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Features Business 公開日:2018.08.09

[SOMPOホールディングス]保険会社が創る「保険が必要ない世界」

「まさかのときの補償」から「未然に防ぐ」へ、業界の転換期にデジタル化で向き合う

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 AI(人工知能)やブロックチェーンなどの技術が登場し、あらゆる分野でデジタル化が進んでいる。その動きは保険業界にも急速に波及しており、規模の大小にかかわらず、多くの保険会社がITと保険を組み合わせた商品や事業の開発に取り組んでいる。その強力な推進者の1社が、損害保険ジャパン日本興亜を傘下に持つSOMPOホールディングスだ。

 SOMPOホールディングスは、「デジタル戦略」を中期経営計画の主軸とし、2016年にデジタル戦略部を新設。さらに、デジタル分野における研究・開発の拠点となる「SOMPO Digital Lab」を東京、米国シリコンバレー、イスラエルに設置するなど、デジタル技術により従来事業の破壊が進行する「Digital Disruption」の時代において、自ら積極的に変革を仕掛けている。

 この大胆な取り組みのかじ取りをしているのが、グループCDO(Chief Digital Officer:最高デジタル責任者)を務める常務執行役員の楢﨑浩一氏である。保険業界は未経験ながら、シリコンバレーで長年培ったデジタル分野の経験を買われ、2016年にCDOとして招聘された。

“会社の死”を意識していた経営トップの覚悟が決め手に

 「魂のぶつかり合いがあった――」。CDO職を引き受けた理由について、楢﨑氏は開口一番にそう答えた。三菱商事に入社、シリコンバレー駐在後に転職、米国の新興企業でCEOを務めるなど、約20年間にわたって海外で活躍してきた楢﨑氏。それまでの経験から、SOMPOホールディングスがCDOとして誘いをかけてきたことに対して、当初は戸惑いもあったようだ。

 「2016年当時、実際に本気でデジタル化に取り組む企業はまだそれほど多くはありませんでした。SOMPOホールディングスから打診されたCDO職についても、『わが社はデジタル化を推進しています』という体裁を取り繕うだけではないかと、懐疑的だったわけです」(楢﨑氏)

 社外出身者が「必ずしも正当に扱われるとは限らない」ことも、三菱商事時代の経験から知っていた。このような背景もあって、「広告塔のような立場に立たされる仕事なら、引き受けるつもりはありませんでした」と当時を振り返る。
 しかし、SOMPOホールディングス グループCEO 代表取締役社長 社長執行役員の櫻田謙悟氏と、損害保険ジャパン日本興亜株式会社 代表取締役社長の西澤敬二氏に面会し、その考えが違っていたことを知る。両氏は、現状に対して並々ならない問題意識と危機感を持っており、デジタル化の必要性について真剣に考えていた。

 「2人とは、それぞれ別のタイミングで会って話をしましたが、言っていることは全く同じでした。それは、近い将来、デジタル化によって保険業界全体が破壊され、自社がなくなってしまう危険性があるということ。既に傾きつつある企業ならいざ知らず、事業規模が数兆円クラスの大企業のトップが、自社の“死”を現実のものとして意識していたのです」(楢﨑氏)

 両氏は「このままではいけない」という問題意識に加えて、「社内では危機に対処できない」という結論にも至っていた。だからこそ、専門家を外部から招聘し、デジタル化をきっちり進めたいと考えたわけだ。魂を持ってぶつかってきた相手から「力を貸してほしい」と頼まれたら、楢﨑氏としてはCDOを引き受けないわけにはいかなかった。

AIを活用したアプリで保険証券を自動読み取り、契約手続きまでをシームレスに

 CDOに就任した楢﨑氏が取り組んでいることには、大きく分けて2つある。既存ビジネスのデジタルシフトを支援する「持続的イノベーション」と、新規事業の創出や冒頭で紹介したSOMPO Digital Labの設置などを進める「破壊的イノベーション」だ。グループ内の視点で見れば、持続的イノベーションは「救いの天使」、破壊的イノベーションは「破壊の悪魔」といった位置づけになるだろう。部内では組織を2つに分け、デジタルR&Dチームが「天使」を、デジタルベンチャー室が「悪魔」を担当。しかし楢﨑氏だけは、ジキルとハイドさながらに、一人で相反する2つのイノベーションに取り組んでいる。
SOMPOホールディングスは「安心・安全・健康のテーマパーク」を拡大する(出所:SOMPOホールディングス)
 AIやビッグデータなどを活用したプロジェクトのなかには、既に実用化に進んでいるものも存在する。例えば、AIを活用した自動車保険証券・車検証読み取りアプリ「カシャらく見積り」はその成功例の一つ。アプリを立ち上げてタブレット端末のカメラで自動車保険証券や車検証を撮影すると、アプリがその内容を自動的に読み取り、保険料計算システムへ転送する。見積りから契約手続きまでをシームレスかつペーパーレスで完了できるわけだ。顧客に保険を提案する代理店にとっては、担当者の手間を減らせるとともに、顧客対応をよりスムーズにしてくれる画期的なツールとなる。

