ロボット義手の進化に見る「デジタルの2018年」
サイボーグ技術を象徴するバイオニックハンド、ついに楽器演奏まで可能に。
ダース・ベイダーに切り落とされたルーク・スカイウォーカーの右腕が、精巧なサイボーグ義手となって蘇る――。スター・ウォーズ エピソード5でお馴染みのシーンである。あれから約40年たった2018年、“ロボット義手”は飛躍的な進化を遂げ、スター・ウォーズの世界観に一歩近づいた。
正確には「筋電義手(バイオニックハンド)」と呼ばれるものだ。義手を腕につなぐと、筋肉を動かす生体信号をセンサーが読み取って義手に動きを伝える。脳と連動して自然な動きを再現できれば、事故などによって腕や手首を失った患者が以前の日常に近い生活を送れる可能性も出てくる。センサー、ロボット、マイクロチップ、AI(人工知能)といったテクノロジーが発達したおかげで、欧米を中心に近年では筋電義手の開発が進んでいる。
英国のオープン・バイオニクスは、色をカスタマイズできる「Hero Arm」を販売。3Dプリント製作にすることで119ポンド(約1万7000円)から安価に購入できるようにしたこともあって、筋電義手の世界に衝撃を与えた。米国ではクリーブランド・クリニックやジョージア工科大学で盛んに研究が続けられている。ジョージア工科大学の被験者であるジェイソン・バーンズ氏は、筋電義手によるピアノやドラム演奏を披露して大きな話題を呼んだ。
正確には「筋電義手(バイオニックハンド)」と呼ばれるものだ。義手を腕につなぐと、筋肉を動かす生体信号をセンサーが読み取って義手に動きを伝える。脳と連動して自然な動きを再現できれば、事故などによって腕や手首を失った患者が以前の日常に近い生活を送れる可能性も出てくる。センサー、ロボット、マイクロチップ、AI(人工知能)といったテクノロジーが発達したおかげで、欧米を中心に近年では筋電義手の開発が進んでいる。
英国のオープン・バイオニクスは、色をカスタマイズできる「Hero Arm」を販売。3Dプリント製作にすることで119ポンド(約1万7000円)から安価に購入できるようにしたこともあって、筋電義手の世界に衝撃を与えた。米国ではクリーブランド・クリニックやジョージア工科大学で盛んに研究が続けられている。ジョージア工科大学の被験者であるジェイソン・バーンズ氏は、筋電義手によるピアノやドラム演奏を披露して大きな話題を呼んだ。
Hero Armの紹介動画
ジェイソン・バーンズ氏による筋電義手のピアノ演奏
日本では、電気通信大学、横浜国立大学らの研究チームが筋電義手システムを開発。2018年4月、厚生労働省の「義肢補装具等完成用部品」に指定された。機械学習を応用した学習機能を有するため、従来に比べて長期の訓練を必要としない点が特徴だ。こちらも3Dプリンタを活用することで軽量化を図り、価格を従来品の3分の1程度に抑えている。
日本のベンチャー「メルティンMMI」は、独自の生体信号処理技術とロボット機構制御技術を融合したアバターロボット「MELTANT-α(メルタント・アルファ)」を2018年3月に発表した。同社が開発を重ねてきた筋電義手のノウハウを応用したもので、とりわけ手の動きに注力。卵を割らずにつかんだり、ペットボトルのキャップを開けたりする繊細な動きをものにし、“力強さと器用さを兼ね備えたロボットハンド”をうたう。今後はハンド単体、ハンドアーム、全身の3プロダクトを展開する予定で、大日本住友製薬や第一生命などから20億円にも及ぶシリーズBの資金調達を完了。実用化に向けて走り出している。
日本のベンチャー「メルティンMMI」は、独自の生体信号処理技術とロボット機構制御技術を融合したアバターロボット「MELTANT-α(メルタント・アルファ)」を2018年3月に発表した。同社が開発を重ねてきた筋電義手のノウハウを応用したもので、とりわけ手の動きに注力。卵を割らずにつかんだり、ペットボトルのキャップを開けたりする繊細な動きをものにし、“力強さと器用さを兼ね備えたロボットハンド”をうたう。今後はハンド単体、ハンドアーム、全身の3プロダクトを展開する予定で、大日本住友製薬や第一生命などから20億円にも及ぶシリーズBの資金調達を完了。実用化に向けて走り出している。
MELTANT-αのイメージ画像(出所:メルティンMMIの紹介ページより)
難なくペットボトルを握り、優しく握り返してくれるハイパー義手
