディープラーニングの手法を使っている」と武市氏。従来にない手法の導入に苦労があったと明かす。

 このフォーム解析技術は応用範囲が広い。アシックスはウオーキングの診断技術を持つアプリを開発済み。このアプリを、例えば高齢者のウオーキング診断に利用できれば、いつでもどこでも簡単に健康維持のためのヒントを提供できるようになる。

 こうした足形や運動動作を計測するサービスをアプリとして提供することで、最適な製品の購入サポートやパーソナルなコーチング体験を可能にするとともに、ASICS IDの利用者を増やし、日常的にASICSの情報に触れる機会を増やしていく。
それぞれのアプリ開発を手掛けた、ISS研究推進部デジタル技術開発チームの武市一成氏(撮影:直江竜也)
 オニツカ、ジィティオ、ジェレンクのスポーツ用品の老舗3社が1977年に合併して誕生したアシックス。社名は「健全なる身体に健全なる精神があれかし」のラテン語表記の頭文字を並べたものだ。「スポーツを通じて心身共に健康な人が暮らせるコミュニティーをつくる」というのが、創業者の故・鬼塚喜八郎氏が掲げた理念である。デジタルテクノロジーは、その理念に近付くための最大の武器となる。


坂川弘幸


本記事は、日経BP総研とSansan株式会社が共同で企画・制作した記事です。
© 2019 Nikkei Business Publications, Inc. / Sansan, Inc.

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