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Features Business 公開日:2018.11.13

2040年、1泊4億円の月面リゾートホテルオープン、そして人類は火星へ

水など月の資源を活用して、いずれは火星への移住は実現できるか。

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 月や月の近傍空間、さらに火星へ向かう宇宙開発は発展が見込まれる「未来市場」と言われ、世界中の動きが活発化している。宇宙開発の市場規模は2016年で約35兆円。2040年には300兆円(バンク・オブ・アメリカ試算)ともいわれる。そのドライブとなるのが宇宙資源の利用だ。
月の水資源を利用すれば火星への燃料補給基地ができる(提供:ispace)
 前回の記事で紹介したように、月に水資源があればロケットの燃料を調達できる。ロケット打ち上げコストが下がれば宇宙活動が増え、マーケットが拡大すると見込まれるのだ。この世界潮流に乗り遅れまいと、三菱総合研究所と月資源探査を目指す日本のスタートアップのispaceは2016年末に、「フロンティアビジネス研究会」を立ち上げた。現在、大手ゼネコンや通信、法律事務所など約30社が参加して、様々な議論をしている。その主な目的は日本発の宇宙資源ビジネスを作ること。

 具体的に宇宙資源を使ったどんなビジネスが考えられるのか。2018年は食料、居住、資源など5つのワーキンググループに分かれて研究。11月1日のシンポジウムでその内容が発表された。特に興味深かったのが居住ワーキンググループによる「月面リゾートホテル」だ。

超富裕層向けホテルは水1リットルが9万1000円

 2040年、月に1000人が暮らし、年間1万人の旅行者が訪れる時代。旅行者が訪れるなら、当然ホテルが必要になる。

 居住ワーキンググループのリーダーである清水建設フロンティア開発室の鵜山尚大氏の発表によると、月の赤道近くに作られたリゾートホテルの宿泊プランは1泊4億円で2泊から。ホテル周辺のアトラクション利用料は1日1億円。イベント開催費は30億円から。宿泊可能日数は年間144日(月の昼の期間のみ)。宿泊可能人数は1日50人で従業員は10人。月2回のイベント開催を見込む。
NASAのルナリコネッサンスオービタが観測した「地球の出」。月滞在者の最大の楽しみ(提供:NASA)
 1泊4億円のホテルって、いったい誰が泊まるのだろう?ホテルのメインターゲットは資産50億円以上の超富裕層だ。英国企業の2018年のレポートによると、この層の人口は世界で12万9000人存在するという。
 超お金持ち50人が年間144泊、客室の稼働率が90%とすると、1年に月面リゾートホテルに宿泊するのは6480人。これは超富裕層の5%に相当するそうだ。

 売り上げやいかに。宿泊者が毎日1回、周辺アトラクションを利用し、月2回の特別イベント(地球の6分の1の重力を利用した月面スポーツ大会とか面白いかも)が開催されるとする。利益率70%として、ホテルの年間売上高は3兆円になる。

 ここまではありがちな試算かもしれない。だがこの試算が面白いのは、水や食料などにどのくらいの予算が割けるか、具体的な数値を導き出していることだ。その詳細は省くが、様々な検討から水や電気、食料、通信費などに1日に使える費用は13億7000万円とはじき出した。

 例えば、人間らしい暮らしをするために1日に最低限必要な水は50リットルと想定。1日に約3000リットルの水が必要になる。食料は1日1人あたり2000Kcalが必要。これらを積み上げていった結果、要求価格は水1リットルあたり9万1000円。食料は1kcalあたり2万1000円という価格になった。つまり1000kcalのラーメンを1杯食べると約2000万円になるということ!

