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Lifestyle 公開日: 2018.07.11

シリコンバレーでは、なぜ子どもとテクノロジーを引き離そうとするのか

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スマホがなくたって、子どもたちはプログラミングできるようになる…?

 日本では梅雨が明け、夏が訪れた7月。後半になると学校も夏休みに入り、子どもたちにとっては1年で最も楽しいシーズンが訪れる。子どもが家にいる時間が増えると、親は仕事や家事が思うようにできなくなるものの、子どもにどんな体験をさせるかを考える楽しい季節でもある。

 そんな夏休みだからこそ考えてみたいのが「子どもとテクノロジーとの接触」だ。この議論は2018年のシリコンバレーにおける大きなトレンドにもなっており、世界的な関心を集める話題といえる。大手テック企業が重い腰を上げて取り組みを始めたばかりのホットトピックなのだ。

 もしあなたがこの問題の解決に心を砕いているのなら、世界最先端の「悩み」を共有していると考え直せばいい。

 そして、現在の議論はどうも「制限」をかける方向で進んでいる。しかし『DIGITALIST』の読者にとっては、「あまり建設的な議論ではない」と感じられるのではないだろうか。私たちはこの問題に対してどう取り組めばいいのか、考えてみたい。

Appleに突きつけられた「スマホ中毒」という問題

 テクノロジーの過度な利用は、スマートフォンに限った問題ではない。ゲーム機やパソコンといった他のデバイスもあるし、それらの用途もソーシャルメディアやオンライン動画、さらにはプログラミングまで様々だ。

 デジタルテクノロジーの使いすぎという問題は、いったい誰の責任なのか。この点については、各企業とも互いに明確にすることを避けてきた。しかし2018年1月、そうも言っていられなくなった企業が出てきた。Appleである。

 Appleは主要株主から「スマホ中毒を改善する取り組みを示せ」という公開書簡を突き付けられた。投資ファンドのJANA Partnersは、カリフォルニア教職員退職年金基金CalSTRSとともに、Appleがスマホ中毒対策に乗り出すべきであると要求したのだ。JANA Partnersは企業の社会的責任を果たすよう求めるアクティビストであり、CalSTRSは世界で11番目に大きい公的年金基金である。

 興味深いのは、この書簡に「Think Differently about Kids」というタイトルが付いている点だ。スティーブ・ジョブズ時代のAppleの著名なコピー「Think Different.」をもじったものだとすぐにわかるが、元のコピーが英文法的に間違っている点は日本でも有名な話だ。さすがに教員団体と組んでいるだけあって、今回のプロジェクト名は正しく訂正されたようである。

 さて、大株主からの要求であること、そしてAppleが重視している教育市場から上がった声であることを踏まえ、Appleは今年、スマホ中毒対策をiPhoneに盛り込む必要に迫られた。

 公開書簡が発表されたのは1月。年初の休暇明けでニュースが枯れていた時期であったことも相まって、テクノロジー系のメディアだけでなく、ビジネス誌や教育関連メディアでも大々的に報道されることとなった。こうして「スマホ中毒」は2018年のテック業界の主要トピックと化したのだ。

Google、Appleともに機能“は”出揃う

 株主から要望が上がったAppleよりも先に、Googleが先手を打ったのも面白い。2018年5月に開催した開発者会議「Google I/O 2018」で、同社は次期Android OS「Android P」を発表。そこにスマートフォンの利用動向を確認できるダッシュボードと、1日当たりの利用制限をアプリ単位でかけられる仕組みを取り入れた。

 2018年6月にはAppleが、9月配信予定のiOS 12で新機能「スクリーンタイム」を盛り込むことを明らかにした。これはAndroid Pと同じように、スマホの利用動向を毎週レポートし、使いすぎのアプリをリストアップして、必要であれば制限をかけられるようにする機能だ。
Appleが開催したWWDCでは、ソフトウエアエンジニアリング担当役員を務めるクレイグ・フェデリギが「iOS 12」の最新機能を説明した
 スクリーンタイムでは、アプリから届く通知の回数や、iPhoneを持ち上げた回数もカウントして表示する。アプリからの通知はiPhoneを手に取るきっかけを与えているとして、通知を制限してスマホを手に取らせないような工夫を施せるようにもなった。

 しかし、これだけでは大人にとってのスマホ中毒対策でしかない。本題はAppleがiOS 12に施した子ども向けの機能だ。

 子どもにiPhoneやiPadを持たせることで、親は自分のiPhoneから子どものiPhoneの利用動向を確認できるようになった。就寝する時には朝まで操作できないようにする「ダウンタイム」も設定できる。そのほかにも、プライバシーやセキュリティの管理、アプリの起動許可などを親がコントロールできる機能を用意した。

時間と通信の制限は、はたして有効なのか?

