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Ideas 公開日: 2018.06.13

Appleが示した「現実主義のAI」

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アップルのAI活用は、実によく練られた戦略に沿っていた。WWDC最新レポート。

 Appleは6月4日からカリフォルニア州サンノゼで世界開発者会議「WWDC 2018」を開催した。基調講演での最新ソフトウエアの発表を皮切りに、1週間にわたって新しい機能やAPIなどがアプリ開発者に紹介された。

 今回の基調講演では、ハードウエアに関する発表が一切なかった。それは織り込み済みだったが、開発者から聞かれたのは新しいAPIが非常に少なかったということだ。

 しかし、そのことをもって「Appleはソフトウエアによるイノベーションを諦めた」と考えるのは早計だ。Appleはテクノロジーと人、スマートフォンとアプリの関係を変化させようとしており、それを新機能の追加以上に重視している──そう筆者は見ている。

古くて新しい「ショートカット」

 現在のシリコンバレーでは人工知能(AI)の開発競争が激化しており、特にGoogleがAI開発で凄みを見せたことは別稿「GoogleのAI開発アプローチを探る」で紹介した通りだ。もちろん、Appleもこの開発競争に巻き込まれていくことになり、普段は秘密主義を貫く同社にしては珍しく、機械学習に関する研究成果をまとめた論文をウェブサイトで発表している。

 こうした背景を踏まえてWWDC 2018を振り返ってみると、Appleが示した人工知能アシスタント「Siri」の進化の手法と方向が、今回の最も大きなトピックだと考えられる。Appleは、GoogleやAmazonが取り組む中央集権的発展とは異なるアプローチを明確に示したのだ。

 そのキーワードとなったのが「Siri Shortcuts」である。

 「ショートカット」は、コンピュータを使ってきた人には身近な言葉だろう。デスクトップやドックといった目につきやすい場所にアイコンを置き、必要なアプリをすぐ開けるようにしたり、キーボードの組み合わせによって特定の機能を呼び出したりするなど、操作を効率化するための手法を指す。

 Appleは次期OS「iOS 12」「watchOS 5」で、ユーザーがショートカットを作成できる機能を用意した。このことは、PCで実現しているショートカットとは別の意味を帯びる。

 スマートフォンは、もはや画面を通して情報を摂取するだけのデバイスではなくなった。経路検索やスマート家電の操作、友人とのコミュニケーション、買い物に出前、健康管理など、画面の先の人やシステムと対話するようにして物事を進めるためのデバイスになってきている。

 そんなiPhoneにショートカットが用意されれば、「日常生活のショートカット」が可能になるだろう。

 自分のためのショートカットを、声でSiriから呼び出せるようになる──。これがiOS 12の目玉機能だ。

最も効率的な「人工知能の育て方」だった

 ここまでご覧になった読者の中には、「ショートカットを作るのが人間ならば、iPhoneの未来は、人工知能に頼らない発展を目指しているのではないか」と思う方がいるかもしれない。しかし、事実と考えを積み重ねていくと、どうもそうではなさそうだ。

 確かに、ショートカットを作るのは人間である。しかしAppleは、ショートカットを見つけ出す役割をSiriの重要な任務としたのだ。人工知能がこうした役割にうってつけであることは、先に紹介したGoogleのセッションでも指摘されている。

 現在のAIは、人の行動の「まねごと」によって賢くなっている。画像認識・音声認識や碁のようなゲームで人工知能が人以上に能力を発揮できているのは、ルールとデータが存在しているからだ。

 Siriは私たちのiPhoneの利用方法を観察しながら、いつ、どこで、何をしているのかといった情報を蓄積している。今までもSiriはこうした観察をしてきたが、iOS 12では観察結果からパターンを見出し、これを「ショートカットの候補」として提案するようにしたのだ。

 人間が繰り返す行動からショートカットを見出すために、機能を提案して学習しようとするのである。さらに、ショートカットを呼び出すためのフレーズも学習していく。

 iOS 12以降、iPhoneユーザーとSiriは日常を振り返る対話を繰り返すようになるだろう。コミュニケーションを重ねることによってSiriはますます賢くなり、ユーザーはその利便性を享受していく──。Appleは私たちとiPhoneの間で、そんなコミュニケーションを生み出そうとしているのだ。

「ショット追加のカフェラテ」

 米国のコーヒーショップでは、アプリからのオーダーが当たり前になってきた。店に移動するまでの間にドリンクを作っておいてもらい、並ばずに受け取る──注文から支払いまでがアプリ内で完結するため、多くのユーザーが利用するようになっている。

 例えば、オフィスに向かう途中のカフェに、毎朝アプリを通じてエスプレッソショットを追加したカフェラテを注文しているとする。昼もオフィスから同じカフェに出かけて、この時はアイスコーヒーをオーダーすることが多いとしよう。

 すると、同じアプリから同じカフェに注文する場合でも、Siriは「朝、駅からオフィスに向かう時はショット追加のカフェラテ」を勧め、「昼、オフィスからカフェに向かっている時はアイスコーヒー」を勧めるようになる。