 宿泊料金が変われば、要求価格も変わる。どのくらいの価格設定なら妥当なのか、宿泊料金を上げるべきか下げるべきかなど議論するたたき台の数値として非常に興味深い。

資源グループの試算は水100g=10万円

 一方、資源ワーキンググループの試算ではどうか。グループリーダーでispaceの中村貴裕COOによると、現在、米国航空宇宙局(NASA)などが発表している月面の水情報から試算し、飲み水の形に加工するコストを考えると水の価格は1g12ドル、100gでは10万円を超える。「月の水は高級ワインより高い」とのこと。月面リゾートホテルの試算より一桁高いものの、国際宇宙ステーション(ISS)で飲む水は、一時期コップ1杯30万~40万円と言われたから決して高くはないとも思われる。このあたり、日常感覚と乖離しすぎてだんだん麻痺してくるのが怖い。
2009年、ISSで尿から再生した飲料水で乾杯する若田光一宇宙飛行士(左端)ら(提供:NASA)
 中村氏によると、水が月のどこにどれくらい、どういう形であるかという情報を取得するのが重要であり、氷の状態によって掘削する手法が変わってくるという。

 月の資源は水だけでなくレアメタル、月の土であるレゴリスに7割ほど含まれるシリケイトなどが期待される。これらを顧客によって資源のまま、あるいは飲み水やロケット燃料、資材・建材、太陽光パネルなどの2次資源の形に変えて販売する。

ユーグレナ100%のハンバーグを試作

 月での食糧はどうか。現状、ISSの宇宙飛行士は地上から運んだ宇宙食を食べている。「毎回、地上から持って行くわけにはいかないと知りつつも、食糧生産システムで実証されている例はほとんどない」と食料ワーキンググループのリーダーでユーグレナの研究開発担当執行役員である鈴木健吾氏は問題提起する。強いて言えば、ISSでレタス栽培が実用化されているぐらいだが、レタスだけを毎日食べるわけにはいかない。
ISSでレタスや白菜などを栽培している(提供:NASA)
 この問題をどう解決できるのか、実は日本は世界最高の効率を誇る食糧生産技術があると鈴木氏は語る。ユーグレナでは植物プランクトンの藻類(ミドリムシ=学名ユーグレナ)の培養技術、人工培養肉の技術を有する。人が1日の生活で排出する二酸化炭素は1日600g、消費カロリーは2000~2500Kcal。例えばジャガイモは100㎡あたりで1㎏生産と、収穫に広大なスペースが必要だが、ユーグレナ生産モジュールを使えば10分の1~100分の1のスペースで、二酸化炭素を処理して閉鎖生態系を構築し、生命維持を実現できる可能性があるそうだ。

 ユーグレナでは宇宙利用を想定し地上で試験を行っている。例えば人の生活排水を肥料として用いてユーグレナの生産テストを佐賀市の下水浄化センターで実施。安全面で問題ないユーグレナが育っている。さらにユーグレナ100%のハンバーグを試作。「健康面では問題ないが味に課題あり」とのこと(食べてみたい!)。 鈴木氏によるとユーグレナ100%ハンバーグは黄土色。焼き目をつけようとバーナーであぶるなど、試行錯誤中だそう。

 月と火星に3000人が滞在し、1人1日10万円の食費と仮定すると、市場規模は1000億円を超える。原価計算や調理をどうするか、様々な課題がある。一方、食糧生産モジュールができれば月面だけでなく地上の極地でも使えるという意見も出た。今後、地上や宇宙低軌道での実証も検討していきたいという。

火星の居住実験、日本でもスタート

 2040年、月リゾートホテルで超お金持ちがユーグレナハンバーグを食べているとしたら、人類は火星への進出を始めているはずだ。火星への旅は課題が多い。放射線被ばくなど人間の心身に与える影響、宇宙輸送、食糧、生命維持システム・・・。

 確かに課題は満載だ。しかし、「情熱とやる気と予算があれば、解決できる」と、油井亀美也宇宙飛行士は語っていた。「15世紀ごろ、つまりマゼランが世界1周し、コロンブスがアメリカ大陸にたどり着いた頃に比べれば、(火星有人探査は)課題がはっきりしている。当時は何が危険かもわからない状況で航海に出ていたのだから」。むしろ国際協力で一つの目標に向かい、各国が意義を見つけ情熱を持ち続けることが鍵であり難しいことだという。
米国ユタ州では火星模擬基地で火星シミュレーション実験が行われている(提供:The Mars Society / NPO法人日本火星協会)
 実は今、世界中で模擬火星実験が行われている。米国、ロシア、イスラエル、オマーンなど世界十数カ所で実験が行われ、中国も模擬火星基地を作ると発表した。

