Features Lifestyle 公開日:2018.06.06
プロダクトマネジメントの極意──技術アドバイザー・及川卓也
「プロダクトマネジメント」の第一人者、及川卓也氏がグーグル時代のすべてを語る。

「人生100年時代」とも言われる現代、私たちのワークスタイルはどう変わっていくのだろうか。そんな素朴な疑問から始まった企画が本特集「働き方の未来」だ。
「働き方」はすべてのビジネスパーソンに関係のある話だ。そのため、「タスク管理の方法」といった仕事術のような企画もできれば、定年後の生き方までを見据えた「キャリアの歩み方」といった企画も考えられる。これらすべてを丸ごと取り上げられそうな企画はないだろうか?
そう考えて登場してもらったのが、日本で最も有名なIT技術者の1人、及川卓也氏だ。
第1回「営業の仕事が今の自分を作った」では、高校生時代から大学新卒で入社したDECまでの話を聞いて、ビジネスパーソンの基礎を固めた時代を振り返ってもらった。第2回の「マイクロソフトの幹部教育で学んだメンタリングの極意」では、初めて転職を決めた時の状況や考え方、そしてマネージャーとして成長していった当時の話を聞いている。
第3回となる今回はグーグル時代をメインテーマにインタビューした。マイクロソフト時代に手がけていたパッケージビジネスから離れて、及川氏はWebビジネスとどう向き合ったのだろうか。プロダクトマネージャーとしての才能を花開かせた当時のエピソードを聞いた。
「働き方」はすべてのビジネスパーソンに関係のある話だ。そのため、「タスク管理の方法」といった仕事術のような企画もできれば、定年後の生き方までを見据えた「キャリアの歩み方」といった企画も考えられる。これらすべてを丸ごと取り上げられそうな企画はないだろうか?
そう考えて登場してもらったのが、日本で最も有名なIT技術者の1人、及川卓也氏だ。
第1回「営業の仕事が今の自分を作った」では、高校生時代から大学新卒で入社したDECまでの話を聞いて、ビジネスパーソンの基礎を固めた時代を振り返ってもらった。第2回の「マイクロソフトの幹部教育で学んだメンタリングの極意」では、初めて転職を決めた時の状況や考え方、そしてマネージャーとして成長していった当時の話を聞いている。
第3回となる今回はグーグル時代をメインテーマにインタビューした。マイクロソフト時代に手がけていたパッケージビジネスから離れて、及川氏はWebビジネスとどう向き合ったのだろうか。プロダクトマネージャーとしての才能を花開かせた当時のエピソードを聞いた。
「OSの時代」から「Webの時代」へ
2006年にマイクロソフトからグーグルに移ります。何がきっかけだったんでしょうか?
その頃に「Windows Vista」を作っていたんですね(笑)。笑ってしまったのは理由があって、Vistaはやはり本当にダメだったんです。「Windows XP」を出してから5年半かけて開発したのですが、作っている時から失敗しか見えない。途中で「Windows XP SP2」をリリースするために、1、2年は開発が実質的に止まりもしました。本当はもう一度やり直せば良かったんでしょうね。
Vistaではきれいな製品開発の手法を採用していました。最初のプランニングで様々なペルソナを作って、こういうペルソナにはこの機能が効くだろう、と詳細に設計していったんです。それに、カーネルを大改革するという開発上のチャレンジもありました。
いろんなことを一気に変えようとしたのは、試みとしては素晴らしいと思います。ただ、開発が長引いたのに当初の計画を見直さなかったんですね。その間にネットが一般にも普及していったので、最後の最後で「このままリリースしてはいけない」ということになりました。スケジュールも遅延していましたから、この機能は外そう、代わりにこれを入れようとつぎはぎした挙げ句、ハードウェアスペック的にも厳しい状態のまま発売することになったんです。
Vistaではきれいな製品開発の手法を採用していました。最初のプランニングで様々なペルソナを作って、こういうペルソナにはこの機能が効くだろう、と詳細に設計していったんです。それに、カーネルを大改革するという開発上のチャレンジもありました。
