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Features Business 公開日:2021.04.12

「DXの第一歩は市場との対話にある」、クラウドファンディングから見いだす自社の可能性

 企業がデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進する利点は、オンラインを通じて市場に自社のアイデアを問いかけ、反響をダイレクトに獲得できること。DX時代のビジネスは、市場と対話しながらプロダクトを共創するものへと変わりつつある。

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 クラウド名刺管理サービスを提供するSansanが、3月8日から12日の5日間にわたる大型のオンラインカンファレンス「Sansan Evolution Week 2021 Spring - The Dawn of DX -」を開催した。

 その中で「DXの第一歩は市場との対話にこそある」と題されたセッションがライブ配信された。埼玉大学経済経営系大学院の准教授であり、経営戦略論・組織論に精通する宇田川元一氏と、株式会社マクアケの取締役を務め、クラウドファンディングサービス「Makuake」で数多の事業を支援してきた坊垣佳奈氏が、市場との対話から生まれるイノベーションについて議論を交わした。

長期経営の企業に発生する「市場と戦略のタイト・カップリング化」

 手始めに宇田川氏は、企業は長期経営を続けると、一つのジレンマを抱えがちになることを指摘する。戦略論の最高峰誌『Strategic Management Journal』で2003年に発表されたDanneels氏の論文を引用しながら、この問題を「市場と戦略のタイト・カップリング化」と表現してこう語る。

宇田川氏:企業は長く活動していると、往々にして戦略の幅が固定化されていきます。大手・中小問わず、事業の立ち上げ当初より顧客の幅が縮小していると感じている方は多いのではないでしょうか。なぜこのような現象が起きるかというと、限られたターゲットに対してより効率的に製品やサービスを届けようとするから。結果、既存顧客への理解は深まるものの、別の市場や可視化されていない潜在顧客のことは一層見えなくなり、アクションの方法も狭まっていく。つまり、市場と戦略がきつく結びついた「タイト・カップリング」の状態になるのです。

 多くの企業は本来なら、自社の可能性を模索し、新規顧客を開拓できるだけのポテンシャルを持っている。だが、既存顧客の満足度を追いかけるあまり、戦略が固定化しているのが実情だ。事実、かつて拠点としていた九州で地場産業を調査していた宇田川氏は、「販売チャネルを少し変革しただけで、『こんな市場や顧客が存在したのか』と自社の可能性に気づく企業は多い」と実感を込める。
埼玉大学経済経営系大学院准教授、宇田川元一氏
 とはいえ、長年にわたって同じターゲットだけに目を向けてきた企業が、新たな販売チャネルを開拓するのは簡単ではない。未知の市場や顧客へのアクセスを、どのようにして獲得したらいいのだろうか。そこで有効な手だてになるのが、DXによる顧客との対話だ。例えばMakuakeはその入り口になると坊垣氏は話す。

坊垣氏:クラウドファンディングというと資金集めのイメージを持たれると思いますが、支援者の方の感覚としてはモノを買うことに近いです。なのでMakuakeでは、資金援助のことを「応援購入」という言葉で表現しています。ただ、それは百貨店に陳列された大量生産の商品や、楽天やAmazonのようなEコマースでの購入体験とは少し違う。Makuakeのプロジェクトページは、モノづくりの背景や想いの部分が前面に打ち出され、「今の世の中にはないこんなモノを作りたい」という発表の場になっています。そのため、Makuakeの用途は資金集め以外にもテストマーケティング、初期のプロモーション、顧客との直接的な接点づくりなど多岐にわたっています。

坊垣氏:通常の商品開発では、ヒットするカラーなどを正確に予想するのは難しく、結果として在庫を抱えてしまうことが多い。このような問題も、Makuakeでの商品開発なら先にどのカラーを求めている人が何人いるか分かるので、それに合わせて生産できます。

 さらにMakuakeで注目されれば、事業成長の速度も飛躍的に上昇する。

坊垣氏:以前なら10年、20年かけて育てていた事業が、一気に1億円の支援を集めることもあるんです。
株式会社マクアケ取締役、坊垣佳奈氏

評価を得ることで企業は自走する。Makuakeで生まれた成功事例

 では、実際に顧客との対話からどのような成功事例が生まれたのだろうか。坊垣氏は地域産業の盛り上げ事例として、岐阜県関市での刃物産業の取り組みを紹介する。ツカダが発表した「Key-Quest」は、カッター・ハサミ・ドライバーなどの機能を兼ね備えたポケットサイズのアイテムで、キーホルダーとしてスマートに携行できる。同社の強みである金属プレス加工技術を応用し、これまで未開拓だったBtoCの商品として開発された。

