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Features Business 公開日:2018.09.06

画像解析×AIで挑む医療のパラダイムシフト

効率化で医療の質向上を目指す、「iPS細胞の工業製品化」まで視野に。

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「今後、ますます医師の数が減っていく一方で、医療画像をはじめとする医療データは桁違いに増えていく」。この問題意識の下、医療画像解析の負担を軽減し、効率化を図るべく、技術開発に取り組んでいるベンチャー企業がある。東京大学発ベンチャーのエルピクセル(LPixel)である。ライフサイエンス(生命科学)領域における画像解析ソフト/システムに強みを持つ同社は、AI(人工知能)を活用することで、医療画像から高い精度で疾患を見つける仕組みづくりを目指す。

 社会の安心・安全、人の幸せに貢献できるAI活用。vol.3は、エルピクセルの取り組みと彼らが目指す社会像を紹介する。

21世紀は融合(フュージョン)によって進化する

 エルピクセルは2000年に前身の研究室が発足して以来、画像解析の分野でさまざまなパートナーと共同研究を続けてきた。国立がん研究センターは古くからのパートナーであり、現在も20サイトほどで共同研究を推進中だ。

 同社が初めてAIを活用したのは、2012年にオンラインジャーナル「Nature Communications」に発表した能動型学習ソフト「CARTA(Clustering-Aided Rapid Training Agent)」。生物医学画像データを自動分類できる点が特徴である。

 CARTAの主な適用分野として考えたのが「Radiomics(ラジオミクス)」だ。

 「Radiomicsは、Radiology(ラジオロジー、放射線医学)に研究を意味するomicsを付けた造語です。放射線画像、MRI(磁気共鳴断層撮影装置)、CT(コンピュータ断層撮影装置)といったそれぞれの画像解析だけでなく、それらを結びつけ、統合的に解析して新たな知見を生み出そうという研究です」(代表取締役の島原佑基氏)

 一般的に機械学習では教師データが多ければ多いほど分類精度が高くなる。これに対してCARTAは、機械学習ではあるものの、最小限の教師データで高い精度での分類を可能にする点が特徴。各種の画像を分類し、関連付けることで、病理診断や疾患の予測に結びつけていきたい。島原氏はこう話す。

病理診断にパラダイムシフトを起こす

 同社は2017年11月に発表したAIによる医療画像診断支援技術「EIRL(エイル)」で、さらに歩を進めた。EIRLの特徴を以下のような点だ。
  • 医師のダブルチェック、トリプルチェックによって品質が担保された学習データを使用
  • 学習データが少なくても効率的・高精度に学習する独自技術を活用
  • 主要な画像診断装置および撮影プロトコルで撮影した医療画像に対応
  • PACS(医療用画像管理)システムと連携可能
 EIRLの目的の一つは、全国にわずか5500人、医師全体の約2%しかいないとされる放射線診断医の画像診断を的確にサポートすること。結果として、医療画像の読影見逃し回避と業務負担の軽減につながる。
エルピクセル代表取締役の島原佑基氏
 現在、脳動脈瘤、正常圧水頭症、乳がん、肺がん、大腸がんなど10テーマでEIRLを用いた研究開発を進めている。共同研究リストには東京大学医学部附属病院、独デュイスブルク・エッセン大学医学部、東京慈恵会医科大学、大阪市立大学などが並ぶ。

 中でも経済産業省による「戦略的基盤技術高度化支援事業」の一環として、福岡市の顕微鏡メーカーであるTCKなどと取り組んでいるテーマの「3次元病理」は、病理診断にパラダイムシフトを起こす可能性があるAI病理診断支援システムだ。

 病理診断は基本的に、検査対象の細胞を載せたプレパラート(病理組織標本)を作り2次元の顕微鏡で検査する。これを、3次元で検査できれば、もっと厳密に検査できるようになる。表面では見えない細胞の状態を反映することで、病気の進行状況などをより詳しく把握できるためだ。この3次元検査のための装置を、エルピクセルとTCKが共同で開発している。

 「例えば胸部のX線画像を思い浮かべてみてください。昔は低解像度が普通でしたが、今はCTやMRIの発達により、高解像度かつリッチなボリュームで見ることが普通になりました。そこで、放射線科で起こったのと同じことが病理の世界でも実現できるのではないかと考えました。高解像度かつ3次元になれば、今まで見えなかったところが見えてくるようになります。確定診断を下すためにミスができない病理診断の質の向上に、EIRLは大きく貢献すると考えています」(島原氏)

