スマートフォン向けアプリのHappiness Planetは、このシステムのエッセンスを一般ユーザーも使えるようにと開発した。スマートフォンの加速度センサーを通じて身体の揺れを計測し、「ハピ活性度」を数値として算出。活性度を高めるための行動をアドバイスする。日立の法人営業部門がアプリを使用した結果、活用しているチームほど「幸せ行動」が増え、さらに受注達成率が向上したという。


 矢野氏の言う「幸せ行動」とは「他者を幸せにする行動」である。「実はそれが最も自分が幸せになる手段で、組織としての生産性を高めることにもなる」(矢野氏)。しかも、その度合いを世界的に普及しているスマートフォンで計測できる。矢野氏は「アプリを通じて、地球規模でハピネスを高めたい」と話す。

具体的なアクションを見出すことが大切

 楽天の北川拓也氏(執行役員CDO=最高データ責任者)は、ウェルビーイングをデータとして計測することの意味や意義について語った。北川氏はウェルビーイングに関する学術研究を推進するLIFULL(ライフル)財団の理事も務める。設立主体は不動産情報サイトなどを手がけるLIFULLで、2018年11月に設立された。同財団の代表理事は予防医学研究者の石川善樹氏である。


 北川氏は矢野氏の研究成果を踏まえつつ、テクノロジーの進化によって取得できるデータの量や質が圧倒的に増えてきたと説明。個々人のデータを取得することの重要性を強調した。


 また、何がウェルビーイング向上に寄与するのか、その因果関係を特定し時系列的な変化を明らかにすることも重要だと語る。「重要なのはアクション(ウェルビーイングの度合いを高める行動)。何をしたら良くなるのかというアクションを特定できてこそ意味がある。これを明らかにするためにも、ウェルビーイングにはテクノロジーとデータが欠かせない」(同氏)。


 LIFULL社長でLIFULL財団の評議員である井上高志氏は「ウェルビーイングを学問として確立したい」と意欲を見せる。「かつてロックフェラー財団は予防医学を研究してその価値を明確化し、社会に広めて産業を興した。ウェルビーイングの価値を明確にできれば、産業や社会に大きな変化が起きる。ウェルビーイングの研究を進め、社会実装していきたい」(井上氏)という。

テクノロジーがウェルビーイングを向上させる手段に

 情報学の研究者で早稲田大学文学学術院のドミニク・チェン准教授は、「テクノロジーでウェルビーイングの向上を促すインタフェースが作れる」と語る。チェン氏は北川氏と同じくLIFULL財団の理事でもある。


 チェン氏は自身が2008年頃に運営していたコミュニティWebサイトでのエピソードを挙げる。このコミュニティでは、あるユーザーがつらい気持ちや体験をサイトに投稿すると、他のユーザーが励ましの言葉を投げかける。励ましの言葉を受けたユーザーはそれに対する返礼を「ありがとう」ボタンで示せる仕組みだ。


あるユーザーは1日中ユーザーを励まし続けており、ほぼ毎日200人以上に励ましの言葉を投げかけていた。こうしたユーザー間のやり取りで元気を得て出社あるいは登校するというユーザーの声もあったという。チェン氏は、「今から思えば、ウェルビーイングという言葉が出てくる前に、テクノロジーとウェルビーイングの関係に気づけた機会だった」(チェン氏)と振り返る。


 近年は「SNS疲れ」や若者のネット依存など、人の心とテクノロジーの関係性について「負の側面」が語られることが増えている。そうした状況を踏まえつつチェン氏は「中立的な立場から言うと、ウェルビーイングを向上させるインタフェースは実現可能」と述べ、テクノロジーとウェルビーイングの研究やアート制作の活動を紹介した。


 その一つが、「#10分遺言」というインタラクティブアートだ。ユーザーに「人生の最後に10分で言葉を残すとしたら?」というテーマについてキーボードで入力してもらい、入力している様子を記録し、そのまま再生するというものである。


 #10分遺言のWebサイトに載せられている動画を見ると、独特の「間」や消去して書き直す様子が、ユーザーの心を示しているように感じられて興味深い。このWebサイトで収集した言葉は、2019年8月から開催される「あいちトリエンナーレ2019」などの展覧会で展示する予定だという。


 チェン氏はこのような「メッセージを入力しているプロセスが見える」インタフェースを備えたオンラインチャットのアプリケーションを用意し、ユーザーの心理にどのような影響をどう及ぼすのかを調査した。すると、メッセージをやり取りしている相手との心理的な距離が短くなるという実験結果が出てきたという。


 「価値観を明確にし、それを反映したインタフェースを設計できれば、ウェルビーイングが向上するようなデジタルサービスが作れる」。チェン氏はこう話す。


本記事は、日経BP総研とSansan株式会社が共同で企画・制作した記事です。
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