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Innovators 公開日: 2019.01.21

思考実験を重ねて未来を見通せ──建築家/noiz共同主宰・豊田啓介氏(2)

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建設会社や不動産会社は、まちがいなく未来の社会を支えるキープレーヤー。未来に向けての課題は何か。

 デジタル技術が浸透していくことで、オフィスビルはどのように変わっていくのか。建築家の豊田啓介氏へのインタビュー、今回はその第2弾。前編では、自動運転やロボットをはじめとする先進技術が普及した社会での、未来のオフィスビルのイメージについて聞いた。

 ビルオーナーが何を求めているのかを考え、それにフィットするイメージを探り出す。そのためのベースになる小さなイメージ群は、先進技術やさまざまなデザインについての思考実験を何度も繰り返すなかで蓄積していくのだと、豊田氏は話す。

 思考実験を繰り返して、未来を想起する――。これを実践するには、私たちの今の常識にしばられない発想が欠かせない。いろいろなシーンについて発想を広げることで、想起できる未来の数は増えていく。ただ、言葉にすると単純なようだが、実践しようとすると何から手を付け、どのように発想してけばいいか、慣れていなければ必ずしも容易な作業ではないだろう。

 実は豊田氏が共同主宰するデザイン事務所のnoiz architectsでは、こうした発想を広げるための取り組みの一つとして、コンピュテーショナルデザインを積極的に取り入れている。コンピュテーショナルデザインについて豊田氏は、「デジタルの計算能力を使わないと発想し得なかった、到達し得なかった形態なり生成の方法を取り入れていくこと」と説明する。

「人間にとって得意な分野と不得意な分野がある中で、人間の計算能力ではとても達成し得ないような領域に到達させてくれる道具として、デジタル技術はとても有効です。設計作業のどの段階で使うということはなく、あらゆる場面で。それは必ずしも自動化のようなことを意味しているわけではなくて、僕らの発想の“たが”をはずしてくれるものであればいいわけです」

 発想の“たが”をはずすこと。これが、常識にとらわれることなく発想を広げ、未来のシーンを生み出していくことにつながっていく。では、デジタル技術が浸透していく未来の社会に向けて、不動産業界や建設業界のプレーヤーは、どの程度たがをはずせているのか。noizのほか、建設業向けのビジネスコンサルティングを手がけるgluonを運営している豊田氏に、現状について聞いた。

常識にとらわれないビジネスデザインを

──建設会社あるいは不動産会社にとって、これからどのようなことが重要になるでしょうか。

豊田:ビジネスとか社会の環境が劇的に変わってきています。従来の常識に基づいて考えていても、うまくいくとは限りません。これを打開するためには、遊ぶこと、言い換えると、これまでのしがらみから自分を自由にして、適宜探索していく必要があります。

 そういう新しい領域の地図をある程度描けてくると、そこならではのロジックが身についていきます。それは、まず体で感じるものです。遊んでいる中で感じたものが、だんだんロジックになっていくんだと思うんですよ。僕らもそういうアプローチになることが多いです。新しい技術で遊んでみて、そのロジックを体の中に醸造していくみたいなことですね。

 実は最近、僕らの仕事が変わってきました。うちはデザイン事務所ですが、そういうことをしているうちに、気がついたらデザインコンサルタントからビジネスコンサルタントみたいなことに仕事が拡大してきました。

──デザインって、形だけにとどまるものではありませんからね。ビジネスにつながっていきますよね。

豊田:コンピュテーションデザインでいえば、僕らは当然、形を考えるわけですが、同時に、形を生成するための遺伝子というか、因果関係というか、論理モデルもデザインするんです。論理モデルとか、プログラム、アルゴリズムみたいなものです。デザインする僕らには、これをうまくデザインできたという美意識と、その結果としての形の美意識の2つがあります。

 この2つの美意識のどちらを優先するかはバランス感覚です。場合によっては、形はどうでもよくて、論理モデルのほうの美しさを優先するといったことも、新しい価値観としてあり得ます。で、その出口を考えると、形である必要性がなくなることもあります。それが多分、ビジネスのコンサルティングのような話になっていくんだと思います。

──デザイン事務所であるnoizの場合、形のデザインを意識する方のほうが多いようにも思いますが、論理モデルのところもすんなりと入っていけるものですか。

豊田:人それぞれです。うちの中もある程度グラデーションを作るようにしているので、ガチガチに建築の実務畑の人材から、建築に全く興味のない数学科出身のプログラマーまでいて、その中の役割分担がグラデーションになっています。それをうまく混ぜるのが事務所の価値だと考えています。適材適所でその都度チームを組んでくということですね。

──そういう風に、いろいろ遊んでみるというのは、大手企業にはなかなか難しそうです。

豊田:そうですね。建築業界は特に、重厚長大で、社会の変化への対応も遅いですからね。僕らも「デジタル化が遅れてるからやりましょう」「もう内部にそういう専門の研究チームを持って、開発チームを持ってやらなきゃだめです」とずっと、もう5年くらい言ってきています。結局は、大企業ならではの難しさで、できないって諦めてしまうことがほとんどですが。

 それで、「そういう研究チームや開発チームを僕らが外部に作りますから、外注してください」「そのほうが多分早いし効率的に動くし、稟議も通しやすいでしょう」と言うようになってきました。それで、デザイン事務所のnoizとは別に、コンサルティングを請け負うgluonを立ち上げました。建築都市✕テクノロジーという領域に限ったコンサルティングです。それでも、それぞれの企業が独自に人材を抱え、組織化するより、外部人材をシェアーしてもらったほうが、まず人材を確保しやすいですしね。
──自分たちで判断できないところ、ある意味で誰かに責任を転嫁できるように、外に投げられるって、実は担当者にとっては都合がいいですよね。