 そうした習慣が見出されてきたら、ユーザーはSiriに朝のカフェラテには「ラテ」、昼のアイスコーヒーには「アイコ」とでも教えておき、これらを告げればSiriは的確なドリンクのオーダーと支払いを勝手に済ませてくれるようになる。

 このように、Siriは時間や場所、状況に応じて、ユーザーがよく使うアプリの機能を学び、提案できるようになる。
私たちの生活をサポートするAIアシスタントとして、Siriの存在感が増していくかもしれない
 AppleはSiriの学習において、ユーザー行動をiPhoneの外に共有しないポリシーを持っている。端末の中で機械学習を行い、ユーザーのためのモデルをそれぞれのiPhoneの中で作り上げていくのだ。

 そのためプライバシーは守られ、モデルに含まれるバイアスに怯える必要もない。一方で、モデルを作り上げるサンプルは「n=1」となるため、nが不特定多数になる場合に比べると学習のスピードは遅い。

 膨大なパターンを使ってモデルを育てるよりも、その人の行動に深く入り込み、パターンを見出し、真似る可能性を探る──。これがAppleの人工知能の育て方だ。そして、現状ではより即効性のある人工知能のメリットを見出せそうでもある。

アプリを開かせるな

 さて、開発者会議であるにもかかわらず、AppleはWWDCの基調講演でスマホ中毒を防ぐ機能を強調した。開発者からすれば、こういう受けとめ方になるだろう。

「アプリを使う時間を減らせ」

 Appleはアプリの設計を変化させるように促したことになる。つまり、アプリを開かずにアプリを使ってもらえるようにせよ、ということだ。

 いかにも矛盾したテーマだが、Siriが効率よく学習し、多くのショートカットを見出すことができたiPhoneなら、ほとんどの場合、アプリを開いてタップして設定するという手順を踏まず、声でやりたいことを済ませられるようになる。

 これまで通りアプリを使ってコーヒーを注文するなら、位置情報から店を検索して決定し、ドリンクをメニューから見つけ出してオプションを追加、最後に決済するという流れになる。これではどんなに素早くタップしても、オーダー完了まで1〜2分はかかるだろう。

 iOS 12でSiriがショートカットを覚えれば、それが「ラテ」の一言で済ませられるのだ。画面を見る必要もない。もしマイク付きのイヤホンを使っていれば、iPhoneを手に取る必要すらない。

 つまりAppleは開発者に対して、Siriがパターンを認識できるようなセッションの単位にまとめられるようにアプリを設計することを求めているのである。そうすれば、スクリーンを見る時間に関係なく、アプリを使ってもらえるようになる。

アプリ同士が手を取る未来

 ショートカットにはもう少し別のメッセージも含まれている。前述したように、生活に密着するアプリをユーザーの行動単位で呼び出せるようにせよ、というのだ。

 特にデザイン思考が普及しているシリコンバレーでは、アプリ設計の際に必ず「カスタマー・ジャーニー・マップ」が用意される。これは、ユーザーはなぜアプリを立ち上げるのか、どのような手順で問題を解決するのか、という行動の設計図だ。

 一つひとつのアプリは、こうしたシナリオをもとに設計される。しかしAppleの要求はこうだ──カスタマー・ジャーニー・マップを持つのは構わないが、その個々のプロセスをSiriが認識・活用できるようにせよ。

 同時に、こうも要求している。

「他のアプリと手を取りあえ」

 ショートカットとして設定できるのは、特定アプリの単一の機能だけではない。複数のアプリの機能を組み合わせて、1つのショートカットを作ることができるのだ。

 例えば帰宅時はいつも、家族にメッセージを送り、地図アプリで自宅までの経路を検索し、音楽を聴きながら帰るとしよう。今までなら3つのアプリをそれぞれ操作しなければならなかったが、ショートカットではこれを「自宅に帰る」という一声で済ませられる。

 そうしたアプローチは、私たちの生活をアプリに依存させるのではなく、アプリが私たちのやりたいことに寄り添っていく方向への軌道修正と見ることができる。それこそ、スマホ中毒の改善策として最良の方向性といえるだろう。

現実主義のAIブランド戦略

 米国では人工知能の話題になると、必ず「人間を攻撃し始める未来」が指摘される。Googleも最近、わざわざ「Googleの人工知能は兵器として使わない」と表明しているほどだ。

 一方、Cambridge AnalyticaによるFacebookのデータ収集・流用スキャンダルを受けて、大手テクノロジー企業が膨大なユーザーデータを収集していることを知った人々は、より警戒感を強めている。また、これまでは不可能だと考えられていたり、膨大な時間がかかっていたりしたことが、AIによって可能になっていることも多くの人が知るところとなった。

 正直なところ、AppleのSiri ShortcutsによるAI活用は、Googleのそれと比べれば圧倒的に地味である。「AppleはAIを諦めた」とまで揶揄されるほどだ。しかし、自分だけのために働いてくれるという点から、プライバシーに対する懸念や恐怖を感じることはなくなるだろう。筆者はこの一点において、AppleのAI活用が極めて現実主義的であると考える。


松村 太郎


本記事は、日経BP総研とSansan株式会社が共同で企画・制作した記事です。
© 2019 Nikkei Business Publications, Inc. / Sansan, Inc.

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