 同様の制限をかけられるようにする動きは、モバイルOSのプラットフォーマーに限らない。米国第3位の携帯キャリアであるT-Mobileは、携帯電話ネットワークとWi-Fiに制限をかける家族向けサービス「FamilyMode」をアナウンスした。通信の根元を断ち切って、中毒を緩和させようという取り組みである。

 FamilyModeがAppleやGoogleに比べてユニークな点は、子どもが約束を守れたら褒めてご褒美をあげられる仕組みにしたところだろう。例えば、ソーシャルメディアを1日2時間にとどめた、就寝後はスマホを見なかったなど、生活習慣の中でスマホ中毒防止策に即した行動を取れた時に、その結果を見て褒めることができるのだ。

 ただ、そのご褒美は「スマホを利用できる時間の追加」だと聞いて顎が外れる思いがした。せっかくスマホの時間を減らしたのに、なんでまたご褒美としてそれを増やすのかがわからない。子どもたちははスクリーンを見たいものだという決めつけにも嫌悪感を覚えるし、そうならないような取り組みには一切踏み出そうとしていない姿勢が読み取れる。

 GoogleやAppleの取り組み、T-Mobileの新機能は、制限をかけることに終始している。制限することの意味や、より建設的なテクノロジーとの付き合い方にまでは、議論が及んでいないことが見てとれるだろう。

テクノロジーを排除する教育が人気に

 毎月30万円──。

 これは子ども1人を週5日、保育園に通わせるのにかかるコストだ。シリコンバレーは住宅コストもさることながら、教育コストも非常に高い。夫婦ともにテック企業で働いているとしても、片方の親の給料の3分の1から半分が吹き飛ぶ計算になる。さらに手狭な2LDKですら40万円の家賃を負担しなければならない。シリコンバレーがどれだけ息の詰まる生活を強いられる場所なのかわかるだろう。

 そうした環境で子育てする親の間で広がっているのが「非テクノロジー教育」だ。モンテッソーリ、シュタイナー、レッジョ・エミリアなどなど、欧州の教育思想はシリコンバレーで大人気となっている。

 時間割は持たない、自主性を重んじる、土やアート、掃除や料理に親しみ、創造性を養う──そんなカリキュラムに親たちが期待を寄せているのは、「テクノロジーに一切触れさせない生活」だ。これらの学校では、教室はもちろん家庭でもスクリーンの排除を求められる。そのほかにも、プラスチックのおもちゃや、商業化されたキャラクターグッズも排除される。

 つまり、単にデジタルテクノロジーがダメというわけではない。物質や情報について、工業化以前の状態に引き戻して体験させようというアイデアだと、筆者は解釈している。

 自分で作り出せないもの、自分で作り出さずに消費できるコンテンツを目に触れさせないようにする。そして、必要になったら、思いついたら、まずは自分で手を動かして作ってみる。そんな習慣を身につけることが重要ということだろう。

なぜ親は、テクノロジーは後でも良い、と思うのか

まず手を動かして作ってみる──。そんなアプローチでテクノロジーに触れてはどうだろうか
 プログラミングや想像力を生かすデジタルテクノロジーについては、デバイスとスクリーンの問題こそ伴うものの、前述した「なければ自分で作ってみる」「自分で作れないものは使わない」という条件に当たらないようにすることは可能だろう。プログラミング教育が重要になる1つの理由と解釈すれば良い。

 それでは、なぜテック企業で働く親たちは、テクノロジーとスクリーンから子どもたちを引き離しても良いと考えるのだろうか。それは、自身の体験に関係している。

 現在テック企業で活躍している親世代は、幼少時にテレビ以外のスクリーンに親しんでこなかった。その後、高校でコンピュータサイエンスに触れ、大学でプログラミングを学び、現在高給取りのエンジニアとして活躍している──。そんな人が多いのがシリコンバレーである。筆者はプログラマーではないが、子ども時代にパーソナルな画面を持つことなどあり得なかったという点は共通している。

 自分の幼少期から少年・少女期を振り返って、「子どもの頃からデジタルテクノロジーに触れていなくてもコンピュータサイエンスを学べる」、親たちはそんな風に思っているのだろう。親たちが手にした「ものを作り出す力」を育む上で役立った体験は、自然と前述したような手仕事を重視する教育に行き着くわけだ。

 加えて親たちは、エンジニアも実際には、ソフトウエアをゼロから作り出す人と、既にあるアイデアを具現化して実装する人たちに分かれているのだということを、日々、身近で見ている。そんな親たちであれば、自分の子どもをどちらのエンジニアに育てたいと思うかは明白だ。

 また、子どもとデジタルテクノロジーを引き離すことは、親自身の健康的な生活につながると考えている人も多い。親は一歩家の外に出ると、スマートフォンやコンピュータなどのスクリーンにどっぷり浸かりながら戦っている。一方、子どもたちは日中、そして家に帰ってきても、スクリーンがない生活を送る。親も、家ではスクリーン無しで子どもと素朴な時間を過ごす。そうすることで、自身のメンタルヘルスのケアにもつなげているのだ。

 ……と、ここで紙幅が尽きてしまった。次回は、子どもの過度なデジタルテクノロジーの利用という問題に取り組めば、テック企業にも大きなメリットがあるという話題を紹介したい。


松村 太郎


本記事は、日経BP総研とSansan株式会社が共同で企画・制作した記事です。
© 2019 Nikkei Business Publications, Inc. / Sansan, Inc.

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