旅が仕事になる時代へ

 そして、『死ぬまでに行きたい! 世界の絶景』と同じ2013年に発売されたのが、この連載の初回でも紹介した成瀬勇輝の『自分の仕事を作る旅』である。デジタル機器を駆使してSNSで発信し、単なる観光でも曖昧な自分探しでもない、「キャリアにつながる旅」を成瀬は提案した。旅を終えた後の自分にすべてを託し期待する90〜2000年代前半の「自分探しの旅」に比べ、旅の間に何をするかをしっかりと考え、その後のキャリアにつなげる「自分の仕事を作る旅」はより現実的であり、閉塞感や息苦しさがかなり軽減されていると感じる。もちろんすべての人の試みが成功するわけではないだろうが、テクノロジーが旅のあり方を変えた好例であるといえる。SNSのほか、Booking.comやAirbnbなどの宿泊サービス、Uberなどのタクシー配車アプリが一般的となり、国内旅行でも海外旅行でも、情報収集や滞在先での移動は格段にやりやすくなった。


 一方で、現代の旅のあり方に懸念点がないわけではない。「自分探しの旅」の特徴を「向かう先の海外よりも自分自身に焦点があった」としたが、現代のSNSの興盛は、「向かう旅先そのものよりも、旅先にあった“ネタ”がSNS映えするかどうかが重要」という流れを確実に作っている。


 2019年に「ヒッチハイク中学生」がTwitter上で話題を呼んだことは記憶に新しい。15歳の少年がヒッチハイクでアメリカ横断を試みたのだが、「無謀だ」「危険だ」として批判が集中し、少年は計画中止を余儀なくされた。少年による「1000RTで#裸足でアメリカ横断します」「1いいねにつき10分間靴を履くことができます」といった、TwitterのRT数やいいね数をあおることを目的とした投稿も、批判が集中した大きな要因だ。


 少年の無謀な試みの何が具体的に問題だったのかは、すでにウェブ上の記事でいくつか指摘されている。多くの人に注目されることや、SNSのフォロワー数増加に夢中になりすぎてしまうことの危険性を、この「ヒッチハイク中学生」の件から考えることができるだろう。これは、SNSでのフォロワー数や注目度が「キャリアにつながる」「仕事につながる」からこその弊害とも捉えられる。


 聖地巡礼を目的とした中世の旅、イギリス貴族のグランドツアー、鉄道や観光産業の誕生による旅行の大衆化、戦争、そして戦後のヒッピーの旅、自分探しの旅、SNSと結びついた旅――。時代によってさまざまにあり方を変化させてきた旅が、今後どのように形を変えていくかはまだ誰にもわからない。しかし今後ますます、私たちの旅はテクノロジーとは無関係でいられなくなるだろう。VR(バーチャルリアリティ)などの技術がより一般に普及すれば、人々は自分の足で現地に赴き旅する必要を、もう感じなくなるかもしれない。大衆が観光旅行をするようになったのがそもそも19世紀からのことであり、それ以前は一部の特権階級しか旅をしなかったことを考えると、それは決して不自然なことではない。


 しかし、私たちの祖先が数万年かけて大陸の端から端まで居住空間を移動・拡大してきた歴史を考えると、今後も一部の人は、自分の足で移動すること、現地を旅すること、非日常の世界を冒険することをやめないだろう。


 未来の旅がどのように形を変えるのか、今後も私は観察し続けていきたい。


[参考文献]

水木しげる『水木しげるのラバウル戦記』ちくま文庫
横尾忠則『インドへ』文春文庫
古市憲寿、本田由紀『希望難民ご一行様~ピースボートと「承認の共同体」幻想~』 光文社新書
観光庁観光地域振興部観光資源課「将来的な商品化に向けた観光資源磨きのモデル調査業務」平成26年3月

本記事は、日経BP総研とSansan株式会社が共同で企画・制作した記事です。
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