 このような新規プロジェクトは2017年時点で42件が採用され、そのうち10件が既に実用化に至っている。一方で、14件は中止になったそうだが、楢﨑氏はこの中止案件の重要性を強調する。

 「開発を進めるなかで、ダメなものをバッサリ切るというのはシリコンバレー流といえますが、先に進むにはこの“捨てる決断”が非常に大事です。大企業にありがちな“終わりの見えない継続プロジェクト”は、やるべきではありません。それが私の信念です」(楢﨑氏)

人材を育成する場と、新規事業を創出するプラットフォームを設置

 新たなビジネスや技術の創出とともに、SOMPOホールディングスではビジネスとデータサイエンスの両方を理解する人材の育成にも取り組んでいる。2017年には、人材育成の一環として、社外を対象としたデータサイエンティスト特別養成コース「Data Science BOOTCAMP」を開講した。このコースは約3カ月間の集中育成プログラムとなっており、SOMPOホールディングスが保有するビッグデータを利用し、データ分析からデータ活用ビジネスの企画・提案までを実践していく。
 Data Science BOOTCAMPは、SOMPOグループのデジタル戦略を担う新しい戦力の獲得が、大きな目的の一つと言える。しかし、その参加者は、既にスタートアップを立ち上げていたり、ある企業のチーフデータサイエンティストとして働いていたりするケースも少なくない。そのため、優秀な人材がいたとしても、フルタイムでの雇用が難しい。そこでSOMPOホールディングスとしては、BOOTCAMPの受講生と“弱いつながり”を持つことに価値を見出し、「プロジェクトに応じて、できる範囲で協力してもらうフレキシブルな契約を取り入れています」(楢﨑氏)という。自社と外部の知見の交わりが生み出す化学反応によって、新しい事業のタネを創造しようというわけだ。

 さらにSOMPOホールディングスは、2018年6月にデータサイエンティスト人材を中心に新事業を創出するプラットフォームとして「SOMPO D-STUDIO」を設立した。BOOTCAMPで育成した人材とともに、新しい事業の創出に関心のあるさまざまな企業や人材がプロジェクト単位で集まり、スピード感をもって事業化を目指すことで、イノベーションを加速させることを狙っている。

 楢﨑氏によれば、このSOMPO D-STUDIOに興味を示す企業は多いそうで、なかには自治体もあるという。特区であれば法規制の緩和や税制上の優遇を得ることも可能となるだけに、実証実験の展開やスムーズな事業化の場としての連携も期待しているのだろう。

保険会社が取り組むサイバーセキュリティ事業とは?

 新規事業への取り組みという点で、SOMPOホールディングスは2017年11月にサイバーセキュリティ事業への新規参入を発表した。既存の保険は、事故や災害などが起こった後にその補償に対応するものだが、このサービスは被害の発生自体を未然に防ぐことを目的としている。いわゆる「サイバー保険」は既に存在しているが、これらはサイバー攻撃の被害を補償するもの。SOMPOがやろうとしていることは、それとは違う。事故の予防を意識したセキュリティ対策事業を保険会社が手掛けるのは非常に珍しい。

 この取り組みでは、サイバーセキュリティ事業者と提携することで、「簡易診断」「高度診断」「方針策定」「セキュリティ強化・対策」「監視・検知」「インシデント対応」「保険金支払」という7分野をワンストップで提供するプラットフォームを構築。総合的なサイバーセキュリティをサポートする点が大きな特徴となる。さらに、グループ企業のSOMPOリスケアマネジメントに「サイバーセキュリティ事業本部」を新設したほか、ホワイトハッカーも組織して対応するなど、金融機関とは思えないほどの力の入れようだ。

 サービスの流れとしては、顧客のソリューションを診断し、問題があれば修復して予後管理にも対応。普段はセキュリティオペレーションセンターが24時間365日で常時監視し、万が一インシデントが発生した場合でも、ファーストレスポンスチームが迅速に対処する。もちろん、最悪の状態に陥ってしまった場合は、保険による弁済にも対応する。しかし、楢﨑氏は「顧客が被害を受けて保険を支払ったら、我々としては“負け”と言わざるを得ません」と断言し、既存のセキュリティサービスや保険とは決定的な違いがあることを強調する。

