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Features Business 公開日:2018.06.19

[IHI]現場のデータ解析で顧客に感動体験を提供、4事業領域で同時推進

重厚長大産業の代表格IHIが「攻めのIT経営銘柄2018」に選定された、その理由は?

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「この5年、お客様に納めた製品の稼働・運用情報のモニタリングと、そのデータ分析に基づいた付加価値提供を重ねてきました。その積み重ねを経て、お客様を観察することで、お客様さえ気付いていない価値を見つけ、ご提案するという、一段高いレベルのデジタル変革を実現できるところまで来ました。お客様に“感動体験”を提供したい。それが、私たちが目指すデジタル変革です」。

 IHIのデジタル変革けん引役である、水本伸子 常務執行役員 高度情報マネジメント統括本部長は、こう話す(本稿冒頭の写真)。

顧客には付加価値提供、自社は世界最先端のスマート工場

 1853年に石川島造船所として創業し、160年以上にわたってものづくりに携わってきたIHI。そのIHIは2013年度から、デジタル変革に取り組んでいる。目指していることは大きく2つある。一つは、顧客に納めた製品から、センサーを通じて取得した稼働情報・運用情報を蓄積・分析し、顧客が描くビジネスモデルに最適な「製品・サービス」を提供することである。こうすることで、顧客との関係を強化し、市場の維持・拡大につなげる。

 もう一つは、同社の工場を世界最先端のスマート工場にし、ものづくりを高度化すること。これにより、生産工程や一つひとつの作業のムダをなくし、生産効率と生産品質を高める。
製造した航空エンジンを,瑞穂工場(東京都西多摩郡瑞穂町)で整備している様子(写真:IHI提供)
 これらは、社外(顧客)向けと社内向けの違いこそあれ、機器などの稼働状況をセンシングし、そのデータ解析の結果から、問題点やその予兆を見られるようにする点は共通している。これを支えているのが、同社が作り上げてきた遠隔監視の共通基盤「ILIPS」(IHI group Lifecycle Partner System)。そして、水本氏率いる「高度情報マネジメント統括本部」(以下、高マネ)が基盤のシステムづくりを担い、その活用を全社的に推進する。

 IHIのビジネス的な取り組みを、もう少し具体的に紹介しよう。製品・サービスの高度化の一例は、ガスタービン発電設備の故障予兆診断である。設備の動作の変化から予兆をとらえ、トラブルになる前に対策を提示して、プラントの稼働率向上に貢献する。汎用ボイラーの運転状況を把握・最適化することで、燃料費を抑制するといった例もある。

 別の例としては、航空エンジンの運用支援がある。高圧タービン排気温度が、いつのフライトで制限値を超えそうかを予測し、最適なタイミングで最適な整備を実施できるようにする。タービンの排気温度は、エンジンに汚れが蓄積すると上昇する。これが制限値を超えるタイミングを推測することで、整備の効率を高め、同時に安全運航に貢献する。

 一方、ものづくりの高度化は、例えば、工場内の各工程の作業時間や滞留時間、製品の品質などを見える化し、工員配置の最適化や改善活動の加速につなげる。協力会社と工程進捗情報を共有する、作業手順をデジタル化して、熟練工のノウハウを伝えやすくする、といったこともある。

全社的に推進、4事業領域のCDOと連携

 2016年度に始まった同社の中期経営計画には、「グループ共通機能の活用によるビジネスモデル変革」という項目が盛り込まれた。これはつまり、ILIPSを活用した製品・サービスの高度化、ものづくりの高度化の取り組みを加速せよということ。同社のすべての事業領域で、より積極的に、顧客向けの新しい価値を開発する、という方針が明示された。

 2017年4月には、これらのデジタル変革をさらに加速させるために、資源・エネルギー・環境、社会基盤・海洋、産業システム・汎用機械、航空・宇宙・防衛という4事業領域それぞれにCDO(Chief Digital Officer)を設置。水本氏は、これらのCDOと連携して全社へのデジタル変革浸透を目指す、全社のCDOという位置づけである。
 もともと水本氏は、技術者として研究部門で設計などに携わってきた。転機は2006年の本社移転。その移転プロジェクトのリーダーに抜擢されたことだった。その手腕を買われ、経営企画や調達部門などを経て2018年4月、IHIの今後のビジネスの礎となるデジタル変革の推進を託された。

 「単にIoTを推進しろといっても、新しい考え方と、それを実践するための道具立てが必要です。どのデータを分析して、どのような価値を提供すればビジネスになるのかを事業部門と一緒に考え、そのための道具を開発する。それが私たちの役割です」(水本氏)。

変革プロジェクトの実績は60件

 5年の間に、着々とプロジェクトは増え、社内にも推進する空気は広がってきた。実際、これまでにプロジェクト化し、既に完了したもの、進行中のものは含めて約60件に上るという。「最近は、事業部門からリクエストが次々に出てきます。プロジェクトにまで発展していない提案レベルのものを含めると、さらに2倍くらいの数にはなります」(水本氏)。

