※ 上の写真は飲む体温計の試作品(画像提供:東北大学)

 手軽に自らの体調を知る方法の一つに体温測定がある。女性は特に、毎朝「基礎体温」の測定を日課にしている人もいるだろう。体温の変化から、おおまかな体調の変化を推測でき、病気の発見につながることもある。


 ただ、市販の体温計では環境要因に左右されやすい「体表の温度」しか測定できず、誤差が大きい。健康状態(体内の生命維持活動)を示す基礎体温は、眠っている時に近い安静状態で測ることが前提で、目覚めたら布団から出ずに舌下や脇下で測定するのが基本とされている。筆者も測定を日課にしようと試みたことがあるが、忘れてしまうことや測定中に二度寝してしまうことが多くて止めてしまった。


 一方で、内臓や脳のような主要臓器の温度である「深部体温」の変化を観察すると、より多くの体調変化を把握できるとされている。深部体温は本来、1日の中で規則正しく変動するのだが、このリズム(体内時計)が乱れると、例えばうつ病や認知症といった病気にかかるリスクが高まるという。また、深部体温を常時モニタリングできれば、現場作業時に熱中症の予兆を検知したり、冬山で低体温症になるのを防いだりすることができる。女性の排卵周期もより正確に把握できるようになる。さらにスポーツや学業の成績にも、深部体温が関係するといった指摘もある。


 深部体温の測定は、現状では肛門に温度計を挿入して直腸温を測定する方法が正確かつ比較的容易とされている。とはいえ、これを日常生活に取り入れるのは難しい。欧米では、飲み込むタイプの体温計が実用化されているが、小型電池を搭載しているので機器が大きい。万が一、体内で電池が露出した場合は臓器を損傷する恐れもある。体外へ排出された後も、電池があるためトイレには流せない。このような課題やリスクがあるため、日本では認可されていない。


 そこで東北大学の研究グループは、一般的な電池を使わず、胃酸で発電する「飲む体温計」の開発に数年前から取り組んでいる。2019年3月13日、動物適用実験に成功したことを発表した。試作したセンサー(飲む体温計)は直径約9mm、厚さ約7mmの錠剤サイズのため、滞留なく体外に排出されることが期待できるとする。


【写真左】試作したセンサー(飲む体温計)と一円玉の比較。【写真右】センサーの断面概略図(出所:東北大学)

 試作したセンサーは、胃酸電池の電極となるMg(マグネシウム)とPt(プラチナ)金属板以外は樹脂で覆い、樹脂の内部には温度センサーやマイコン、カスタム集積回路、通信用コイル、積層セラミックコンデンサーなどを備えている。胃酸が電極部に触れると発電し、センサーが胃を通過する前に発電エネルギーで昇圧回路を動かし、コンデンサーに充電する。胃酸発電の仕組みは、電極になる金属棒をレモンなどの果物や野菜に挿すと果汁を電解液として発電できる、いわゆる「レモン電池」と同じ原理だ。


 この充電エネルギーを用いて、腸内温度を定期的に測定し、体外の受信器へデータを送信する。体外への通信には、体内吸収が極めて少ない約10MHzの周波数帯での近距離磁気誘導方式を採用した。研究グループによると、同センサーは通常24時間以内に体外に排出され、下水処理場での沈殿工程で回収、廃棄されることを想定しているという。


 動物適用実験では、イヌにセンサーを服用させた。そして、市販のループアンテナを使ってイヌの体内温度の測定に成功。実験に使用したセンサーは、滞留することなく翌日自然に排出された。また、体内のセンサーと外部アンテナは50cm離した状態でも十分に通信できた。受信器を改良することで、さらに通信距離を延ばせるとしている。


 通信距離が延びれば、ベッドの下など受信アンテナの設置の自由度が高まる。そのうえで、就寝前にセンサーを服用すれば就寝中の深部体温データを収集できる。運動中のデータ収集には、ベルトや腕時計タイプの受信器を装着することを想定している。これにより「真の基礎体温」や体内時計の位相のずれなどを、容易に“さりげなく”測定できる。価格は、個人が普段使いできるように安価な部品や実装技術を用いて、原価を100円以下に抑えることを目指す。


想定される利用シーン。【図左】就寝中の深部体温を測定し、ビッグデータとして蓄積する。【図右】測定データと深部体温の概日リズム変動の概念図。通常は早朝に深部体温の最低温度が観察され、真の基礎体温とみなすことができる(出所:東北大学)

 この「飲む体温計」は、障がい者スポーツの関係者からも要望が多いという。手足がない人は、体表の面積が少ないため熱中症になりやすい。脊髄損傷を負った人の多くは、体温の調節機能自体を失っている。これらのユーザーも、深部体温を手軽に測定できるようになれば、より安全にスポーツを楽しめることになる。


 将来的には、基礎体温(深部体温)以外の体内データの測定も視野に入れており、温度以外のセンサーも搭載可能なシステム設計を行っている。研究グループでは今後、ヒトへの適用試験を目指してシステムの最適化と動物実験を重ねていくとしている。


本記事は、日経BP総研とSansan株式会社が共同で企画・制作した記事です。
© 2019 Nikkei Business Publications, Inc. / Sansan, Inc.