これらの中で最も先鋭的な例は、ジョン・ホプキンズ大学の研究だろう。同大学の応用物理学研究所はDARPA(国防高等研究計画局)の援助を受けて、非常に高度かつ精密な筋電義手の開発をリード。これまで複数の被験者に筋電義手を提供してきた。
その1人、ジョニー・マシーニー氏は次世代筋電義手のパイオニアだ。2018年12月、マシーニー氏は担当のアルバート・チー医師とともに来日。「Health 2.0 Asia – Japan 2018」(主催:メドピア)のセッションに参加した。
その1人、ジョニー・マシーニー氏は次世代筋電義手のパイオニアだ。2018年12月、マシーニー氏は担当のアルバート・チー医師とともに来日。「Health 2.0 Asia – Japan 2018」(主催:メドピア)のセッションに参加した。
Health 2.0 Asia – Japan 2018で来日したジョニー・マシーニー氏。
ジョン・ホプキンズ大学で研鑽を積んだチー医師は現在、オレゴン健康科学大学に在籍している。有能な外科医であり、医用生体工学にも詳しい彼は、長年、マシーニー氏と二人三脚で歩んできた。チー医師によれば、今回の筋電義手は単なる人工装具を超えた「完璧なエンジニアリングソリューション」だという。
がんによって左下腕を失ったマシーニー氏は、自らの骨にユニットを埋め込み、腕の切断部分を突き抜けて金属棒が飛び出すようにした。そこに高性能な筋電義手を取り付け、生体信号を通じて自分の意思で手を動かす。筋電義手をパソコンやスマホと同じ進化するハードウエアと考え、義手部分を交換可能とし、新しい高性能な義手にアップグレードできるようにした。オレゴン健康科学大学の紹介記事はこれを「永久ドッキングステーション」と評している。
がんによって左下腕を失ったマシーニー氏は、自らの骨にユニットを埋め込み、腕の切断部分を突き抜けて金属棒が飛び出すようにした。そこに高性能な筋電義手を取り付け、生体信号を通じて自分の意思で手を動かす。筋電義手をパソコンやスマホと同じ進化するハードウエアと考え、義手部分を交換可能とし、新しい高性能な義手にアップグレードできるようにした。オレゴン健康科学大学の紹介記事はこれを「永久ドッキングステーション」と評している。
講演するアルバート・チー医師。左のスライドは骨に埋め込まれたユニット、右のスライドは突起のように飛び出た金属棒の装着部分
チー医師はTMR(Targeted Muscle Reinnervation、標的化筋肉再神経分布)と呼ばれる手法で、脳から義手への信号伝達を実現した。TMRの外科手術を行った後、“心と体”を結ぶリハビリプログラムや、VR(バーチャルリアリティ)を使ったトレーニングを重ねてきた。セッションでは、マシーニー氏によるヘッドマウントディスプレイを使ったVRトレーニングが披露された。
現在、マシーニー氏は日常生活をある程度こなせるほどまで扱いに習熟している。YouTubeでは器用に義手を使いながらキッチンに立って料理をしたり、庭の手入れをしたりする動画が公開されている。ピアノで“Amazing Grace”を弾くこともできる。壇上のデモを見て最も驚いたのは、ペットボトルを握って水を飲む場面だった。一連の動作にぎこちなさは皆無で、無理なく信号が脳からロボットに伝わっていることを実感させる瞬間だった。
現在、マシーニー氏は日常生活をある程度こなせるほどまで扱いに習熟している。YouTubeでは器用に義手を使いながらキッチンに立って料理をしたり、庭の手入れをしたりする動画が公開されている。ピアノで“Amazing Grace”を弾くこともできる。壇上のデモを見て最も驚いたのは、ペットボトルを握って水を飲む場面だった。一連の動作にぎこちなさは皆無で、無理なく信号が脳からロボットに伝わっていることを実感させる瞬間だった。
セッション中、難なくペットボトルをつかんで水を飲むマシーニー氏
講演後、会場を散策するマシーニー氏に声をかけ、握手してもらう機会を得た。触感こそヒンヤリとしたロボットハンドだが、力加減が絶妙できちんと“握手に適した握り具合”になっていることに驚く。マシーニー氏の高度な筋電義手は最先端事例ではあるが、ここで紹介したように世界各地で人間とロボットの生体的な融合が進みつつある。5年後、10年後のさらなる進化が楽しみである。
小口 正貴=スプール
小口 正貴=スプール
本記事は、日経BP総研とSansan株式会社が共同で企画・制作した記事です。
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