「バイオベンチャーの商社」を目指す

データサイエンスやバイオインフォマティクスの研究は、それぞれの分野の専門家と連携しないと進められないということですが、その専門家に当たるメタジェンやニューロスペースなどのバイオベンチャーとは、具体的にどのように連携しているのでしょうか?


井上氏 メタジェンにしてもニューロスペースにしても、それぞれ1社で質・量ともに非常に優れたデータを取る技術を持っています。ただ、彼らの中でも多岐にわたるデータがとれるので、それをどう統合して解析するべきかといった、コンサルティングサービスのような形で支援しています。


瀬々氏 従来はメタジェンなら腸内細菌、ニューロスペースなら睡眠のデータを個別に取得して独立して解析していました。それはそれで、各社が自分たちの得意分野を深掘りしているからこそできることで、その精度を高めていくことは、それぞれで進めればいいと思っています。ヒューマノーム研究所がこれから挑んでいくことは、そのデータを統合して解析していくことです。


ヒューマノーム研究所社長の瀬々 潤氏

 まさに湯野浜のプロジェクトで、同じ人から腸内細菌と睡眠に関するデータを一緒にとれるので、そこから何が見えてくるのかというところにチャレンジしています。


 もちろん、興味深い結果が見えてくると期待しています。というのも、僕らはみな経験則で、寝不足になると便通に変化が出ることを知っています。ただ、それはデータとしては見えていません。あるいは、食事による腸内細菌叢の変化が、睡眠に影響を及ぼすことがあるのかないのか。そういうことが、説明のつく形で見えてくると面白いですよね。それはまさにヒューマノーム研究所だからこそできることです。


今後、統合するデータの対象を広げたり、さまざまな分野の専門家と連携したりされていくと思うのですが、公にできるものが他にもありますか?


井上氏 今の時点でお伝えできるのは骨ですね。骨密度を研究している研究者と、具体的な連携を模索しています。


骨密度のデータはどのように取得するのでしょうか?


井上氏 かかとの裏の骨をコンと叩いて音で測るというのが一つ。もう一つは、MRIのような画像診断装置を使って骨の断面図から計算する方法があります。後者の方法でデータを蓄積していくと、将来の骨密度をAIで予測できるという研究成果が既にあります。


御社としては、連携するプレーヤーが増えるのは歓迎という理解でよいでしょうか?


瀬々氏 連携先が増えるのは大歓迎です。技術はどんどん進んで新しいデバイスが次々出てきますから。各分野のいいデータがあるほど、僕らのやれることも広がっていきます。


 連携先について言えば、僕らが担うのは生命科学情報のハブの役割です。人間を理解したいというコンセプトに共感できて、データを提供してくれるところであれば、企業でもアカデミアでも、誰と組むかのこだわりはありません。


連携先はどのようにして見つけてくるのですか?


井上氏 僕が技術を持ったベンチャーを掘り起こしに行っています。新しい技術はだいたいベンチャーから生まれてくるからです。尖った技術を持ったベンチャーを探してきて、どういうデータを取るかを相談しながら、デバイスを一緒に開発していきます。


瀬々氏 僕らの場合はデータを統合解析する前提なので、データを取ってくるデバイスを一緒に作ることがとても重要です。データをどう取っていて、そのデータにはどういう限界が存在するのか、それを分かっていないと統合解析できませんから。統合解析の観点から、こういうデータが取れると面白いけど、デバイスの費用対効果が悪くなるからやめておこうとか、コスト面の話を含めて一緒にデバイス開発に取り組んでいます。


井上氏 「バイオベンチャーの商社」のようなイメージで捉えていただいてもいいかもしれません。僕らはさまざまな健康データを集めて統合解析する研究者です。僕らの理念に共感・賛同してくれた研究者や企業、参加者が全員ハッピーになれるような状況を作っていくことを目指しています。

「いずれは地球まるごと調べたい」

ヘルスケア以外に事業を広げていく可能性はあるのでしょうか? データの統合解析という強みは、幅広い分野で生かしていくことができるようにも思えます。


井上氏 将来的にはいろいろ可能性はあります。人間は環境と関わりながら生きています。水も飲むし空気も吸うし、食べものも食べる。温度や湿度、明るさなどによって体内の働きにも変化が出ているはずです。つまり、環境の影響を必ず受けているはずです。


 となると、本当の意味でのヒューマノーム研究をするには、水や空気や食べものにどういう微生物がいるのかも調べなければいけないでしょうし、周囲の環境による影響も見ていかなければいけない。ですから、個人を取り巻く環境データを統合解析することも、もちろん視野に入れています。その解析結果を、例えば住環境に反映させれば、「住むだけで健康になる家」なんてものも作れる可能性があるわけです。そういう家を、エビデンスに基づいて作っていくことも考えています。ただ、いきなりそこまではできないので、まずは事業を回していくためにヘルスケア分野に特化しています。


瀬々氏 ヘルスケアはベンチャーが参入しやすい分野です。メタジェンやニューロスペースのように、既にサービスを展開しているベンチャーがいるから、僕らがそういうところと組んで事業を生み出していけるという側面もあります。


 ヘルスケアからもう一歩踏み込んで、医療分野に入っていく道も可能性としてはあるのですが、僕らのようなベンチャーがその道を進むのは簡単ではありません。医療となると医薬品にしても医療機器にしても、国の認証を通さなければなりませんから。それには何年も時間がかかり、事業として展開するにはあまりにリスクが大きい。


 一方で、そういう医療分野では、僕なら産総研というアカデミアにいる立場で取り組んだ方がいろいろとやりやすい。実際、今は国立がん研究センターと共同で、遺伝子診断と画像診断を組み合わせ、脳腫瘍の診断手法の開発に取り組んでいます。


 脳腫瘍を外科的に取り除くには開頭手術をしなければなりませんが、それには後遺症のリスクがあります。それよりも、腫瘍の進行具合や患者さんの年齢を考えて、手術せずに残りの人生のQoL(Quality of Life)を高く保つという選択肢もありえます。手術をして後遺症が出るけれども長く生きることを選ぶのか、余命は短くなるけれど元気に生きることを選ぶのか。患者さんが医師と相談しながら決める判断基準を提供するために、遺伝子診断と画像診断の結果を統合解析し、その後の病気の進行や余命を予測するという研究です。そういう医療研究は、アカデミアの方が腰を据えて取り組むことができます。


 将来的には、食べものや農業生産というところも手掛けていきたいと思っています。例えば米ひとつとっても、どういう品種をどれくらい作ると生産効率を上げられるのか、廃棄を最も少なくできるのか。農業には自然災害という外部要因もあるので、そのリスクも織り込んで解析して、最適な生産計画をつくるお手伝いをしたり、それが栄養面で人間に与える影響を調べたり……。気持ちとしては、地球まるごと、一人の人間に与える影響を調べていきたいと思っています。


本記事は、日経BP総研とSansan株式会社が共同で企画・制作した記事です。
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