 前述したとおり、高マネは、そういう事業部門からのリクエストに対し、データをどのように集め、解析するか、その答えを探してくる。ILIPSと名付けた仕組みではあるが、実は、システムそのものは事業領域や顧客によってかなり違いがある。ある製品は大量のデータだが頻度は低くていい、別の製品は少量だが頻繁に集める必要がある、というように、データの集め方や集める頻度、データのフォーマットなどは、適用対象によってまちまちだ。このためIHIは、基本的にプロジェクトごとに求められる仕様に合わせて自社でILIPSを作り込んできた。大まかな目的が同じ複数のシステムの集合体になっている。

 もちろん、今後もプロジェクトを立ち上げるごとに、仕様が異なる可能性は十分ある。対象とする業務や仕組みに合わせて、ILIPSを拡張していくことになる。多様なリクエストに対応し、ILIPSやデータ分析の仕組みを作る高マネの役割は重要である。

相談が来てから2週間で成果を見せる

 ILIPSという基盤があるとは言っても、事業部門にとって新しいシステム構築には手を付けにくい。それでもIHIがここまでデジタル変革を推し進めてこられた理由の一つのは、「トップダウンでの取り組みだから」(水本氏)。例えば2018年も、会社は「変える元年」というスローガンを打ち出し、社員の積極的なデジタル変革を促している。

 事業部門からの「抵抗」を乗り越えるための努力もある。高マネがプロジェクトを推進するうえで心掛けているのが、小さくてもいいから、素早く成果を見せること。「相談が来ても、そのまま何もできないと、事業部門の担当者たちは関心を示さなくなってしまいます。だから2週間以内に何らかの成果を見せるように努めました」。現在はエグゼクティブ・フェローとなった前本部長の村野幸哉氏はいう。

 プロジェクト数が増えた最近は、その成果を社内にできるだけ広く知らしめるために、プロジェクトの成果を発表する場も設けるようにしている。2017年度の年次発表会での発表者は各事業領域のCDO。「CDOの大半は役員クラスの人たちです。彼らがプレゼンすることで、影響力を増すことになります」と水本氏は説明する。

「データを取得すること」「新たなサービスの対価を得ること」のハードル

 デジタル変革のプロジェクトは、その多くが同社の顧客を対象としたものである。納めた製品の稼働状況をセンシングし、サプライチェーンの最適化や生産効率の向上につなげるものだ。

 ただ、いざ顧客とその仕組みを作ろうとすると、顧客の理解が必要になる。センシングしたデータは顧客のノウハウが含まれている場合もあるため,製品を納入した会社とはいえ、IHIに提供したがらないケースもあるからだ。

 その説得は地道に、価値を伝え続けていくしかない。だから事業部門の営業担当者が顧客を訪問する際には高マネの社員も同行し、成果や価値をきちんと伝えるようにしている。

 実はここにもう一つ、IHIにとっての大きな課題がある。「見える化」を中心としたサービスだけでは必ずしも顧客からお金をもらいにくいことだ。壁になっているのは,このサービスであれば、既存の保守・サービス費の中で行われるというものという顧客の意識である。既存の保守・サービス費に加え,追加で対価を得ることは難しいのが実情だ。

 これについては解決の妙案があるわけではない。ただ水本氏は、「データを提供いただければ、その分析結果を持ってお客様と話をする機会を作れます。これは必ずしもお金に換算できない“価値”」と考えている。データの分析を通して顧客との強い関係性を築き、サービスの価値を伝えていくわけだ。

今後は感動体験へ

 これからのIHIは、これまでの活動を連続的に発展させることにより顧客の価値をさらに高めて、顧客が初めて共感する「感動体験」のレベルに上げることを目指す。さらにこれからはデータを設計や営業に積極的にフィードバックする。これまでは工場のデータを可視化して工場内の改善・生産性向上に使ってきたが、それを設計に戻すことで、次世代製品の設計にフィードバックし、営業にも戻す。顧客のデータを見て新たな提案することでIHIの営業の価値につながる。ここは、現在の満岡次郎社長が進めている営業改革の一環でもあるという。顧客に提案できて初めて価値を生むと考えている。
 IHIはもともと世界初や日本初となる多くの製品を世に送り出してきた会社であり、これからの次世代新製品にデータから得られる価値を盛り込むことが必要になる。IHIは設計に強い会社であり、データを生かした新設計の製品で感動体験を生むことを目指していく。


津田 建二=テクニカルライター
(人物撮影:淺田 創)


本記事は、日経BP総研とSansan株式会社が共同で企画・制作した記事です。
© 2019 Nikkei Business Publications, Inc. / Sansan, Inc.

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