「多様性」をはらむ滞在型インキュベーターでビジネスを深化

 ダイキン工業は、東京大学との提携をはじめ産学協同を数多く手がけ、2019年にはスタートアップ企業に投資し協業を推進する「テクノロジー・イノベーションセンター CVC室」を設立するなどオープンイノベーションの動きを加速させている。同社が山口氏を含め2名の社員をtoberuに送り込んだ狙いを、同社テクノロジー・イノベーションセンター副センター長兼CVC室長の三谷太郎氏はこう語る。


 「当社はこの20年、空調・フッ素化学・フィルタの3本柱に集中する戦略を進めてきましたが、それに伴い他事業をそぎ落としてきたために、新規事業立ち上げのノウハウが残っていない現状がありました。数多くの協業に取り組み『種まき』は始めたものの、その後がうまく育たない。育てるノウハウを身に付けた人材を得たい、また既存事業の視点からは否定されがちなアイデアを、社外の目も取り入れて判断したいと考えたのです」。


 toberuのプログラム参加者は社内公募を経たのち、フェニクシーによる書類審査・面談で選ばれる。審査には提携する米国・ハルシオン インキュベーターも参画。社外はもちろん、日米の視点でそのビジネスアイデアが評価されるというわけだ。また選考で重視されるのは、“Why me?”の観点。なぜ、自分がそのビジネスに取り組みたいか、きちんと主張できる論理と強いパッションが問われる。さらにプログラム期間中も、自分のビジネスが、利益とともに社会に対していかにインパクトを与えるかが常に問われ、それを踏まえたビジネスデザインが求められる。


山口氏が出身地・九州の食材を調達、料理してのランチ会の様子
toberuではプログラム期間中、飲食店の起業を志す人によって朝食・夕食が供されるが、フェローも滞在中1回は食事作りを担当。この日は山口氏が出身地・九州の食材を調達、料理してのランチ会が行われた ©Yoshitaka Orita

 「仕事帰りに通えるような気軽なインキュベーションプログラムが増えるなか、フェニクシーはそれらとは一線を画し、むしろ日常から切り離す“箱”をわざわざ用意し、丁寧な場作りを進めている。一定期間ともに没頭する同期の仲間の存在も、その後の強いネットワークにつながると思います」(三谷氏)。


 イノベーションを生み出す必須条件は「非日常性と多様性」だと橋寺氏は言う。「toberu」が受け入れる人材は、職種・年齢・国籍も多様だ。山口氏が滞在した第2期には、日本のほかウクライナ、ブラジル、インドの4カ国から20~40代が集い、掲げられたテーマも、空間拡張のための視覚デザインや、光電池を用いたIoTデバイスによる価値創出、アートで多様性社会を実現するサービス、大病院の勤務医を支えるカルテ要約支援AIシステム、妊婦の心身をサポートするアプリの開発など、実に多岐にわたった。


 こうした多様な人材とともに過ごすことで得られた、複眼的視野も大きな財産だと言う山口氏。「同じ製造業でもまるで違う製品化プロセスや、サービス業での顧客開拓の手法などを聞き、社内では決して得られなかった気付きがありました。そして起業家の生の話から、安全性などの基準クリアはもちろん必須だけれど、製品をまず世に問わなければ何も始まらないことも強く感じました」(山口氏)。


「出向起業」が望める好機到来

 プログラム終了からまもなく1年を迎える第1期では、各企業に戻ったフェロー9人のうち4人が事業化に向け、挑戦を続けている。新規事業化や分社化への実現を阻む「組織の壁」の問題も顕在化するなか、toberu卒業生がパッションを絶やさず、情報交換やビジネス醸成を続けられる場として2020年1月、東京・日本橋浜町にコワーキングスペースもオープンした。2021年6月には京都に、toberuの2号館も建設予定。完成すれば受け入れ可能人員は20名へと倍増する。「スタートアップに取り組む人々が重層的なパワーを形成し、社会にインパクトを与えるビジネスを産むと期待しています」(橋寺氏)。


 近年はイノベーション拠点として本社から切り離した『出島』を作る企業も増えている。「しかし、企業内の文化から抜け出せず、出島が出島になっていない場合も往々にしてある。ならば、toberuのような社外施設を利用することも、有効ではないかと思います」(三谷氏)。


 経済産業省では2020年度から、大企業の人材が出向する形をとって新規事業に挑む「出向起業」に対し補助金を交付する、「出向起業支援」に乗り出した。優秀な社員を離職させずに新規事業創出が望める好機。その実現にはスタートアップのノウハウとスキル、そして起業マインドを社員に身に付けさせることが必須となる。toberuのようなインキュベーション施設に社員を出向させてアクセルを踏み出すことも、価値ある選択肢の一つとなりそうだ。