豊田:そうです。そういう言い訳として使ってくださいと言っているんです。

 建築都市の実務が分かって、かつテクノロジーをつなげるところを合わせて、両方できるプレーヤーって、冗談みたいにいないんですよ。よく、「AIとこれをつなげ」みたいな社長命令が来たけど、どうしたらいいか、なんて話がありますよね。その漠然としたお題に対して、その間にどれだけのステップがあって、そのうちクライアントの優位性がどの領域にあるか、どこが欠けていて、どこに注力すべきか、どこに外部の力を入れて、どこを内部で開発するか、そんなところを手伝うイメージですね。

──クライアントの反応はどうなんですか?

豊田:実は、最近、特にこの半年くらい、急に状況が変わってきました。以前は、絵を描いてあげても、その後、大抵は連絡がこなくなっていました。ところが、このところ、「言っていることは分かった。予算をつけるから協力してほしい」という反応に変わってきました。劇的にクライアントが付き始めましたね。大手ディベロッパーやゼネコン、鉄道会社などは、おそらく軒並みうちに声をかけてきています。何かやらなきゃいけないんだけど、と。

──それほど危機感が広がってきたってことでしょうか。

豊田:「デジタル○○」という言葉に代表される社会全体のデジタル化を、もう避けて通れないということは、さすがに上層部も分かって来ているんでしょう。でも自分で何をやっていいか分からないということだと思います。

 それと、今、建設業界は2020年を前に最大利益を出していますよね。それが、2020年を過ぎると急激に低下していくことはわかっています。そのことも大きく影響しています。「蓄えがある今、投資して未来を作っていかなくてはいけない、でもどこに使っていいか分からない。使い方自体が分からない」といった相談が多いですね。

──お金を出すという決断まではしても、具体的に自分たちの事業をどういう風に変えていったらいいかは、見えていないと。

豊田:全くイメージできてないですね。コンサルティングの相談に来ても、いきなりコンサルディングに入れるほど具体化できてない場合が多いです。てんでバラバラ。そういうときは最初にコンサルティングの前のウオームアップ・ワークショップみたいなことを3カ月とか6カ月とか実施しています。まず要件とか問題意識を見て、興味を持っている領域のスケールとかレイヤーとか解像度を揃えるところから入るわけです。

未来を考えるとスマートシティに行き着く

──でも、それは3カ月、6カ月ぐらいやると大体見えてくるものですか。

豊田:ある程度は絞れます。絞らないと前に進めないので、絞り込むことを目的に実施するから、ということもありますけど。それで今、gluonに来る仕事は大体、最終的にスマートシティという形に落ちていくことが多いです。

 情報と実際のものとして存在している現実空間を重ね合わせる実証の場が、都市になっていくので、実質的にスマートシティコンサルティングみたいになっています。それで、建築的なところと情報的なところをつなげる、両方が分かっている人材が必要になるケースが、最近、劇的に増えてきています。

──いろいろな観点での価値を考えると、だんだん街づくりというテーマに修練していくということでしょうか。

豊田:クライアントにもよりますが、うちに相談にくる企業は、やはり都市建築系、例えば物流、人流、都市開発、建設の企業が多い。彼らが持っているアセットを生かそうとすると、巨大な物理空間というのが必須のアイテムにはなりますから、それプラス情報ということでいくと、スマートシティになりやすいんでしょう。

──スマートシティを作ろうと思うと、単純に建物や道路のことだけではなく、モビリティとか決済とかを含めて、どんな街が望ましいのか、そこにどんなビジネスが存在し得るのかといったことも考える必要がありますね。そのために、いろいろなプレーヤーを巻き込んでいくことになると思いますが。

豊田:そういう理解が、あまりないのが普通です。だから、どんなプレーヤーが、どんな領域で何をしようとしているか、そのうえで、クライアントはどの領域なら手がけられるのか、そのために何をしなければいけないのか、といったことを整理するためにワークショップを実施するわけです。

──それでも、ディベロッパーなどいくつかの企業は、さまざまなプレーヤーを集めてスマートシティプロジェクトを手がけたりしていますね。そのうえで、こういう住みやすさを実現していくんだという考えは持っているような気もしますが。

豊田:ただ、それって基本技術の組み合わせにしかなりませんよね?各企業の営業部隊が、今ある技術を売ろうとして来るので、基本技術のパッチワークになってしまいます。

 大事なのは今ある技術ではなくて、「20年後に、こうなってないわけはないだろう」という発想に基づいてビジョンを描くことです。でも、大きなビジョンを描くことは多分どこの企業もできていません。

 工程の組み方として、必要な工数をひたすら積み上げていく方法と、とにかくこの時期までにここまでいかなきゃいけないという、ゴールから割り込んでいく方法がありますが、大企業の場合、どうしても積み上げでやろうとする傾向にあります。「ビジョンに確固とした根拠があるわけではないけれど、そうなっていないわけはない」くらいの根拠に基づいてゴールを決めて、そこから割り込むことって、多分、大企業は体質的にできないのだと思います。だから、それを練習しなければいけません。


河井 保博=日経BP総研


本記事は、日経BP総研とSansan株式会社が共同で企画・制作した記事です。
© 2019 Nikkei Business Publications, Inc. / Sansan, Inc.

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