いろんなことを一気に変えようとしたのは、試みとしては素晴らしいと思います。ただ、開発が長引いたのに当初の計画を見直さなかったんですね。その間にネットが一般にも普及していったので、最後の最後で「このままリリースしてはいけない」ということになりました。スケジュールも遅延していましたから、この機能は外そう、代わりにこれを入れようとつぎはぎした挙げ句、ハードウェアスペック的にも厳しい状態のまま発売することになったんです。
社会的な影響の大きいプロダクトを開発するの難しさもあったんでしょうね。
こういう開発の経緯を間近に見ていて、「これはもうOSの時代じゃないな」と思いました。また、「Windows 2000」から「Windows Server」へ、そしてXPからVistaへという流れを見ていると、日本法人の開発への関わり方も薄くなったり、あるいは限定されたりしてきました。
Vistaの次がどんな製品になるかわからない。でも、2、3年後にまた「Windows」の新製品を出そうという時、やることは大きく変わらないと思いました。当時40歳になったばかりだったんですけれど、40代をWindowsに費やしていいのかな、と。
Windowsはすごくいい製品です。社会的意義も大きい。けれど、私がいなくてもできるだろうし、同じことを繰り返すのもイヤでした。それで「次はWebだ」と考えたんです。
Vistaの次がどんな製品になるかわからない。でも、2、3年後にまた「Windows」の新製品を出そうという時、やることは大きく変わらないと思いました。当時40歳になったばかりだったんですけれど、40代をWindowsに費やしていいのかな、と。
Windowsはすごくいい製品です。社会的意義も大きい。けれど、私がいなくてもできるだろうし、同じことを繰り返すのもイヤでした。それで「次はWebだ」と考えたんです。

2006年前後といえば、まさに「Webテクノロジー」が注目を浴びようとしていた頃ですね。
そうなんです。だから、マイクロソフト社内でWebといえば「Windows Live」があるな、と。それで話を聞いてみたのですが、どうもうまくいきそうに思えない(笑)。それで社外のチャンスを探し始めました。
当時のグーグルは上場していましたし、世界中でプロダクトが使われていました。ただ、日本法人が何をやっているかが、外からまったく見えない。本社も、20%ルールのような変わった文化があることだけは伝わってくるんですが、社内がどうなっているかはまったくわかりませんでした。
その頃、梅田望夫さんが『ウェブ進化論』(ちくま新書、2006年)を上梓されて、読んでみると「グーグルがすげえ」って書いてあるわけじゃないですか。すごく気になって、落ちてもいいし、入社できて合わなかったらすぐ辞めてもいい、それでもグーグルの中を見てみたいと思って、つてをたどっていったんです。私のような者が入れるポジションはあるかな?と思ったら、ちゃんとありました。それが「プロダクトマネージャー」という役職だったんです。その後は長いプロセスを経て……どれくらいでしょうか、5カ月はかかったような記憶がありますが、それで入社しました。
当時のグーグルは上場していましたし、世界中でプロダクトが使われていました。ただ、日本法人が何をやっているかが、外からまったく見えない。本社も、20%ルールのような変わった文化があることだけは伝わってくるんですが、社内がどうなっているかはまったくわかりませんでした。
その頃、梅田望夫さんが『ウェブ進化論』(ちくま新書、2006年)を上梓されて、読んでみると「グーグルがすげえ」って書いてあるわけじゃないですか。すごく気になって、落ちてもいいし、入社できて合わなかったらすぐ辞めてもいい、それでもグーグルの中を見てみたいと思って、つてをたどっていったんです。私のような者が入れるポジションはあるかな?と思ったら、ちゃんとありました。それが「プロダクトマネージャー」という役職だったんです。その後は長いプロセスを経て……どれくらいでしょうか、5カ月はかかったような記憶がありますが、それで入社しました。