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Ideas 公開日: 2019.03.13

我々は未来の建物を変えられるのか(後編)──「Meets DIGITALIST どこまでアップデートできる? 未来のオフィスビル・街区」

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とにかくモノをデジタル化していくこと。ひたすら実装して失敗を繰り返す。それが未来のトビラを開く。

前編からのつづき)

 2019年1月31日に開催したDIGITALIST主催イベント第3弾。私たちが日常の多くの時間を過ごしているオフィスビルは今後、どのように進化していくのだろうか。前半の講演では、建築・デザイン事務所noiz(ノイズ)を主宰するメンバーの一人、豊田啓介氏が、未来のワーキングスペースについて様々な可能性を提示した。イベントの後半では、豊田氏とDIGITALIST編集長の河井保博が、「未来のオフィスビル」についてさらに深くディスカッションした(以下、敬称略)。

複数の異なる専門性を持つことが新しい発想につながる

河井:前半の豊田さんのお話、聞いていたらドキドキワクワクしてきました。情報と物質の境界についての話題が、特に興味深かった。このディスカッションでも広げていきたいと思っています。

 豊田さんは、「未来の街・オフィスビル」と聞いてどのようなものをイメージされますか? こういう形になっているといいなとか、理想のようなものがあれば教えてください。

豊田:自分は「スマートシティコンサルタント」のような立場で仕事をすることも多いので、未来の街やオフィスビルについてのアイデアを語りだしたら、三日三晩しゃべり続けることも可能なくらい考えていることがあります(笑)。なかなか絞りづらいのですが、何にしてもテクノロジーを何のために使うのかという大目標というかストーリーというか、そこがある程度共有できていないと実効性は持ちづらいとは感じています。例えば直球ですが、生活環境がよりグリーンになるとか、より仕事の選択肢が増えるとか、より空気が綺麗になるとかがないと、意味がないですよね。もちろん、その価値概念自体が変わっていくこと自体も大事な効果でもあるので、そう簡単にわかりやすければいいというものでもないんですが。

河井:最終的には、「暮らしやすさ・過ごしやすさ」のような部分に集約されていくわけですね。ところで、アイデア自体は三日三晩しゃべり続けることも可能なくらいあるとのことですが、そういったアイデアはどこから生まれてくるんでしょう。意識して考えているのか、それとも日常生活の中で自然に浮かんでくるものなのか。

豊田:合宿のような形をとって集中して考えることもありますが、日常生活のちょっとした時間の中で思考実験的に考えることのほうが多いかもしれません。例えば最近だと、タクシーのヘッドレストについているタブレット端末は、乗客の顔を認識して、その人に最適な広告を流すようになっています。僕が乗ると、人材募集系の広告が流れてくることが多いんですけど……女子高生のお面をかぶってタクシーに乗ったら、どんな広告が流れてくるのかな、とか考えますよね(笑)。

 テレビの広告などはみんなに同じものが流れているわけですけど、このタクシーの広告のように、同じ世界にいるのに僕と他の人とでは違うものが届くことって、結構、ディストピア(編集部注:例えば極端なまでの管理社会)じゃないかなと思ったりもします。むしろ自分と関係のないものに触れる機会があったからこそ、生活は面白かったはずだと。そういう効率化の先にあるディストピア的な世界にならないようにするためには、どんな方法があるのかとか、タクシーに乗っていて考えたりしますね。
河井:考えたアイデアや、得た情報を整理する場所のようなものは、あるんでしょうか?

豊田:アイデアがふわっとあるだけではどうしようもなくて、やはり数理的な揉モデル化やシミュレーションなどにも関われないと実装まで持っていけないとは感じています。それもあって複数の異なる専門性を持つ友人とgluonという建築・都市とテックを扱うコンサルティング会社を立ち上げて、スマートシティのあり方の具体的なビジョンをストックしておき、個別案件への具体的な応用や、数理的な解析から演繹的にあり得る構造を描いたりといったことを始めています。本来これは各企業で行うべきなんですが、そういう組織や人材を急に内製化するのはどの企業も現実に難しい中、gluonを外部に作っちゃうので手っ取り早くシェアして外注してください、というスタンスです。

河井:なるほど。先ほど、物質と情報の境界が崩れているという話がありましたね。従来の方法だと、アイデアが浮かんだらラフを描いておくくらいしかできなかったのかなという気がするんですが、それだと他者に詳細に伝えるのは難しい。データとして残していけると、蓄積していきやすい、といった面もあるのでしょうか。

