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Innovators 公開日: 2019.02.27

人工流れ星で宇宙や科学分野のすそ野を広げたい──ALE CEO 岡島礼奈氏に聞く

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宇宙を舞台にエンターテイメントを繰り広げる本当の理由とは。

 2019年1月18日、鹿児島県内之浦からJAXA(宇宙航空研究開発機構)のイプシロンロケット4号機で飛び立った7つの人工衛星の中に、世界から注目を集める異色の衛星があった。「人工流れ星」を降らせる衛星「ALE-1」だ。

 ALE-1は東京大学で天文学を学んだ岡島礼奈さんがCEOを務める社員約20人のスタートアップ・ALE(エール)が、東北大学などの協力を得て設計、製造した重さ68㎏の超小型衛星だ。天然の流れ星は、宇宙空間に漂う微小な塵が大気圏に突入する際に光る現象であり、その輝きは1秒以下。一方、ALEの人工流れ星はビー玉大(直径約1㎝)の金属の粒を人工衛星から放出。大気圏に突入させることによりマイナス一等級の明るさで最大10秒、ゆっくり流れるのが特徴だ。色もオレンジや緑、青とカラフル。放出速度や角度を調整することでV字型や十字架などの形を作ることも可能で、イベントなどで使いたいと世界中から問い合わせがあるという。

 今回の打ち上げはJAXAプロジェクトに公募によって採択、実施された。実は、安全審査に通らなければ、ロケットに搭載されない可能性もあった。最終GOが出たのは打ち上げ約2カ月前。JAXAでは従来、「衛星から物を放出する」ことはNGであり「常識を逸脱した」衛星だったのだ。どうやって常識の壁を崩し、最終的に「有人宇宙船並み」と審査員から評価されるほど高い安全対策を実現し、搭載に至ったのか。そして「人工流れ星は目標に向けた第一歩に過ぎない」という岡島さんの真の狙いは何か。チーフエンジニアの蒲池康さんとともに、じっくり聞きました。

「常識を逸脱した」計画だった

──打ち上げ成功おめでとうございます。現地で打ち上げをご覧になったんですよね?

岡島 はい。雲一つないお天気で、ずっとロケットを見ていられました。人間が宇宙を目指してきた宇宙開発の歴史の重みを感じて、すごい感動しましたね。自分たちの衛星も乗っているし。

──打ち上げ前後には岡島さんに取材が殺到しましたね。どんな反響がありましたか?

岡島 色々な反響がありました。「すごい」「面白い」「ロマンがある」という意見が大多数で非常にありがたいのですが、中には「不安を覚える」という意見も届きました。夜空の使い方やデブリ(宇宙ゴミ)が出ないかとか。私たちはJAXAさんと安全対策を徹底的に議論して、最終的に審査委員の方から「有人宇宙船並みの安全対策だ」という評価も頂きました。その高い安全性を、きちんと伝えなければならないと改めて思いました。
──今回はJAXAの「革新的衛星技術実証プログラム」に公募により選ばれました。従来、JAXAでは「衛星から物を出してはいけない」という基準があり、JAXA責任者は人工流れ星衛星について「今までにない発想だが、常識を逸脱した衛星だった」とまで言っていましたね。

岡島 常識を逸脱した(笑)。確かに前例のないことでした。JAXAさんと一緒に安全対策を考えることで「これくらいの安全対策を施さないと、人工流れ星は流せない」という厳しいハードルはできたと思います。

──プログラムに採択されたのはいつ頃で、安全審査はいつから始まりましたか?

岡島 JAXAに私たちの衛星が仮採択されたのは、2017年4月です。その後からやっと安全審査を受けられる。すべての安全審査に合格するまで衛星のロケット搭載は確定しない。打ち上げを公表していいと言われたのが、2018年の11月です。

──え、打ち上げ約2カ月前ですか?

岡島 そうです。4段階の安全審査があって、審査をクリアできなかった場合には、我々の衛星の代わりに搭載する、ダミーウェイトという鉄の塊が用意されていたんです(笑)。

──それは厳しい状況ですね。安全対策はどんな風に進んで行きましたか?

