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Ideas 公開日: 2018.10.31

人間にしかできない仕事とは?──「Meets DIGITALIST~AIがもたらす未来~」(後編)

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AI全盛の時代、「人にしかできない仕事」とは何か?本誌イベントの登壇者が答えた。

 本誌『DIGITALIST』が9月26日に開催した初の主催イベント「Meets DIGITALIST~AIがもたらす未来~」。その模様をお伝えした前編では、日本のAI活用が遅れていることへの危機感、ディープラーニングと画像認識の技術について、3人の識者が意見を交わした。

 後編となる本稿のテーマは、「私たちは今後、AIにどう向き合っていくべきか」だ。パネルディスカッションの終盤には来場者から「AIの活用が広がっていく時代、人間にしかできない仕事は何か?」という質問も飛び出した。その答えも合わせて紹介したい。

登壇者

  • 楽天株式会社 執行役員 兼 楽天技術研究所 代表 森正弥氏
  • リテールAI研究会 代表理事 田中雄策氏
  • 駒澤大学 経済学部 准教授 井上智洋氏
  • ファシリテーター 『DIGITALIST』編集長 河井保博(日経BP総研 クリーンテック ラボ所長)

AIが普及していく時代の働き方

井上 中国や東南アジアの国々と比べると、日本は(AI活用の点で)少しアグレッシブさが足りないと感じています。原因の一つは、日本は既に豊かであり、かつ便利な国だから。電子決算の普及が進まないのも、日本国内で流通している現金に偽札が少ないからという事情もあるでしょう。他方で、豊かである半面、20年以上もデフレによる不況で苦しめられているので、デフレマインドが染み付いてしまっています。そのため、中学生のなりたい職業ランキングで「公務員」がかなりの上位にランクインしていますよね。若者が保守的になり、安定を求めている中で、新しい技術を導入しよう、投資しようという方向へはなかなかいきません。

 ただ、最近は駒澤大学の教え子の中にも、「ゆくゆくは起業したい」と考える生徒が増えてきました。景気が上向いてきているせいなのか、あるいはAIやシェアリングエコノミー、ブロックチェーンといった世の中を激変させるテクノロジーやビジネスモデルが続々と登場してきているせいなのかは、わかりません。ただ、漫然と大企業に勤めても面白くないなということに若者は気付き始めているようです。そういう若者たちに、お金を持っている大人がいかにチャンスを与えていくか。それが重要だと思っています。
駒澤大学 経済学部 准教授 井上智洋氏
 中国のハイテク企業に勤める若者の一部は、「996」とよばれる過酷なスケジュールで働いています。「996」とは、午前9時から午後9時の勤務を週6日続けるという働き方です。これが、働き方の一つのパッケージのようになっているという背景があるのですね。24時間365日仕事をして波に乗って行こう!という勢いが中国の企業にはあり、日本でいわれているようなワークライフバランスなんて考え方は、彼らには「ぬるいな」と思われてしまうかもしれません(笑)

 また、今の中国の若者たちの間では、大企業に勤めるよりも、スタートアップのコミュニティを転職しながらぐるぐる回った方が安泰だという価値観があります。安定を求めてスタートアップに行くという、逆の流れがあるんですよ。
田中 中国は本当にすごいですよね。キャッシュレスもとても進んでいます。個人の信用度がどんどんデータとしてたまっていって、それがないと買い物すらできないような状況になってきている。街も綺麗だし、中国はとんでもない国に成長してきています。

河井 しかし日本も、追いつくのは難しいにしても、それほど引き離されないレベルで後を追っていきたいですよね。今、日本には何が必要なんでしょうか。

井上 日本企業は経営者の年齢が高く、IT化に及び腰であるというのが問題の一つとしてあると考えています。ですから、若者でAIや新しいテクノロジーに関心がある人がいたら、その若者に思い切って権限と予算を与えてしまってもいいのではないでしょうか。「IT戦略本部」などの部署を立ち上げても、なんの権限も予算もなく、ほとんど形骸化している、などという話をたまに聞きます。若い世代には、IT化やAIの活用に企業が及び腰であることに対して、不満を持っている人が少なくありません。また、景気が悪くなってしまうとアグレッシブさはより失われてしまうと思うので、この景気の良さを持続させる必要もありますね。

 スタートアップ企業は、スタートアップで経験を積んだ人材しか採用したがらない傾向があります。ただ、大企業もとても優秀な人材を採用していて、ジョブローテーションを通じて様々な経験を積ませて人材を生かすという知識とノウハウはあります。現在の大企業はベンチャーキャピタル化していますから、そこからスタートアップを生み出すような流れができればいいのかもしれません。優秀な人材を自社で囲わず、市場に放っていくことができればいいのですが。

田中 AIの基礎知識を総合的に持っているような人材は、なかなかいません。人材を育てていけるような仕組みは、やはり必要だと私も強く思います。
リテールAI研究会 代表理事 田中雄策氏
河井 若い世代に任せることも、人材を育てることも、大切なことですよね。ただ、そうは言っても今の経営者はなかなか重い腰を上げないような気もします。

 経営者自身がスタートアップコミュニティに出資できるような仕組みが作れたらいいですね。それから、日本企業にはAIの導入によってブランドが解体されてしまうという危機感を持っているところが多いのではないでしょうか。さらに、顧客に対する責任感が組織の変革を阻んでいるような側面もあるように感じています。

井上 日本人は良くも悪くも「右にならえ」な気質がありますからね……。成功体験を積んだ先行者のような存在が増えればいいのだと思います。興味はあるのに、どうしたらいいのかわからない。そういう経営者は多いはずですから、AIの普及もある臨界点を超えたら一気に広がるという現象が起きるかもしれません。

河井 ありがとうございました。それでは、ここで会場から質問を募りたいと思います。どなたかご質問のある方は?
会場となったスマートニュース社には約70人の参加者が詰めかけた
質問者 社会がAI化していく過程での様々な課題などを伺って、とても勉強になりました。質問は「人間にしかできない仕事」とは何か?です。

河井 よい質問を頂きました。まず森さん、いかがですか?