豊田:そうですね。データを何に使うかにもよるんですが、例えば最近多いAIに絡めたいという文脈では、データはあくまで「餌」でしかありません。見たことのない「餌」を食べる生き物を、生体系から物理体系、消化器官まで、ゼロからデザインしなくてはいけない。そうなると、まずはその領域とその生き物の関係性の空想めいたところから入る必要はある程度出てきます。むしろ、この大きな視点が内部のしがらみを知り尽くしてしまった専門家には難しいところかもしれません。解像度を上げていきながら、それぞれは矛盾するのだけどつなげると具体的な像が浮かび上がってくるケースなど、いろいろな解像度とレイヤを行き来しながら実装への経路を紡ぎ出していきます。具体的なデータセットの作り方やそれに必要な技術の洗い出しに進めるのは、その先です。

河井:そういった思考実験を繰り返す中で、結局まとまらなかったり、使えなかったりするアイデアが出ることもあるんですか?

豊田:十中八、九、そうですよ。アイデアがまとまらないときって、だいたい自分の分解の解像度が足りないんです。その場合には、必要になる具体的な技術を考えるために、いろいろな論文を読んでみたりします。当然建築は僕の専門領域ではあるので、解像度としてはそれ以外の領域で不足していることが多い。最近では建築の雑誌などを読むことはむしろ少なくて、自分は数学や自然科学などからヒントをもらうことの方が多いですね。

河井:アイデアを考えるにあたって、おすすめの本とかサイトとかって何かありますか?

豊田:ありすぎて絞るのが難しいです(笑)。最近関心が向きがちなのは哲学方面で、自分の身体の境界はどこまでかとか……物理学も、突き詰めると哲学になってしまいますしね。情報って、どうやっても突き詰めると身体性とか環世界と認識とか、そういう話を避けて通れなくなってきます。大黒岳彦さんの『メディアの哲学』は、最近読んで面白かった本の一つです。

河井:生命っていったい何だろうとか、考え始めるとよくわからなくなってきますよね。でもそういったことを考えてみるとまた、ちがった発想につながったりしそうですね。

豊田:最近必要な素養はというようなことを聞かれたとき、「多焦点であること」という言い方をすることがあるんですが……専門性を持っていることはもちろん強みです。僕も、手でひたすら施工図を書き続けてきたことによって染み付いた、空間と物質、法規やその他の情報を束ねる専門性がある。だけど、そのベースの焦点がある前提で、もう一つ二つ焦点を外に作りに行くと、独特の領域をカバーできたりすることがあります。今後は個々の専門性も重要ですが、「複数の専門性を持つ」こと、点そのものというよりそれら複数の焦点を結んだ領域という特性の持ち方の価値が、もっと高まってくるんじゃないかと思います。

 建築業界は、どうしても中で専門性を閉じてしまいがちです。それでもこの業界は幸か不幸かそれなりの規模があるので、「開くこと」「多焦点であること」への必要性が顕在化していません。実際、今はまだ単焦点でも生きていけてしまうんですけど。

河井:情報産業やIT以外の業界は、どこでも中に閉じてしまいがちですよね。ファッションと建築とか、異なる領域のものをつなぐことも可能なのだということは、意識しておきたいです。

街づくりを大きく変える事業について

河井:自動運転、IoT、人工生命、ドローンと今いろいろな技術がありますが、豊田さんの中で「これは特にインパクトが大きい」と思うものはありますか?

豊田:バズワードがたくさん出てきましたね(笑)。どれも当然実現できればインパクトは間違いなく大きい訳ですが、結局どれも実装にあたってはいかにコモングラウンドを整備できるか、だと思います。個別のサービス単体ではなく、どんなセンサーやシステムを埋め込んで、どのようにお互いが認識しやすいものを用意すれば複合的なサービスが乗っかる環境が構築できるか。それができたら、あとは勝手にサービスが始まっていくのではないでしょうか。

 それと、まずはとにかくモノをデジタル化していくことです。身近なもの、例えばこの机のデータも全部デジタル化してしまう。あらゆるものをデータ化しておくと、このサービスも使える、あのサービスも使える、という状況に近づいていきます。ひたすら実装して失敗も含めて経験値を上げていくことです。