蒲池 衛星が仮採択された2017年4月の時点で、エンジニアは僕を入れて2人でした。衛星から物を放出するミッションはJAXA初だから、安全に対する考え方がなかったんです。安全対策というテーマに対して「これでどうですか」という提案を提出する。それに対して「まだ不十分だ」と。そんなキャッチボールを20回ぐらい繰り返しました。
チーフエンジニアの蒲池康さん。前職はプラズマ処理装置などの研究開発職リーダー
 安全審査員には軌道や機械など様々な分野の専門家がいて、それぞれの立場から議論する。ある委員はいいと言っても、別の専門家の目から見ると改善すべき点があったりします。そのやり取りにすごく時間がかかりましたが、安全対策がブラッシュアップされて少しずつ育って行ったわけです。

──なるほど、最終的にどんな安全対策になりましたか?

蒲池 人工衛星の位置、流星源の放出方向、速度に関して各々複数のセンサーで計測し、3つのCPUが全条件を判断して、全部の条件が正しいときにだけ流れ星の元を放出します。複数のセンサーと3つのCPUのうち、一つでも故障したら放出できない。最初はCPU2つで設計していましたが、それでは不十分だとなり3つにしました。

──通常の冗長系の考え方よりもさらに厳しいですね。基本設計が固まった後は?

蒲池 プロトタイプ(エンジニアリングモデル)を作りました。詳細設計と製造を合わせ、6カ月ぐらいで作り、真空装置の中で2200粒の放出試験を行いました。その結果、速度誤差が1粒も1%を超えない、などの試験結果を出しました。その他の試験も無事合格し、2018年の3月にJAXAの安全審査のフェーズ2(詳細設計審査)を通ったので、実機(フライトモデル)の製造に入りました。我々にとって一番大きかったのは、この時です。

──どういう意味ですか?

岡島 JAXAさんがALEの詳細設計にGOを出し、人工流れ星衛星を認めたのです。我々メーカーは実際に宇宙に飛ぶ衛星を、数億円かけて作ることになるわけですから。JAXAさんにも大きな決断をしていただいたと思っています。半年後の2018年9月に少し宿題は残ったものの、本採択になりました。

──では2017年4月の仮採択から搭載を目指し安全審査を実施しつつも、最終審査に合格するまでは搭載されないという、宙ぶらりん状態が長く続いていたのですね?

岡島 「よく、この短期間にできましたね。最初はダメだと思った」と言われました(笑)「いつまでにこれをやってね」と当時のALEにとっては厳しい課題を出されて。できなければ安全上、ロケットに載せることはできないと。でも蒲池ら弊社のメンバーが東北大の桒原聡文先生の協力を得ながら、設計、モノづくりと次々とやっちゃったわけです。
本社近くのビルの一室で衛星を開発した
──とことん、食らいついていったと。

岡島 はい。JAXAさんも最初は私たちが本当にできるかどうか、半信半疑だったと思います。でも途中から「ちゃんとやってる」と私たちのモノづくりの本気度をJAXAの方々も認め、一緒に安全対策などを考えて下さるようになりました。

──流れ星放出のために衛星に300気圧ものヘリウムガスを搭載するのもリスキーですよね。

蒲池 通常の衛星ならあり得ないことでした。どこでガスを詰めるのか、どうやって運ぶのか、数多くのやり取りがありました。今回の打ち上げには全部で7基の衛星が搭載されましたが、ALEの人工衛星は宇宙空間でモノを放出して流れ星を作るという、前例の無いものだったので、大変な審査だったと後に聞きました。

──それだけオリジナリティのある衛星だったということですね。JAXAの英断と、ALEの技術力で実現したわけですね。

人工流れ星は第一歩。科学を社会につなぐ

──今後の予定を教えて下さい。

岡島 数週間かけて衛星の機能を確認し、3月ぐらいから膜を広げて徐々に高度を下げていきます。今は高度約490㎞を飛行しているので1年から1年半ぐらいかけて、国際宇宙ステーション(ISS)が飛行する高度400㎞より下に降ろしていきます。

──ISSに人工流れ星が当たらないようにするためですね。人工流れ星の放出イベントは?

岡島 広島・瀬戸内地方で行う「SHOOTING STAR challenge」を2020年春に行う予定です。ALE2号機を今年の夏頃打ち上げますが、2号機は高度400㎞以下に投入する予定なので、高度を下げる必要がありません。どちらかの衛星、または両方を使って実施したいと思います。
2020年春に行う予定の「SHOOTING STAR challenge」では約200㎞の範囲で人工流れ星が見られる予定(提供:ALE)
──改めて、ALE-1の目的を教えて頂けますか?