 病理医の数は放射線診断医よりもさらに少なく、医師全体の1%未満、約2300人に過ぎない。プレパラートの出来は経験と技量によるところが大きい。出来栄えにバラツキがある中で、病理医の作業は負担が大きい。病理の検査はプレパラート1枚を数百倍など高倍率で拡大して、通常の細胞と違っているところがないか、隅から隅まで見る必要がある。加えて、通常と異なる部分は、それがどのように違っているのかを判断する。当然、異常を見つけるところ、数多ある疾患の診断材料とひも付けるところでは、病理医の経験や技量がものをいう。

 結果として、病理診断を要する手術は、ただでさえ数が少なく多忙を極める病理医のスケジュールに合わせなければならず、場合によっては患者を長い期間待たせることにもなりかねない。

 そうした課題解決に向けたシステム開発は、徐々にゴールに近づいている。島原氏は、2019年4月には電子顕微鏡、レーザーアブレーションシステム、3次元画像判定用エンジンで構成されるシステムを販売するという。

iPS細胞は「工業製品」になっていく

 一方で、創薬研究の下支えにも着手した。といっても、創薬そのものではない。創薬に伴う実験で、細胞の変化を捉える場面で同社の画像解析技術を使おうというものである。

 具体的には、2018年6月、京都大学発ベンチャーのマイオリッジが製造するiPS細胞由来の心筋細胞「CarmyA(カルミア)」向けとして、動画像解析システム「Carmy Analyzer」の提供を開始した。抗がん剤などの医薬品の心毒性(心臓への副作用)評価で、iPS細胞由来の心筋細胞を利用できれば、動物実験などを経ることなく、早期の段階からヒトの細胞で実験できるため、創薬期間の大幅な短縮を見込める。

 島原氏は、将来的に再生医療の分野でも同社の技術を活用していけるのではないかと見ている。
「iPS細胞は今後、工業製品になっていくと思っています。iPS細胞を利用して動物の体内でヒトの臓器を作る研究が現実的に進んでいますが、将来はもしかしたら臓器をゼロから作る技術が生まれるかもしれません。

 その製造プロセスを自動化し、iPS細胞由来の臓器などを、効率的かつ大量に生産する――。これを実現していくには、安全性と品質を担保する仕組みが欠かせません。そこには必ず画像解析やセンサー情報を活かした品質管理が必要で、その分野に可能性があると感じています。しかも相手は生き物。細胞や組織のことを理解したうえで画像解析のシステムを作る必要があります。そこに我々のアドバンテージがあります。

 有機物が厄介なのは、ある時点では健全でも、どこかのタイミングで“がん化”する可能性があるということです。それをどうしっかり管理していくか。まだ公的な指標は存在しませんが、基準を決めない限り工業製品にはなりません。今後、一丸となって取り組んでいくべき課題です」(島原氏)

疾患の早期発見を促し、医療費削減につなげる

 OECD(経済協力開発機構)の統計によれば、日本のCT、MRIの人口あたりの設置台数はずば抜けて多い。また内視鏡はオリンパス、富士フイルム、HOYAがグローバルで圧倒的な強さを見せる。島原氏はこの特徴を「医療画像の質・量ともに世界一。日本こそ良質な医療画像から優れたAIを生み出せる環境」と捉えている。

 世界的に見ると、この数年の間に、AIを用いた診断支援ソリューションやアプリは激増した。新興企業がしのぎを削り、覇権を取ろうと躍起になっている。島原氏は「だからこそ切磋琢磨して、どんどん社会の中に組み込まれていくはず」と予想する。

 「我々のような画像診断支援技術が進化を遂げ、“いつの間にか機能として組み込まれていた”という日が来るのもそんなに遠い未来ではないでしょう。少しでも早く疾患の早期発見が実現できれば、やがては医療費全体を押し下げる大きなインパクトになります。ですが、医療は診断だけではなく治療がセット。診断方法ばかりが進んで治療法がないのでは意味がないので、常に両輪で発展していかなくてはなりません。そこでもAIが活躍する世界が来ると信じています」(島原氏)


小口 正貴=スプール


本記事は、日経BP総研とSansan株式会社が共同で企画・制作した記事です。
© 2019 Nikkei Business Publications, Inc. / Sansan, Inc.

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