 AIは基本的に「既にある枠組み」を超えることはできません。例えば、マーケットのルールを変えてしまうようなもので、秋元康さんが作るような商品をAIは作れないのです(笑)。1人1枚しか買わないはずのCDを何枚も買う──そういう今までにない購買行動をAIは予測できません。それが人間とAIの違いです。新しいジャンルを生み出すことなどもできません。

 ただ、日本人は「既にある枠組み」の中でテクノロジーを洗練させていくのが得意な面もあったので、AIが普及していく時代にあって、そういう意味で今後は少し不利になるかもしれません。

河井 田中さんはいかがでしょうか。

田中 例えば、人材育成のような仕事は今後も人間が担うだろうと思います。「第4次産業革命」のようなことが起きて今ある仕事がなくなっても、おそらくスライドするような形で、新しく生まれる仕事に人間は就くことになるでしょう。だから、仕事自体がなくなることはないと考えています。

井上 将棋AIは、勝てる気がしないからといって将棋盤をひっくり返したりすることはありません(笑)。AIは「既にある枠組み」の外に立つことはできない。これを別の側面から見れば、「既にある枠組み」の外に立って考えることのできる人材を育てていかなくてはいけない、ということになります。今の教育が来るべき未来に間に合うのかという問題はあるでしょう。仕事自体がなくなることはないと思いますが、やはり一時的に失業状態に陥る人は出てくるはずなので、社会保障制度の見直しなども必要になってくるでしょう。

河井 そのほかに質問のある方は?
個別の産業から働き方まで、参加者からは様々な質問が投げかけられた
質問者 日本の自動車業界は、これからどうなるのでしょうか?

 人が乗らない、モノを運ぶようなクルマであれば、今までにまったく見たことがないタイプの乗り物が出てくるかもしれません。ただ、日本は規制が厳しいので他国より先にこういった車両が登場するのは難しいかもしれません。

井上 自動運転の時代がやって来るとはいわれています。ただPCや家電と違って、自動車は人間の命を預かっていますから、安全面での技術の蓄積はそう簡単に覆せるものではありません。ですから、自動車産業が完全にIT産業になってしまうかどうかは、まだわからないところがあると考えています。また、自動車産業だけでなく他のあらゆる業界もIT産業化していく可能性があります。いずれにせよ、危機感を持ってITに強くなっておくに越したことはないでしょう。

私たちは、AIにどう向き合っていくべきか?

 人間にできてAIにできないことは、まだまだたくさんあります。これまでの私たちは、既にあるシステムの中に人間を当てはめていくような考え方をしてきました。それが今後は、人間自体の可能性をもっと広げていけるような変化があるといいですね。人間の持つポテンシャルをもっと拡大させていけたら、AIの時代をより前向きに捉えられるようになるのではないでしょうか。

 また、現在はAIなどの新しいテクノロジーが続々と登場し、「変化の時代」であるといわれていますよね。ただ、それも繰り返されていることなんです。1900年と1915年のニューヨーク五番街の写真を見比べてみると、前者では馬車ばかりが走っているのに対して、後者はもう自動車が主になっているんです。わずか15年で、圧倒的に変化しています。私たちもまだまだ、自分たちの社会を変えていくことができると思っています。

田中 お客様にとっていちばんストレスのない、気持ちのいい買い物とは何かを私たちはいつも考えています。技術先行ではなく、人間がいかに楽をするか、快適になるか。今後もそれを考え続けることが大切だと思っています。

井上 今日はAIが普及していく過程での危機感について主に話しましたが、ポジティブな側面として、AIによって今後、爆発的な経済成長が起こる可能性があります。社会は成熟してくると経済成長が鈍くなるものですが、AIによるオートメーション化が進んで人間がよりクリエイティブな作業に専念できるようになれば、この鈍っている経済成長を再度復活させることができるかもしれません。私たちが予期しないような出来事が、まだまだ起こるのではないでしょうか。

河井 とてもポジティブな予測を頂いたところで、パネルディスカッションを終えたいと思います。本日はありがとうございました。

討議の後で……

 予定の時間を超えて盛り上がったパネルディスカッションが終わった後は、登壇した3人の識者が参加者と交流する懇親会が開催された。森正弥氏の乾杯とともに幕を開けた懇親会では、ディスカッション中に質問できなかった参加者が識者の前に集い、互いに意見を交わし合いながらAIに代表される先端テクノロジーについて理解を深めていた。


チェコ好き
(撮影:鷲崎 浩太朗)


本記事は、日経BP総研とSansan株式会社が共同で企画・制作した記事です。
© 2019 Nikkei Business Publications, Inc. / Sansan, Inc.

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