未然に防ぐ動きが広がる理由は「技術」と「ニーズ」にあり

 サイバーセキュリティに関しては、リスクの規模や範囲が読みにくい。結果として、同社のように「予防」に取り組む保険会社はこれまでなかった。SOMPOホールディングスとしては他社に先駆けて先陣を切ったわけだが、楢崎氏は保険に関しては、さまざまな分野で「“未然に防ぐ”という方向にシフトしつつある」と感じている。例えば最近では、生命保険の契約者が継続的に運動すると、保険料を割り引く仕組みが登場している。契約者の疾病リスクが低下して健康のまま長期間契約を継続してくれれば、保険会社としては保険料を下げられる。契約者としても、健康になってしかも料金が安くなれば言うことはないわけで、まさにWin-Winの取り組みといえる。

 未然に防ぐ動きが広がりつつある背景について、楢﨑氏は「技術」と「ニーズ」の両面に理由があると考える。技術の側面としては、精度の高いセンサーデバイスの登場が挙げられる。先ほど紹介した生命保険の割引も、センサーを搭載したウェアラブルデバイスにより、運動情報などを取得できるからこそ実現できたからだ。また、多くの製品が出てきたことで、「センサーデバイスに対するユーザーの意識が変わってきたことも重要なポイント」と楢﨑氏は見ている。

 もうひとつの理由はニーズの側面、すなわちユーザーニーズの多様性だ。もともと、保険は統計的な発想で設計されており、これまでに蓄積した膨大なデータからリスクの発生率や必要となる修理費・治療費などの金額を算出、そこから契約者のコスト(=保険料)を割り出していた。画一的なサービスを、すべての人へ当てはめてきたのが、これまでの保険だった。

 しかし、近年は煙草や酒をやらない人や、自動車を週に1日しか乗らないような人が増えるなど生活スタイルは多様化しており、「リスクが違うのに、保険料が同じというのは不公平」と感じるケースは少なくない。保険会社としても、その状況に目をつぶってはいられなくなったというわけだ。契約者のニーズに応えるためにも、「今後の保険商品はさらに、多様性へとシフトしていくでしょう」と楢﨑氏は分析する。

「接点が多いほど幸せになれる」ような保険を目指して

 デジタル変革については、一部の海外の保険会社も推進している。これらの動きを楢﨑氏は当然注視し、参考になるとも考えている。ただ、「他の保険会社をベンチマークにしようとは考えていません」という。その理由は、保険業界全体がデジタル化によって崩壊の危機にあるから。危機的状況下で、同業者同士が争い合っても意味がないというスタンスだ。

 SOMPOホールディングスが目指す今後の方向性について、楢﨑氏は「保険が必要ない世界を作りたい」と声高に語る。「保険会社がそんなことを言うなという話ですが」と笑いつつも、「保険がなくても、安心、安全、健康でみんなが幸せに暮らせる世界を作れれば、SOMPOとしては“勝ち”だと思っています」と、強い覚悟をもってそのビジョンの実現に取り組んでいる。

 このビジョンは妄想や空想のレベルではなく、具体的なイメージもある。例えば自動車保険で見てみると、モビリティ(=自動車)の分野は、自分で所有せずに必要なときだけお金を払って利用する「MaaS(Mobility as a Service)」が増え始めている。この動きが加速すれば、自動車保険が現在の形態のままで残ることはないだろう。同様に、生命保険や医療保険でもデジタルヘルスが浸透しつつあり、「予防医療」「健康増進」の考え方が広まりつつある。御守のような存在である保険にとどまらず、一生幸せで快適な健康ライフを過ごすための継続的なサポートが、これからの保険会社には求められていくはずだと、楢崎氏は考えている。

 このような状況に合わせて、楢﨑氏は「保険」を中心軸に残しつつ、その周辺を「ピボット」するように展開していこうと考えている。そのカギを握るのが「オープンイノベーション」である。前述したデジタルラボやD-STUDIOで社内外の活発な交流を図り、新規事業の共創を目指していく。

 「これまでの保険は、顧客にとって『接点が少ない方が幸せ』というイメージがありました。しかしこれからは、『接点が多いほど幸せになれる』というようにしていきたい。そうなれば、我々としてもハッピーですね」(楢﨑氏)


近藤 寿成=スプール
(撮影:湯浅 亨)


本記事は、日経BP総研とSansan株式会社が共同で企画・制作した記事です。
© 2019 Nikkei Business Publications, Inc. / Sansan, Inc.

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