 「これが1〜2カ月の間に約2300人から注文され、その資金で商品開発や売り場展開を進めていった」と坊垣氏。自社のアイデアを世の中に出したことで、これまで可視化されていなかった潜在顧客とダイレクトにつながったのだ。ここで特徴的だったのが、単発のビジネスの成功に終わらなかったことだろう。

坊垣氏:その反響は社内にも跳ね返り、新商品のアイデアが生まれました。これがまたMakuakeで話題になり、2000人以上の応援購入を獲得。このように社内で成功事例が出ると、社員の意気込みも上がってアイデアが次々と出るようになる。こうして1社が盛り上がると、特に地域の地場産業は横のつながりが強いため、別の企業も新たな事業展開に興味を持ち始める。その結果、関市では多くの企業がMakuakeに挑戦する流れができ、刃物の市としてのブランドが広がるきっかけになったとも言われています。
 評価を得ることはモチベーションを喚起する。宇田川氏は「チャレンジしたことで『自分たちにも何かができる』という感覚が芽生え、自社のアイデンティティーや市場の見え方が変わる」と同調する。これは言い換えると、市場と戦略のタイト・カップリングから脱却していくということだ。

 さらに坊垣氏は、その他の事例も紹介する。村岸産業株式会社の展開する「熊野筆」は、化粧筆としてのシェアを確立していた一方で、需要の頭打ちや人口減の影響を危惧し、新たな事業展開を検討していた。「そこで化粧筆の技術を転換し、繊細な肌触りのボディーブラシや洗顔筆をMakuakeで発表。5000万円以上近くの応援購入が集まりました」(坊垣氏)。これは顧客との対話を通じ、自社の技術の活用方法が発見された代表例と言える。
 また、新たな流通経路の開拓もDXのもたらす恩恵の一つだ。日本酒の酒蔵である飯沼本家では、しぼりたての日本酒をボージョレ・ヌーボーと掛けて「日本酒ヌーボー」として販売。Makuake初期の事例にも関わらず、1000万円の応援購入を獲得した。

 酒屋に卸して販売する従来の流通経路では、品質管理をよほど徹底しない限り、しぼりたての味を維持することは難しい。そのため、顧客とダイレクトに取引することで流通経路を短縮し、全国各地に届ける仕組みは画期的だった。「これまでの常識では、商品を広く販売するには流通経路が長くなるのは仕方ないとされていました。流通経路を短くしても全国にリーチできるのは、DtoCによる象徴的な変化です」(宇田川氏)

 各事例に共通する要素として、データを活用した事業最適化も見逃せない。Makuakeの場合、応援購入したユーザーのエリア、男女構成、年齢、職業といった属性データがフィードバックされる。さらにはアンケートを配布し、購入理由や用途のヒアリングも可能だ。市場の変化の激しい現代において、データを商品開発やプロモーションに生かすことは欠かせない戦略となっている。

顧客との対話はスモールスタートで構わない

 このような顧客との対話は、スモールスタートでも構わないから一歩を踏み出してみることが重要だ。「大きな構想をガチガチに固めるよりは、まずは足元にある技術で何かをやってみる。その結果、全く想像できなかった未来が実現できたというケースも多いです」(坊垣氏)。だからこそMakuakeでは、プロジェクトページをオンラインのみで完成させられるなど、サービスはミニマムに、手軽に始められるように設計されているという。

 宇田川氏は、Makuakeの取り組みに独自の見解を示した。

宇田川氏:一連のお話から感じたのは、応援することの本質的な意味。例えば、私が大の漆器好きで、徐々に衰退していく産業の役に立ちたいと思ったとします。その際、製品をたくさん購入するのも素晴らしいことですが、それにはやはり限界もある。だとすると重要なのは、その産業の守るべき技術や価値観を、持続可能なビジネスに変えていくこと。Makuakeはそこに重きを置いているのだと思います。

 近年では、人口減やテクノロジーによる技術革新などの余波を受け、さまざまな地場産業が衰退の憂き目に遭いつつある。だが、日本が世界に誇るモノづくりの技術は、DXによって持続可能なビジネスへと形を変えることが十二分に可能だ。

 最後に両氏はセッションをこう締めくくる。

宇田川氏:時代の変化を受けて「何かやらなきゃ」と危機感を感じている企業の多くは、現状を打開するために大きな仕掛けが必要になると考えがち。ですが、本当はちょっとしたきっかけで見える風景が変わり、その風景の地点にたどり着くと、また別の風景がひらけているもの。変革はこの連鎖によって起きていきます。

坊垣氏:最初から大きなことを想定すると準備にすごく時間がかかったり、始めるきっかけとの距離が遠ざかったりしてしまう。その過程で事業が頓挫したり、いつの間にか議論から消えたりといったケースはたくさん見てきました。足元のできることから一つひとつチャレンジしていくのは、新しい世界を作る上で非常に重要かなと思います。

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