岡島 実証実験です。技術実証はもちろん、人工流れ星が商業化できるか。それからなかなかメディアに取り上げてもらえないのですが、人工流れ星を流すことは、科学研究でもあるのです。特に高度50~100㎞の高層大気の研究を発展させたい。科学実験をエンターテイメントという味付けで実施することで、一般の人に楽しんでもらう。そしてプロフィットも得ながら科学も発展させたい。

──人工流れ星が紹介される時は「エンタメ」利用が強調されていますが、科学研究だと。

岡島 ユニークなところだから、それが強みでもあると思っています。でもエンタメが目的ではない。

──具体的には?

岡島 科学とか宇宙は、日常生活から遠いと思われています。でもエンタメの見せ方をすれば、今まで宇宙に興味がない人も「なんだろう」って、空を見上げるじゃないですか。そして「面白いな」と思う人がたくさん出てきて、宇宙や科学分野のすそ野が広がるといいなと。「科学を社会につなぎ、宇宙を文化圏にする」のが私たちのミッションです。

──どうやって科学とエンタメを両立するんですか?

岡島 今、科学者たちとデータをとる体制を作っているところです。地上の皆さんはイベントで盛り上がってもらえばよくて、皆さんが知らないところで研究者が観測しデータをとるという仕組みです。国外の研究者からも注目されて、一緒にやりたいという話がすごく来ています。
人工流れ星のイメージ(提供:ALE)
──どんな研究に役立ちますか?

岡島 日本地球惑星科学連合(JpGU)に参加して数多くの研究者と話したところ、高層大気の観測手段があまりないためにデータが非常に少なく、欲していることがわかりました。またデブリ処理にも役立つと思っています。どういう角度で何が突入すると確実に燃え尽きるとか、宇宙機の材料設計に関するデータも得られるでしょう。また気候変動と高層大気が関係あるという話もあって、将来的に気候変動の解明に寄与できるかもしれません。

──エンタメに使うと同時に、科学にも貢献できることが売りになるといいですね。

岡島 そうなんです。私は天文学などの基礎科学は人間が人間らしくあるために絶対に大事だと思っているので、廃れて欲しくない。自分は研究者にはなれなかったけれど、別の角度で科学が発展することに貢献したい。エンタメというきっかけで利益を得て科学が進むことが、このプロジェクトに対する自分のモチベーションとしては非常に強いのです。

──自然の流れ星だからありがたみがあるという意見に対しては、どう答えますか?

岡島 それは私も凄く思います。人工流れ星という言葉が一人歩きしているかなとも感じます。人工ならではの、ゆっくり長く流れる流れ星なので、天然の流れ星と間違えることはまずないと思います。むしろ人工流れ星がきっかけとなって「今度、自然の流れ星を見に行こう」など、自然現象や宇宙に興味をもってもらうための入り口にしてもらえればと思っています。

──ALEの人工流れ星は高い安全性を保っていることがよくわかりましたが、ロシアでは宇宙広告を打ち出す企業が現れるなど、追従する企業が出てくる可能性がありますね。

岡島 JAXAさんと我々が作った安全対策をみんなが守ってくれるといいなと思います。その意味でモデルになりたい。宇宙の継続的な利用のために、どれだけデブリを出さないように頑張っているか。むしろ私たちのデータをデブリ除去に役立てたいです。

──エンタメ初と言われるのは、宇宙利用のバラエティが限られているからでしょうね。

岡島 宇宙業界には、これまで宇宙工学の人たちが中心となって関わってきました。我々が存在する意味は、宇宙業界以外の人が活躍することで、すそ野を広げること。流れ星を見て宇宙に興味を持つ人を増やしたいし、モノづくりにしても蒲池のように宇宙業界じゃない人の姿勢を大切にしています。日本の大手メーカーでモノづくりをしてきた人たちの技術はすごいです。小さくて軽くて安い。そもそも数十センチ四方の衛星が億単位で、車より高いって微妙ですよね。車ぐらいの価格になる未来が来るといいなと思っています。


林 公代=サイエンスライター
(撮影:湯浅 亨)


本記事は、日経BP総研とSansan株式会社が共同で企画・制作した記事です。
© 2019 Nikkei Business Publications, Inc. / Sansan, Inc.

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