 そのうちの一つ、米国ユタ州の砂漠の中にある模擬火星基地(MDRS)は古株だ。ここで2016年に国際チーム7人の副隊長として80日間、2018年にはアジアチーム7人を率いる隊長として2週間の火星シミュレーション実験を率いたのが村上祐資さん。彼は南極越冬隊やJAXA(宇宙航空研究開発機構)閉鎖実験など極限環境での滞在が計1000日を超え、「火星に最も近い男」とも呼ばれる。
 MDRS火星模擬実験の目的は、火星有人飛行におけるチームダイナミクスの問題点を洗い出すこと。実施母体は米国の民間団体「火星協会」。設立者であり航空宇宙技術者のロバート・ズブリン氏が考案した火星探査計画に沿った基地で、クルーたちは過ごす。基地の外は火星という設定だから、外に出るときは宇宙服を着て船外活動を行う。

 食糧は缶詰やフリーズドライが中心。1日に使う水は1人当たり5リットル(月面ホテルの10分の1)。水を巡るトラブルで今年のミッションはあわや中断の機器に陥った。

日本人は火星有人飛行に向いている

 2018年3月24日から始まった火星シミュレーション実験の滞在8日目。ちょうど実験中盤に差し掛かったころ、2つある貯水タンクの水の汚染が発覚した。タンクは外(=火星空間)に置かれているため、清掃には宇宙服を着なければならないが、宇宙服を着た状態で完全にきれいにすることは不可能だった。

 隊長の村上さんは、クルー全員を健康に家族のもとに帰すのが最大の使命。水を飲むなら実験は中止と結論を出した。だがチームは解決策を必死に模索し、宇宙服を着ずにタンクを完全に清掃できる場所を見つけ、問題を解決に導いた。
クルーが滞在する基地は直径8mの円筒形でロケットに搭載できる大きさ。外に出るときは必ず宇宙服を着用(提供:The Mars Society / NPO法人日本火星協会)
 MDRSでの火星シミュレーション実験はこの時、191回目。過去のチームは喧嘩してクルーが出て行ってしまったり、事故が起こったりなど破たんしたケースも多い。MDRSディレクターから、「過去191チーム中一番見本になるチームだった」と最高評価を受けた。

 なぜ191回目のチームは最高評価を受けたのか。村上さんは日本人が火星ミッションに向いているという。「(日本人含め)アジア人は、異なる能力を持つ人たちの力も含めてあらゆるリソースを使い切る。そして例えダメなところがあっても『この人はだめだ』とレッテルを張ったり切り捨てたりしない」とその理由を話してくれた。「日本人の曖昧さ」がいいとも言う。

 JAXAの元マネジメントも「飛行期間が半年以上と長く、逃げ場のない火星ミッションでは、西欧的な白か黒かという一つの物差しでなく、グレーもあるという日本人の考え方や『八百万の神』的なとらえ方がうまくいくのでは」と言っていた。曖昧さとは、多様なものの見方や受容の精神に通じると。

 村上さんは今、南極観測船初代「しらせ」を宇宙船にして、日本で模擬宇宙生活施設を作るチャレンジを始めた。最初の模擬実験は2019年2月から2週間の予定だ。「しらせ」を火星に向かう宇宙船に見立て、隕石が衝突したという設定で宇宙服を着て船外活動も行う。
日本初の民間模擬宇宙生活施設となる南極観測船初代「しらせ」(撮影:林公代)
 この模擬宇宙実験は宇宙に行くための実験でありつつ、ストレスの多い職場や災害時の避難所などでどうしたらうまく暮らしていけるかを考えるためにも役立つ点が興味深い。実験実施のためのクラウドファンディングも実施中だ。

 地球に問題が山積しているのになぜ宇宙へ?という声をしばしば聴く。だが、宇宙に出ることは地球そのものを見つめ直すことに他ならない。月や火星に向かう旅は、地球の問題解決の鍵を見つける旅とも言えるだろう。


林 公代=サイエンスライター


本記事は、日経BP総研とSansan株式会社が共同で企画・制作した記事です。
© 2019 Nikkei Business Publications, Inc. / Sansan, Inc.

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