 僕が特に日本で感じるのは、多くの人が高度経済成長の成功体験を社会全体でまだ引きずりすぎていて、失敗をすごく恐れる体質が染みついてしまっているということ。でも変化が激しい時代においては、たくさん失敗をして、ここには行っちゃいけないとか、ここまでやるとだめとか、それを肌感覚で持っていることがとても大切です。とにかくやってみること。未知の領域を開拓するときは特に、失敗は大事な布石、財産なんですよ。

河井:失敗してよかった、という評価の仕方がもっと浸透するといいですよね。

豊田:失敗しているうちにつながりが見えてきたりしますしね。

日本の街づくりの課題、建設業界・不動産業界の課題

河井:この「失敗してはいけない」という空気を変えていくにはどうしたらいいんでしょうか?

豊田:身も蓋もないことをいうと、設計料金を上げていただくことですかね(笑)。そうすれば、僕らの業界ももっと失敗も含めた投資ができるようになります。しかしそれもそう簡単にはいかないので、もっと「投資の感覚」を持たないといけないのかなと思います。見積もりでガチガチにすべてを計算して、全部レールを敷いた上でしか動かないという風潮が、この業界には過剰にある気がします。

 たとえ10回のうち8回失敗したとしても、化けたときは数十倍になる、そんな要素が今の時代は実はもっと沢山あるはずで、そうした投資の感覚で失敗も必要経費ととらえれば、長い目で見た時にはそれまでの失敗を取り戻すことは十分に可能です。むしろ、100回挑戦してみて99回失敗して、残り1回で取りに行くという、ギャンブル精神みたいなものが必要かもしれません。僕がこの感覚を学んだのもやはりアメリカであり台湾であり、日本でこういう感覚にビジネスの機会で出会うことは本当に稀です。

 僕の事務所では、「失敗」ではなくて「遊び」という言葉を使ったりもします。仕事の3割はクライアントがいない「遊び」の仕事をすること、それを価値として考える空気感を持つこと。そういうことを続けていくと、これまでの常識とは異なるアイデアやつながりが、突然生まれてきたりします。遊びって、いわばポジティブな失敗ですよね。評価軸が定まってないから失敗かどうかも良くわからない分怒られるわけでもない。そういうあいまいな実験とか行動とか、そういうことを積極的に評価して一緒に楽しむ感覚、それを続けることで、長期的にものすごい財産に育っていくという気がします。

河井:最後に、AIの活用についてうかがいます。便利になることがわかっていても、AIをどこにどう使えばいいのかわからないという企業は多いと思うのですが、オフィスビルの設計や街づくりではどのあたりで使うのが有効だと思いますか?

豊田:結論からいうと、ありとあらゆるところに使える可能性はあります。ただ、漠然としたままではどこにも何もつながりません。具体的な領域とそこで扱いたいパラメーターの扱いとを、解像度を上げて分析していくしかないと思います。AIは万能薬のように言われることが多いのですが、まだあくまで特定の領域でのみ活躍するスペシャリティ選手なので、使うときには条件を相当絞りこんで考えないといけません。AIを万能薬だと思ってしまうと、結局何も得られないという結果にもなり得ます。

河井:AIをどこかに使えないかなではなくて、具体的な問題が先行していなくては意味がないということでしょうか?

豊田:入り口はどこでもいいんだと思うんです。ニーズがピンポイントであるというのでも、こういう技術があるから使ってみたい、というのでも。ただそこで、具体的なインプットとアウトプット、そこを繋ぐアプリケーションの組み合わせにいかに高い解像度とオリジナリティを持ち込めるか、それこそ、仕事の中で遊んでいると、そのあたりの肌感覚がつかめてくるのではないかと思います。

 パネルディスカッション終了後は、豊田氏を交えて懇親会を開催した。参加者は建築・不動産業界の関係者も多く、それぞれのアイディアや日々考えていることなどを積極的に共有していた。

講演/対談への会場からの質問

 ディスカッションの最中、会場では「Sli.do」というツールを使って、参加者にアンケートしたり、参加者からの質問を受け付けたりした。数多くのコメントや質問が寄せられ、当日会場では対応しきれなかったものに関しては、後日メールベースでコメントをもらった。

Q:コモングラウンドによってマテリアルな世界にテクノロジー(機械など)が入り込めるようになって、以下以外にできることが何があるでしょうか。
・人がやっていた仕事を代替できる
・移動、行動データを取れる→そのデータをサービスの最適化や事業開発に活かせる

A:以下以外にということですが、上記2つだけでも相当に大きな領域で、その中に何百という異なるカテゴリーの技術・事業領域が具体的に生じてくると思います。まずはその解像度を高めることから考えるべきではないかと思います。この解像度であれば、僕の答えも「これまでできなかったサービスが可能になる」「都市のデータが新しいサービスや事業に活かせる」などの漠然としたものになります。

Q:ご講演最後の第5世代を巡る競争の話について。モビリティについて言うと、Google vs TOYOTAとか、Uber vs TOYOTA みたいな話がありますが、その場合のTOYOTAの勝ち筋って、具体的にどんなことなのでしょう?

A:これに関しては、実際に諸々のプロジェクトに関っている立場上、細かくは申し上げられないのですが、GoogleもUberも情報側のテクノロジーに偏っていて、実際に人やモノが相互に接して行動や価値をやり取りする部分を扱うノウハウや技術を持っていないというところが重要かと思います。


Q:働き方やオフィス内のデザインは、GAFAがユースケースを作り、皆がそれを模倣して、世界に普及していっていますが、スマートシティも、GAFAがユースケースを作って行くのでしょうか? GAFA以上に先に進んでいる企業をご存知ですか?

A:現時点で総合的な実装として形やデザインにまで落とし込めているところは僕は知りませんし、実際そこまで描けるところはまだないと思います。ただ、個別の領域ではその分野の先行企業が描いてしまったイメージがどうやっても主導権を持つはずなので、各企業ともそこは意識して取りに来ていると理解しています。


 講演でも触れましたが、GAFAにしてもUberやWeWorkにしても、情報系の編集や進歩で価値を再構成している企業のサービスは原則としてモノのデザインの改変を要求しないので、現時点では何らか新しい「スマートシティ」の必然性あるかたちを提示できているところはありません。そこが提示できるととても面白いと思います。今、gluonやnoizで提示しようとしているのもそのあたりになります。


Q:既存の設計事務所が設計し、ゼネコンが施行するとして、みんながnoiz的に仕事をすれば時代が変わるとして、コストが合わないこと以外にやらない理由はあるでしょうか?

A:コストは技術がある程度汎用化し、それに応じた生産体制が整うことで徐々に見合う形になっていくはずです。むしろ、どの領域で何が可能で何が実は難しいのか、どんな技術実装にはどんな下準備が必要で、それはどんなマーケットに対応しているのかという解像度の高い実効的な分析ができる人がほとんどいないということに尽きるかと思います。やらないのではなくて、なんとなくやるイメージ以上の具体的な解像度と技術の組み合わせでその画が描ける人が、どの業界にも極端に足りていないことが原因です。


Q:未来に何を実現させるか。より幸せ、愉しい、心地よい、健やか、緩い、楽チン、様々あるでしょうが、そのあたりで今一番ご興味お持ちのものは何でしょうか?

A:それぞれ異なるレイヤーで構わないのですが、様々なものを外部に委ねることが可能になる中で、より「自分とは」何か、その存在意義や価値といったことへの理解が深まるようになるのではないかと考えています。こうした社会を実装するにあたって、これまで以上に自分性、モノ性、身体性といった概念や領域が問い直されざるを得なくなる中で、新しい離散的で流動的であり得る自己や主体といった概念を相応な価値や存在意義に結び付けられなければ、おそらく社会を維持すること自体困難になっていくのではと考えています。


Q:VRが進化すると人は移動する必要はないかもしれません。そのとき、移動する理由は何だと考えますか?

A:上記でも触れましたが、自己性、身体性、自己と他者や自己と環境との相対化の確認といったこと自体が価値になっていくのだと思います。スポーツもそうですし、自然を感じるなどもそう、買い物をするという目に見える行為や交通整理などで社会貢献をするという自己もしくは他者からの確認など、そうした相互確認のための明確な手段ということがより意識されるようになるのではないかと。社会貢献とその認知や評価ということは、おそらくこれまで以上に重要な価値になるはずです。


チェコ好き
(撮影:黒田 菜月)


本記事は、日経BP総研とSansan株式会社が共同で企画・制作した記事です。
© 2019 Nikkei Business Publications, Inc. / Sansan, Inc.

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